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                   僕がコクコクと頷けばソンジュさんは、いくらかホッとしたのだろう。――そして彼は僕のことを後ろからぎゅうっとしてきながらも、明るい声となり。   「…ありがとうユンファさん、はぁ…よかった……」   「……いえ…」    そしてソンジュさんは、「ごめん」と小さな声でひと言、僕の耳元で謝ってきた。――そしてするりと僕の背中から離れると、彼は僕の後ろで俯き、目元を覆った(鏡越しにその様子が見える)。   「すみません…危なかったよ今、また……」    すんでのところで正気に戻ったらしいソンジュさんに、僕は安堵して微笑みながら、体ごと振り返る。   「…いえ、でも…僕も本当に、本当は…ソンジュさんから離れたくないんです。…チョーカーも、本当は外さなきゃいけないとはわかっているんですが…、外してしまうのが、正直怖くて……」   「……え…? あぁ…はは、いえ…その、それはユンファさんの首が荒れてしまうからというだけですよ。そのチョーカーを外されたところで、俺は別に……」    目元を覆う手をずらしては僕を見下ろし、くすっと嬉しそうに破顔したソンジュさんの、その狼らしい顔を見て、僕も和やかに笑えたのだが。   「そう、ですよね…でも、なんだか怖くて…――正直に白状すると、このチョーカーを外したら…ソンジュさんに、捨てられてしまうような気がする……」    目線を伏せ、自分の首元にあるチョーカーのタンザナイトを指先で触る。――つるつるとして、体温よりは冷たいが、何となく僕の体温がうつり、ぬるいような気もする。   「…僕、考えていたんです…――僕はずっとソンジュさんの側にいたい…だが、貴方のご両親に僕のことを認めていただくのは、やはり難しいんじゃないかと……」    このタンザナイトに温度がある内は、まだ僕はソンジュさんに愛されている。――そういうことだと思っても、いいだろうか。いやきっと僕はもう、既にそう思っている。   「…本当は……いえ――愛人でも…というか、僕は愛人でいいです。ソンジュさんの愛人というポジションなら、あるいは普通に結婚してしまうより、貴方のご両親もまだ、僕のことを認めてくださるかもしれません」   「何をおっしゃるんだ…」    ソンジュさんはなかば悲しげに、もうなかばは僕を咎めるような調子ではあったが、僕は目線を伏せたままふるりと顔を小さく横に振る。   「たまに抱いていただけるだけでも、僕は幸せだと思います。…むしろそのほうがまだ、身分相応かもしれないとさえ思っているんです…――叶わぬ人ですよ、どうしたって僕には、貴方は」   「…………」    ソンジュさんはふぅ、と鼻から呆れたような静かなため息をついた。――卑屈だというのだろう。その彼の呆れの理由こそ僕もわかってはいるが、どうして性奴隷であった僕が堂々と、「僕は貴方に相応しい人だ」なんて胸を張れるだろうか。…僕には張れる胸もそびやかす肩もない。   「でも、どんな形であっても…ソンジュさんの側にいられるなら、僕なんかにとっては身に余るほどのことです。だから許される限り、僕は貴方の側にいます…、いえ、側にいさせてください。」    僕は「例え周囲に反対をされても、形を変えてでも、どんな形でも貴方の側にいられたら僕は幸せだ、だから側にいます、僕も貴方の側にいたいんです(もう逃げ出したりしません)」ということをソンジュさんに伝えたかった。――先ほど心配していた彼のことを、これでも安心させたいと思ったのだ。――が。   「…何…?」    途端にひんやりと低く、僕を脅すような声を出すソンジュさんに僕は、さあっと血の気が引いていった。――目が勝手に見開かれるが、僕は俯く。   「…()()()()()()…?」   「…あっあの、だから、貴方が僕に飽きない限り、というか、…」    はっきりと僕は間違えたようだ。  余計なことを言ってしまった。焦りからまばたきが多くなってしまう。――いや、今思えば単に「側にいたいです」とだけ言えばよかったのかもしれない。だが、僕はどうも何かと説明的に付け加えてものを言ってしまうタチで、…失敗した。   「飽きる…? 俺が…? ユンファに…? ははは…馬鹿にしているの。」   「ち、違う、そうではなくて、……ぁ、…〜〜ッ♡♡♡」    明らかに怒っている。また僕は失敗してしまったらしい。――するとにわかにソンジュさんは、うなだれてガラ空きだった僕のうなじに、つぷりと五本の爪を軽く立ててきた。   「…そんな心配をしてしまうくらいなら、やっぱりもう()()()になろう、ユンファ…――()()()にさえなってしまえば、俺はもう貴方しか抱けないようになるのだから……」   「…ん、♡ ……んぁ、?♡ ぁ、駄目、それは、…僕、も、もう少しちゃんと考えたい、僕、…聞いてください、あの…僕、僕は、オメガだから……」    慌てた僕は俯きながら、目を白黒させながら、冷や汗をじっとりとかきつつ、とにかく取り繕う言葉を口にしてゆく。   「僕にとっては一生に一度きりのことなんです、だからあの、それに、そ、ソンジュさん、…お怒りなのはもう重々わかっています、ごめんなさい、そんな勝手な僕なんかが、こんなこと言ってはいけないとは思いますが、…その……」   「……何」    僕は俯いたまま、きゅっと目を瞑った。  どうしたって気後れから小さくしか唇は動かないが、とにかく必死に。   「…………だから、……なら、ロ…ロマンチ…ックに、つがい…して……す……」    僕はこう言ったのだ。「折角一生に一度きりのことだから、どうせならロマンチックに、僕のことをつがいにしてほしいです」――僕は精一杯そう言ったつもりだった。だが、羞恥心と緊張にほとんど声にはならなかったし、また感じて吐息っぽい声さえも上擦っていた。鎖骨から上が熱すぎる。  ――うなじはピリピリ、ナカもまたくねくねと蠢き、じんわりと子宮から痺れて濡れてくる。  ちなみに、これはなかば本心であり――もうなかばは、時間稼ぎのためである。   「……か、…」   「……?」      ――か…?     「…………」   「……、…」    すると、ソンジュさんは妙な音を鳴らしたあと――そのあとは何も言わなかった。         

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