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                   カナエは共に過ごしてゆく中で、ユメミという美少年の悲しい境遇を知っていった。  ユメミの実の両親は早くに亡くなってしまい、叔父の養子になっていること。…ユメミは養父母に虐待を受けているが、高校を卒業したらもう家を出るつもりであること。  そしてきっと立派になって、オメガでも一人で“まともな職業”に就き、生きていくと決めていること。    アルファとオメガの親友同士――二人の周りには、気が付いたら誰も近寄らなくなっていた。…二人きりの世界。  それでも彼らは、お互いが側にいるだけでも、本当に幸せだった。    そうしたある種の蜜月の時を過ごすうちに――カナエのみならず、ユメミもまたカナエに惹かれていくのだ。  不器用な優しさ。いつもムッとして鋭い目をしているのに、笑うとえくぼが浮かんで可愛いこと。アルファは狼であるはずなのに、自分に対してだけはまるで犬のように可愛い姿を見せてくれるカナエは、いつもユメミのことを気遣い、彼なりに精一杯自分に優しくしようとしてくれている。    自信家なようでいて本当はとても優しく、実はナイーブなところのあるカナエに対し、ユメミもまた、彼への恋心を自覚し始めていた。  帰りは、必ず自分の家の前まで送ってくれるカナエ。  家に入ればまた家族の世話をして、罵詈雑言を浴びせられるユメミだが、それでもうっとりと夢を見られた。――以前ほど辛いとも思わなくなり、どこか夢見がちなまま、家族からの暴言も酷すぎる扱いも受け流すようになれているのは、カナエのお陰であるとユメミは思った。    カナエがくれた一輪の赤いバラを、ユメミは枯れても取っておいていた。…家族にバレないよう、それを自分の部屋の引き出しの中にしまっていたユメミは、たまにそれを見て、甘い夢を見た。   『赤いバラ…愛の、告白…だったりして。まさかな、まさかね、そんなまさか……高望みだ。親友というだけでもカナエくんは、僕に陽だまりのような居場所をくれているのだから』    カナエが自分に居場所をくれた。  だからユメミは、この家こそが自分の居場所で、これが自分が受けるべき境遇なんだ、という意識から開放された。――自分を(むご)たらしく扱う家、家族という居場所に、意識の中でだけは、縛られなくなっていたのだ。     そしてあるときユメミは、カナエに助けられた。  不意にオメガ排卵期が来てしまったユメミが、いじめっ子グループに犯されそうになったところを、カナエが助けたのだ。  カナエは近頃、常に行動を共にしていたユメミを探し、するとたまたまその場面に出くわした。――そして当然のことながら、ユメミのことを助けたのだ。   「…ユメミ、俺を信じてくれ。…俺はいつだって、絶対に、必ず、お前を助けてみせるから。」    そういって泣いてしまったユメミを抱き締めたカナエに、ユメミはいよいよドキドキとして、固まってしまった。――そうしてユメミにとってもカナエは、救ってくれる存在だった。    しかし、ユメミはそのことをきっかけにいよいよ、カナエに対してのその“自分を救ってくれる存在”、という考えに、葛藤を覚えた。  “一人の人として”、なんて偉そうなことをカナエに言っておいて、自分はたしかに、アルファの権威を持ったカナエに助けられた。  アルファであるカナエの側に居れば、カナエを恐れるベータたちにいじめられることはなくなった。――自分を犯そうとしたベータたちの前にカナエが現れたときも、間違いなくカナエが名家生まれのアルファであったからこそ、彼らはすぐに手を引いた。    助けてくれたカナエに深く感謝している反面、また、そのことでいよいよ恋心を自覚した反面――結局は自分も、カナエという人を構成する要素のひとつである、()()()()というところに助けられている。  そうしたオメガの自分が、ユメミはなにかとても卑しく弱々しい、情けない存在に思えて仕方がなかったのだ。   『オメガとして、アルファのカナエくんに恋をしてしまうなんて、僕は最低だ』    しかも――カナエに助けられた翌日、教室に入ったユメミが見たのは、黒板にデカデカと書かれた『イチジョウ・ヲク・カナエ様の寄生虫、ユメミ』『彼氏に守られて幸せで〜す』『男同士だけど愛し合ってます』『ユメミはホモだから、男らしいアルファのカナエ様がだ〜いすき』といったような、自分とカナエを侮辱するような内容であった。   『なんでこれまで気にしてこなかったんだろう。オメガの男の僕とカナエくんが一緒にいたら、こうしてホモだとかなんだとか、彼まで馬鹿にされてしまうのに。でも僕たち、本当にただの友達なのにね…ごめんね、カナエくん』    ユメミはそれきり、カナエを避けるようになった。  ユメミはそれでも通り掛かる人々にコソコソと、「男同士とかキモ」「まさかアレがカナエくんを掘ってたりして」「付き合ってるって噂だけど、アレが?」といったような侮辱を、毎日聞いた。――「男のくせにオメガだからってカナエくんを(そそのか)すとか、死ねばいいのに」「男同士とか世間的に許されないでしょ」「このホモ、死ねよ」「オメガってだから嫌いなのよ」といった、そもそもカナエを好いていた女子たちまで、ユメミへのいじめに加担している始末だった。     『僕はもう十分、カナエくんと素敵な時間を過ごせた。それにもう十分、カナエくんに守ってもらえた。…だから今度は、僕がカナエくんを守らなきゃね。僕はもう、彼から離れなきゃ駄目だ。――それに…どのみち僕は、これから……』      そうしてカナエを避けるようになったユメミだが、しかしカナエはユメミの側から離れなかった。――何をいっても無視をされるが、カナエはユメミに会いにいき続け、ユメミに話しかけ続けたのだ。  ユメミは何度も『君なんか嫌いだ、だから離れたんだ』と言いかけたが、大好きなカナエを傷つけたくはないと思うと、それは言えなかった。――しかし、学校中で「あいつら絶対ホモだ」「あいつらは付き合ってるんだ」という噂が蔓延し、わざと聞こえるようにそう噂話をされるとユメミは、辛くて堪らなくなった。     『僕のせいで、カナエくんが(はずかし)められている。僕はどうしたらいいんだろう。』      悩んだユメミはあるときカナエに、「変な噂が立ってるから、僕たち一緒にいちゃいけない」とはっきりいった。  しかしカナエは「だから俺を避けてたの?」と聞くので、ユメミは「そうだよ、だって…」とカナエを心配したが。     「そんなの言わせておけばいいだろ。」      と、カナエは笑った。  むしろカナエは、ユメミが自分を避けていた理由を知れたことに、安堵したようですらあったのだ。       

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