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「…ただ本当に体調は悪いんだ、だからもう僕は帰るよ。じゃあね、少年。」
ユンファさんは机から下りると、どうやらこの図書室から退室しようという向きで歩き始めた。俺もすぐさま同じ方向へ歩いた。横長の机の終わりで彼と落ち合おうとしたのである。
そうして俺と彼が机の終わりで合流するなり、ユンファさんは足を止め、一瞬「ん?」と俺に瞠目した。彼は『まだ僕に何かあるの?』といいたいのである。
「…あの……」
俺はやはり背が低く、体も小さかった。
ユンファさんの男らしい肩幅を一瞥した俺は、羞恥心からすぐに目を上げ、また彼の顔を見上げた。
先ほど机を挟んだときよりも、こうして距離が縮まったほうがもっと自分の背の低さと、体の小ささを感じた。そうして俺が頭一個分よりやや背の高いユンファさんを見上げると、彼は俺に向かい合って腰を屈めてくれたが、それが尚の事俺のプライドに悔しい傷を与えた。
「…何?」
俺の目を見下ろしたその人は、俺の言葉を待った。
――しかし俺は、これほど目の前にいてもなお、彼の薄紫色の美しい目には映っていなかった。俺は、その悔しさから生まれた焦燥に駆られるまま、馬鹿に十二から見てきた夢の中でのセリフを、彼に言おうとしたのだ。このまま別れるのは嫌だった。
そしてもちろんそれによって、あ の 夢 の よ う な 結 末 を望んだ――。
「ぼ、僕と……」
「ん?」
ユンファさんが俺を見下ろして首を傾げる。
俺は叫んだ。
「僕、と、…付き合っ、――いや、結婚してください!」
あ、違った。…というのは、俺の夢の中でさえ俺は、この美しい青年に「結婚してください」とまでは言わなかった。夢で俺は「付き合ってください」といったのだ、そして夢の中では彼が「いいよ」とあっさり答え、そうして俺とユンファさんは晴れて恋人同士になれた。夢の中では、ね…――しかし俺は酷い焦燥感に負けて、すっかり正 当 な 順 序 というものを投げ出してしまったのである。
「……、…は…?」
ユンファさんは愕然とした。
こうして目を丸くすると、ユンファさんは可愛い印象もある人だ。しかし彼のほうはすぐさま、この至っておかしな状況――今しがた会ったばかりの年下の少年に受けたプロポーズ――に、正当な判断を下した。――すなわち、ユンファさんはすべてが俺の冗談だと思ったのである。
そうしてユンファさんは、あはは、とこらえきれず軽い声で笑ってから、ニヤニヤとした顔を傾け、俺をからかってきた。
「…友達とかじゃなくて…? いや、もしかして君ってあれだ、さては僕をナンパしに此処へ来たんだ? はは、まさかとは思うけど、僕にフィナーレのダンスでも申し込みに来たんだろ。…なんてね。そんなわけ……」
「ぁ、はい」
ユンファさんは年下の冗談に応えてやった、という軽い気持ちでそう言ったのだろう。――だが、俺にとってそれはチャンスだった。黄金に輝くようなチャンスだった。
有り得ないだろうというつもりのセリフに、俺が間髪入れずに頷いたので、ユンファさんは苦笑いを浮かべた。
「…はは、そう。でも悪いけど、僕は……」
「というかナンパじゃないです。」
「……あぁ…そうなの? ありがとう。」
ユンファさんは俺を執り成そうと、曖昧に笑っている。
俺は顔を熱くしながら、彼に半歩迫った。
「…はい、本気です。僕、お兄さんと本気で結婚したいです」
「……、ぇ…本気?」
「はい。結婚が駄目なら、付き合ってください。」
「……え……?」
ユンファさんは俺と対等な位置で目を合わせながら、あまりにも意外だと驚いて、瞠目したままに眉を寄せた。その端正な眉には、とても懐疑的なものが翳っていた。
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