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                   しかしながら…――今でこそ僕はそのように、()()()()()()を好意的に見てはいるが…――高校生当時の僕は、というと…はっきりいって、そうではなかったのだ。   「…ねえねえ、“夢見の恋人”どこまで読んだ?」   「えーと…あっ待って言ったらネタバレになっちゃうかも」   「えっ嫌だそれは、やっぱなし!」   「あはは、聞いといてぇ?」   「あははは……」     「…………」    僕は高校の通学手段にバスを使っていたのだが、そのバス停にたむろしている女子高生たちがこうしてキャアキャア話していたのは、その『夢見の恋人』の話題だった。  そしてそれはもちろん、ベンチに座ってバスを待っている僕の耳にも入ってきていたわけである。――それもそれは、決して一日や二日のことじゃなかったのだ。    それこそ、その時期は毎日のように、僕は彼女たちのその甲高く色めいた声を聞いていたくらいだ。  …ったのだが…僕はその当時、ベンチに座ってバスを待っている時間には決まって――『夢見の恋人』のようなロマンス作品ではなく――、主に純文学を読んでいた。    であるからこそ僕は、『愛だ恋だ、そんなものをメインに取り扱った作品なんて馬鹿馬鹿しい。純愛? 切ないラブストーリー? 浮ついた夢みたいなラブロマンス? そんな馬鹿みたいなもん読むくらいなら、この文豪先生の作品を読めよ。絶対こっちのほうが面白いに決まってるじゃないか』と。……はっきりいって、それを読みもしない内に内心、僕はかなりバカにしていた。   「カナエかわいいよね〜、彼氏にしたぁい」   「えっカナエ派? あたしユメミだなぁ〜」   「ええ〜、でもユメミってなんかさ、ちょっとキレイすぎない? 顔良すぎる感じじゃん。彼氏にしたらめっちゃ嫉妬しそうだしー、並んでほしくなくね? てかなんかユメミは()()()()()みたいな」   「それがいいんじゃん。なんかさぁ、女でも守ってあげた〜いっ…みたいな? 母性くすぐられる的な?」   「えー。彼氏には守られたいよぉ〜」     「…はぁ……」    最近このバス停じゃ、()()()()()ばっかり聞くな。  失笑、もううんざりだ…――彼女たちが「カナエくんかっこよすぎる」だとか、「ユメミって健気、ほんと泣ける」だとか、そうして興奮気味に大きな声で話しているのを、僕はベンチに座って文庫本を読みながら、盗み聞きしていた…いや。…というよりは勝手に、なかば無理やりにもその会話が耳に入ってきていた、というべきか。    僕は行きも帰りもこのバス停に来ると、しばしば女子高生たちがそうして、その作品の話題でキャッキャしているのを耳にしていたのだ(しかも女性の声は高い分、男性の声より無視するのが容易じゃない)。…そうして僕は、もう耳にタコ…そんなうんざりとした心境となっており、そして何より、そもそも――僕は、中学から高校までエスカレーター式の男子校に通っていたため、このときまでは少し女の子が苦手だった(女性といえば親戚や母といったような、僕より年上の人ばかりだったのである)。    そういう背景も手伝うと、尚の事…なんというか、別世界に住んでいる存在が、その別世界で流行っているものに喜んでいるようにしか思えなかった。――要するに自分とは無縁の世界、無縁の作品、というような線引きが、勝手に僕の中に敷かれていたのだ。    そうして正直、ここまでの僕は『夢見の恋人』のことを(内容も知らないというのに)馬鹿馬鹿しいと感じており、『ラブストーリーだとか純愛モノだとか、健気な()()()()にちょっとワガママで強引な男、少女マンガにありがちな()()だろ。まったく女子って本当に、そういう馬鹿げたものが大好きだよな』なんて完全に、その作品のことを心の中でせせら笑っていたのだ(それこそ『夢見の恋人』のみならず、女子のこと自体もそう詳しくなかったくせに、いろんな意味で決め付けもすごかった)。      しかしあるとき――それは僕が、大学生になってからのことだったが――なぜか自分の家に、その『夢見の恋人』があったのだ。         

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