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               モグスさんによって、全員分のワイングラスに満たされた赤ワイン、そしてサラダボウルにサラダと、取皿に盛られたのはよくわからない緑色の煮物――のように見えていたのは、カタツムリの殻…エスカルゴだった(遠巻きに見ていたため、やや汁っぽい緑色の何かに見えていた)。    モグスさんは「おかわりしたかったら言ってねん」と快く言い、ユリメさんの隣の椅子に座る。  そうして全員が席に着くと――モグスさんが僕の前の席、僕の隣に座るソンジュさんの対面にはユリメさん――ユリメさんは、「ごめん、その前にタバコいい?」と僕に確かめてきた(そもそも喫煙者のソンジュさんと、夫であるモグスさんは彼女のタバコに慣れているのだろう)。    僕が「どうぞ」と頷けばユリメさんは、「ありがとう、先食ってて」と言うなり、剥き出しの白いタバコの箱からもう一本取り出しつつ――比較的重めのセイヴァースターという銘柄(通称セッタ)だ、女性でそれを吸っているのは何か格好良い――、片手にした青いプラスチックのライターを見下ろしながら。   「…あーとぉ、その、ユンファちゃん…だっけ。何? アタシわかんないんだけどさ、ねえ、アンタほんとにコイツの…」    チラリ。ユリメさんは上目遣いにソンジュさんを見遣る。…僕はなんと言うべきかわからず、ましてや下手なことを言うとまた彼女に睨まれそうで――どことなく怖そうというか、圧のある女性だ――、意味もなく首を縦に小さく揺らしながらどうしようか、と。   「ですから、彼は俺の婚約者です。…正真正銘俺たちは愛し合い、結婚を決めた仲ですよ。ね…ユンファさん…?」    ……僕が迷っているうちにはっきりと断言したソンジュさんはのみならず、僕にそれを肯定しろと隣からあたかも優しげな圧を掛けてくる。僕は何も言わずに深く俯いた。  カチリ、ユリメさんがタバコに火をつけた音がする。彼女はふーっとそれの紫煙を吐き出した。――ソンジュさんの甘いタバコのにおいとは違い、彼女のタバコはタバコらしい渋味のあるにおいがする。   「……あっそ。ほんとかよお前…困ってるようにしか見えねえってんだよ、まったくもお…」   「…ふ、ふふ…可愛い恥ずかしがり屋さん」   「……、…」    甘い声を出しながらする、と僕の片頬を撫でてきたソンジュさんに、僕はさっと顔を横へ背ける。  するとモグスさんが、フォローをするように。   「まあ〜でも、好き同士ってのはほんとだよな。」   「…あっそ。もうアタシゃ知らないからねぇ?」   「それで結構です。相変わらずお節介な人だ」    澄ました様子のソンジュさん、どこかピリついた雰囲気の中、モグスさんが「さあさ」と仕切り直すように全体に声をかける。 「…とりあえず頂こうや。な、飯食いながら話してくれよぉもう、俺ぁもう腹ぺこだからさ。――ユンファさんも好きに食べて。…いやーもちろん、おかわりのときはお給仕もしますよん。お仕事ですから」   「…あ、ありがとうございます、…お給仕は大丈夫ですが……」    僕はドキドキと落ち着かない心持ちながら、目の前のオムレツを見下ろした。――焦げなどはなく、つやつやと綺麗な明るい黄色の、形も整ったオムレツだ。…まるで高級ホテルの朝食に出てきそうなオムレツに、鮮やかな緑のブロッコリーふた欠けと、真っ赤なパプリカの細切りが添えられている。  僕は手を合わせ、「頂きます」…まばたきと共に、そのオムレツに軽く頭を下げた。――するとソンジュさん、モグスさんも「頂きます」と合わせ、ユリメさんも「はいどうぞ、先食っててー」と気軽に応える。         

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