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「…………」
いや…考えてもどうせ無駄だ。
どうも恋人らしいことというのは、恋愛経験もなければ、性奴隷の僕なんかには思い付くはずもないことである。
ましてや別に、ソンジュさんの好きとか愛してるとか結婚したいとか、あんなの本気なわけがないだろう。…綺麗とか美しいとか、可愛いとか…あのモウラだって言っていた。嘘 で 、僕をおちょくって、言っていたことだ。
ソンジュさんはかなり上手い演技で、僕のことを唆 しているだけだろう、きっと…――いや、き っ と なんてまさか、絶対にそうだ。
有り得ない…――ソンジュさんに種 明 か し をされたときに、「やっぱりそうでしたか」と思えれば、僕はモウラのときほど傷付かないで済むはずだ。
そう思えるように、心づもりをしておこう。
「…………」
“「……大丈夫だからね…、俺が守ってあげる…」”
ベッドの中で、僕を抱くでもなく貴方は、僕なんかのことをやさしく抱き締め――僕がとろとろと眠りに落ちるまで、そうして眠ってもなお、貴方はやさしく、やさしく僕の頭を、撫でていてくださった。
ソンジュさんに触れられると、嬉しくなる。
気持ちよくて、貴方が大好きだと、切なくなる。
甘い夢を見ているように、現実を忘れられて――やさしく美しい幸せ だけが僕のことを包み込み、ふんわりと抱き締めてくる。…しかし、そのさなかにも、僕の足下を痛いほど冷やす現実に足を絡めとられ、僕が俯きそうになると、貴方は僕の顎を上げさせる。
そして貴方は、透き通った美しい海のような、とても美しい水色の瞳でじっと、僕の目を見つめてくる。――「大丈夫だよ、怖がらないで。今は俺だけを見て」と…そうして、また貴方は僕に、愚かでやさしい、甘くて残酷な幸せ を、見せてくださる。
だから…僕はもう、貴方 の前で嘘は、もうつけない。
「……、それ、でも……」
僕は静かに眉を顰めた。
いつの間にか目が潤んでいたが、それを隠すように僕は、まぶたを閉ざす。――つ…とゆっくり、頬に熱い涙が伝ってゆく。…そしてその涙は、震えながら上がった僕の口角に向かってゆくのだ。
「それでも…――好き…。好きだ、それでも好き…。ふふ…貴方が大好きです、ソンジュさん……」
こんな僕にも、こんなに甘くて幸せな夢を見せてくださっているだけ、とても有り難い存在だ。――貴方は間違いなく、僕の救世主だ。…僕は本当に、こんなに素晴らしい貴方と出逢えただけでも、本当に幸せ者だ。
だから別に、構わないとさえ思う。
ソンジュさんになら――馬鹿にされても、利用されても、騙されていたとしても、本当は愛されていなかったとしても…――それでも、彼ならいい。
僕なんかの何かが、少しでも貴方の何かの足しになるのなら、僕はそれだけで嬉しい。
正直モウラのときはそう思えなかったが、ソンジュさんになら僕は、そう思えるのだ。――それでもいい、と。
これは綺麗な恋や、綺麗な愛ではない。
身も心も醜い僕がした恋だ、当然だろう。
それでも僕は、貴方に、確かに恋をしてしまった。――それでも僕は貴方を、確かに愛してしまった。
だから願わくば、種 明 か し がありませんように。
願わくばせめて、僕のことを甘い嘘で騙しきってくださいますように。
この一週間だけは、ソンジュさんが――僕のことを馬鹿なオメガ性奴隷としてではなく――このまま恋人として、扱ってくださいますように。
夢が夢のまま終わり――僕の目が、覚めませんように。
――貴方 の恋人になれるだなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう。
「……っはぁ…、……」
僕は目を開け、あえて呆れのため息をついた。
自分に、そして、僕のことを好きだというソンジュさんに呆れて――僕は口角を上げる。
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