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僕は心配に苛まれながら、ソンジュさんに肩を抱かれ、あの脱衣場から出た。
しかしリビングへと向かう道すがら――まず先に廊下で、「モグスさん、あの」とモグスさんに話しかける。
「…んあ?」
すると立ち止まる彼、僕らも足を止める。
ソンジュさんも自然と立ち止まって、何か複雑な様子で僕のほうを見ているようだ。
「…ソンジュさんって、心臓がお悪いんですか」
「……え。…は、…はい?」
モグスさんはきょとんと、鳩が豆鉄砲というような顔をしている。――その人のその反応から見るに、心臓に持病を抱えているというの自体は違うのかもしれない。…そう察した僕だが、ソンジュさんが先ほど「胸が苦しい」と苦しんでいたのも、また事実なのだ。
「…いや、実はさっき彼、胸が苦しいって…、今にも死にそうだと、すごく苦しんでいたんです…、もともと持病がないにしても、もしかしたら、すぐに病院に行ったほうがいいかもしれません…」
「……ぁ、はあ…、…」
モグスさんは困った顔をしてうなじを押さえ、チラリと怪訝な鳶色 の瞳を上へ、僕の隣にいるソンジュさんの顔のほうへと向ける。――そしてソンジュさんは、モグスさんと目が合うなり。
「すみません、う ち の ユ ン フ ァ さ ん が。…ちょっとジョークを言ったら、勘違いをされてしまったんです…――どうも通用しないのですよ、この人には…恋 の 病 の 発 作 が。」
「……?」
は? 恋 の 病 の 発 作 ?
僕はなんだそれ、と、きょとんする。
ていうか今しれっとう ち の って言っ…――いやそんなことより今は、いや、ドキドキするだとか、顔が赤くなるだとか、確かに恋をすると体にも何かしら変化があるというか、否が応でも体が反応してしまうことはあるようだ。
だが、死にそうになるほど、苦しくなるほどに体が反応するのは、そういった恋 の 病 なんて概念的なものではなく、本当に、体のどこかに不調が表れているんじゃないのだろうか。――恋をして死にそうになる、もっといえば死ぬ人なんているはずがない。
しかしどうも、その恋 の 病 とやらが理解できていないのは、僕だけであるらしい。――なぜなら、ソンジュさんに「恋 の 病 の 発 作 です」と告げられたモグスさん、そしてソンジュさんもまた、二人で明るい笑い声をあげているからだ。
「ははは…っおーなあんだ。なんだよもぉ〜、俺ちょっと一瞬マジで心配しちゃったよぉ〜」
「…ははは…、いや俺も参りますよ。…まあモグスさんも既にご存知でしょう。――本当に可愛らしい人ですよ…正直たまに困りますが」
「いやいや、ほんとに可愛いなぁもうユンファさんは、――大丈夫だいじょぶ、…ソンジュのそれは、ま〜お医者じゃ治せないもんだからよ。」
「……、…ぇ…? いえぁ、あのでも、本当に苦しそうで…」
な、なんだ、物凄く恥ずかしくなってきた。
これに関してもまた僕が何か、無知が故の醜態を晒してしまったのだろうか。――いやでも、本当に苦しそうだったのだ。…首を絞められているんじゃないかというくらい、本当に。心配になるくらい、ソンジュさんは本当に苦しそうだった。――しかも本人だって「今にも死にそう、胸が苦しい、大丈夫じゃない」と、はっきり自 分 の 体 調 不 良 を明言していたではないか。
「…強がって無理をしているのかもしれない、モグスさん、本当なんです、本当にさっき、ソンジュさんだってご自分で今にも死にそう、胸が苦しい、大丈夫なんかじゃないと言ってま…」
「おーそうかいそうかい。はは…やーこりゃあなんつーか、――もう説明してやれよぉソンジュ、お 前 の ダ ー リ ン が本気で心配してくれてるぞぉ〜」
僕は真剣なのだが、全然まともに取り合ってくれないニヤニヤのモグスさんに促され、ソンジュさんはするり…僕の顎を掴んで上へ、自分の顔のほうへと向けさせた。――彼は狼の顔で、優しい目をして微笑んでいる。
「…ええ、それはもう苦しかったです…――俺のDarling…ユンファさんが、可愛すぎて。」
「…っは゛? いや、何かが可愛すぎて死にそうになるほど苦しくなる人なんていませんむ、」
「居るんですよ、まさに、此処にね。」――僕の唇をむにゅっと上下指で摘んで黙らせ、僕の言葉を遮りそう断言したソンジュさんは、困ったように眉を寄せつつも笑顔を浮かべている。
「…それはもう…息ができないほどでした。…ユンファさんが可愛い、可愛すぎる、という感情が胸の中いっぱいに膨らんで、それが俺の呼吸を止め…そして、死にそうになるほど、俺を身悶えさせたのです。――今にも貴方の魅力に殺 られそうでしたよ、先ほどは。ノックアウト寸前……」
「……、…、…?」
少しそうなのか…と考えてはみたが――そんなことって、本当にあるもんなんだろうか?
可愛すぎて身悶え…可愛すぎて、息が止まる。可愛すぎて死ぬ…――そんなこと、本当にあるか?
とりあえず唇は解放されたため、僕は心配でやや眉を寄せながらソンジュさんにこう。
「…そんなことって…本当に、大丈夫なんですか…?」
それでも心配な僕がこう恐る恐る尋ねると、ソンジュさんはぐ、と喉を詰めて眉を寄せながらも、口角ばかりはぐうっと上げて、――ガバリッ…僕のことを抱きすくめてきた。
「…むぐっ…」
「…あんなのジョークに決まっているじゃないか、…もうっあー本当、そういうところも本当に可愛い、可愛すぎる、ああ愛しいよユンファさん、本当にもう俺、どうにかなりそうだ…!」
「…………」
またソンジュさんの(ワイシャツ付き)もっふもふ胸板に顔が潰れて。息が。できない。
そんな僕らを見ていたモグスさんは、「ヒューヒュー」と何か茶化すように囃し立ててくるだけであった。
しかもソンジュさんは、僕のお尻を揉んでくる。…モグスさんの目の前で――セクハラをしてくるのだ、こう僕に囁きながら。
「…もう本当に可愛すぎる…やっぱり夕食の前に、一度抱いてしまおうかな…?」
「…んっ…♡ …っは、…もう勘弁してくれ、悪い冗談だ、…」
嫌だ、と僕は顔を背け、その人のもふもふの胸板を押し退けた。…意外にも今回はゆるい抱き締めであったので、それで逃れられた。
いや、どうやら元気そうである(人の目の前で盛るくらいには)。――恥ずかしくて顔は熱いが、ムッとしてしまう――なんだよ、なんて悪い冗談だ(抱くにしろ「死にそう」にしろ)。…しかし僕の心配は、本当に杞憂…あるいは無駄なことであったらしい。妙に損した気分である。
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