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そうした不意のアクシデントにより、僕はコンタクトレンズを割ってしまった。
正直コンタクトはあれほど薄っぺらくとも医療器具扱いで、決して安いものではない。…しかし僕は、それで両親に怒られることはなかった――むしろ「ユンファらしい」と笑われたくらいである――ものの。
度数が高いために取り寄せにも時間がかかるせいで、僕はその数日間学校は休まなきゃならないわ――ちなみにオメガ排卵期がきていても、抑制薬をきちんと飲んでいれば登校は許可されていたので、それは関係ない――、本は読めない、スマホもよく見えない、ゲームもできない、テレビも見えない…あの数日間は暇すぎて、本当に地獄だった。
いやまあ、そんなことはいいんだが。
そうして僕は確かに、文化祭のフィナーレの舞踏会の時間、図書室で一人過ごしていた。――窓際の席に座り、ちなみにコンタクトはもう両方外していたはずだ。…逆に片目だけ見えていても、視力の差で気持ち悪くなってしまうためである。
ただ、何が見えているわけでもなければ、それこそよく見えない視力で本を読むことも具合が悪くなると知っていた僕は、もうとりあえず寝るしかないと机に突っ伏していた。――ただこのとき、枕にしようと適当な本を数冊持ってきたのだが、結局邪魔になって横に避けていたと思う(そういったどうでもいいことは覚えているんだが…)。
それで…そのあと、確かに――その高い声からしても明らかに声変わり前の少年が、突然ガララ…と、その図書室に入ってきたことは覚えている。…いや僕は、そのときその少年と会話をしたことこそ覚えてはいるのだが、どのような会話をしたか…というのははっきりいって、何も覚えていない。
何より僕の記憶力うんぬん以前に、そもそも目が見えていなかったせいで、その少年の容姿もよく覚えてはいないのだ(薄らぼんやり、自分より背の低い人の形が色付きで見えていた程度だ)。――まあそれでも、とにかく早く出て行ってほしいと(いくら相手が自分より背の低い少年とはいえ、オメガ排卵期中では、あまり知らない人と二人きりというのは避けたかった)、その少年を躱 そうとはしていたはずだ。
しかし、何か結局僕は、オメガ排卵期中ということもあってかいたたまれなくなり、擁護の先生を待たずして、自らその図書室を出たような記憶がある。…ただ、そのときその少年が、「ぼくと一緒に(文化祭のフィナーレの)ダンスを踊りませんか」というような感じで立ち去ろうとした僕を引き留め、そうして彼にダンスにも誘われたような気はするのだが――そのときの僕はというと、何かしら理由をつけてそれを断り、その少年を置いて図書室から出た。
そりゃあオメガ排卵期が来ていて、そもそももう帰るしかない状況では、悠長にダンスなんか踊れるはずもなかったからだ。…何より、今初めて会った小学生くらいの男の子と、どうして僕がダンスを踊ろうと思えるのか。
そうして図書室から出た僕は、自分から保健室に行き、電話中だった擁護の先生にびっくりされて、とりあえずと保健室のベッドに寝かされ…疲れもあって寝ていたら、迎えに来た母さんに叩き起こされたような。
それこそコンタクトの件に関しては怒られなかったものの、オメガ排卵期の件に関しては「なんで抑制薬持ってないのあんた?! ママちゃんと常にっていったよね!?」と、車の中でしこたま怒られた。――それから僕は、常に抑制薬と避妊薬を持ち歩くようになったので、それは確かである。
「…………」
と…すると、もしや――あの少年が、ソンジュさんであったりするのだろうか…?
しかし、どうも確証となるようではない。…いまいち決め手に欠けるというか、何というかだ。
更なるヒントを求める僕は、ここで『夢見の恋人』の内容を、ざっくり思い出してみようかと思う――本当なら読み返したほうがいいに決まってはいるが、よりにもよって残念ながら、この本棚には『夢見の恋人』だけが無いし、僕が持参したそれの行方もわからないためだ――。
pine作、『夢見の恋人』はこういった話だ。
まず主人公はもちろん、アルファの名家に生まれた男子高校生――カナエ。
カナエは、光り輝く陽光を糸にしたかのような美しい金髪に、うす青い目を持っている。…切れ長のまぶたはどこか甘い雰囲気があり、その唇はふっくらと若々しく膨らんで、アルファともあってか同級生の中では一番背が高い。
そうして容姿端麗な上に運動神経も良ければ、学校での成績もいつも一番――全知全能たる神、まるでギリシァ神話の美神アポロンのようだ、とさえ称されている美少年が、カナエである。
更に、アルファの名家生まれともなれば家柄も飛びぬけて良く、学校中の誰しもがカナエとお近付きになりたいと憧れている――そうした人気者のカナエだが。
しかし彼自身は、作中でこう思っている。
『 俺のことをみんなが美しいと褒めそやす。俺の悪口を言う人はいない。みんなが俺の容姿を褒め、俺の性格を褒め、成績を褒め、みんなが俺のことを完璧な神だとでも思っている。
だけれど俺は、真の意味で美しいわけではない。名家に生まれたアルファだから、という色眼鏡を通して見れば、いよいよどんな不細工も美形に見えるというだけのことだろう。
そんなくだらない眼鏡をかけて俺を見るからこそ、みんなは俺のことを、全知全能の美神アポローンだなんて思い込んでいるだけだ。 』
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