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僕は、オムレツの載った丸い皿のサイドに置かれていたフォークとナイフを両手に持ち、オムレツを一口分切り分けてゆく。――正直いうとあまり食欲があるともないともいえないのだが、折角ご用意いただいた料理を食べないという選択肢こそない。
ちなみに僕の隣のソンジュさんもまた、ナイフとフォークを器用に使って、黄色いオムレツの端を切り分けはじめている。――モグスさんもまた今に何かを頬張ったような、カチ、という僅かな音がしている。
そこでユリメさんが、またふーっとタバコの煙を吐き出したあと。
「…なあソンジュ、悪いけどお節介ババアはまだちょっと心配よ。…大丈夫なんだろうなお前…――婚約者って…、どうすんのよ。」
見れば、彼女は人差し指と中指の間に挟んだタバコを持つほうの手、その肘をテーブルに着き――僕のことを訝しげに、覗き込むように見てから。
目線を、目の前の白い灰皿――フィルターの部分に赤い口紅がついた吸い殻が何本か入っている――へ落としつつ。
「…ユンファちゃんのこと、ちゃんとお父さんたちには言った? アンタ、自分でなんでもかんでも勝手に決めちまったら、アンタたちがあとで大目玉を食らうんだよ。わかってんの。」
「…いいえ。ですが、何も問題はありません。」
と、ソンジュさんは落ち着き払った様子ですかさず、フォークで刺した一口分のオムレツを口に含む。
「あのね…それじゃ彼だって困るんじゃないの? なんでも問題ない問題ないって、認められなかったらどうする。結婚したあとにやっぱり別れろだなんだって言われたら、面倒くせぇだろうが。」
「……、…」
僕ははたとして、ユリメさんを見た。彼女はどこか神経質な真顔で、ソンジュさんを見据えている。
違う。――僕は今、そう気が付いたのだ。
ユリメさんは僕のことを認められないのでも、僕たちの結婚を認めたくないのでもない。
「筋通して認めさせてから正々堂々と結婚しろよ、お前」
「……そうしたいところではありますけれどね。」
「…何考えてんだか知らないけどさ、どうせなら幸せにしてやりたいでしょ、ユンファちゃんのこと。なあ」
「…………」
ユリメさんは、心配しているだけなのだ。
僕たちのことを――ソンジュさんのご両親に認められないままに結婚をしてしまえば、それこそ僕が懸念していた事後報告の形では良い気しないだろう、ということに、彼女もまた思い至っているのだろう。
「もちろんですよ。…ですが、俺には俺の計画があるんです。口出ししないでくれ」
「……、…」
落ち着き払ったソンジュさんの、その様子を眺めていたユリメさんは、うんざりした様子で口紅を塗った真っ赤な唇にタバコを咥え、顔を横に背けた。――タバコを咥えたままにすぱーっと紫煙を吐き出し、前髪をがさっとかき上げながら、ステーキを頬張っている隣のモグスさんを見遣る。
するとモグスさんは横目に、ユリメさんは彼の横顔へ顔を向け、そうして目を合わせた夫妻は、目配せ…目だけで何か、会話をしている様子だ。――モグスさんはおどけたように顎を突き出してひょいっと眉を上げ、…ユリメさんはチラ、とソンジュさんに瞳だけを向けて、またモグスさんを睨むようにして。
ややそうしていた彼らだが、はーっとため息をつくユリメさんが顔を伏せ気味にしたことによって、夫婦のアイコンタクトは終わり――グリグリと彼女は、口紅の跡がついたタバコを灰皿にもみ消し、灰皿へと吸い殻を捨てた。
「ごめんね、飯食ってる中でタバコ吸っちゃって…、とりあえず…いただきまーす。」
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