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「……、…」
え? ――友、達……?
はっきりいってそのつもりはなかった俺である。
しかしユンファさんは、すっかりそ う だ と思い込んでニヤニヤしていた。
「…なあそうなんだろ。不器用なんだな、君って。」
ユンファさんはそう言ったあと、目の前の白い机に軽く腰掛けて、それに片手を着き――背の低い俺の合わせて上体を傾け、そして俺の目を覗き込むように顔も傾けては、俺と目線を合わせた。
ユンファさんの顔の傾きに合わせ、彼の鴉の濡れ羽色した髪がサラサラと流れた。横からの夕陽に照らされたあまりにも綺麗な微笑が、黒髪を頬にかけた、あまりにも透明感のあるなめらかで濡れた白い肌が、俺の目前にあった。
薄紫色の瞳の表面が、半円のガラス玉のように光に透けていて、とても綺麗だった。
「こら、駄目だよ少年。それじゃ友達なんかできないよ」
「……、…」
しかし彼の瞳にはまた、俺が映っていなかったのだ。
酷く薄紫色がぼんやりとしていて、目が合うような合わないような、目を合わせているはずなのに合っていないというような、これはいやに妙な感じであった。――が、どうしてかユンファさんの「こら」という愛の叱責に関しては、俺の耳の鼓膜を甘く潤し、脳に甘露が染み渡るような、じんわりとした感覚があった。
「…もしかして君、今までそうやって友達を作ってきたの? ふふ…もしかしたら君、どっかのお偉いさんのお坊ちゃんだったりしてね。――でも、そんなのは関係ない。大事なのは君 の 名 字 じ ゃ な く て 、君 自 身 が ど う い う 人 か だ。お兄さんから言わせてみれば、それじゃ本当の友達なんてできっこないんだぞ。」
「……、……」
俺は何も言えず、ただ腑抜けたようにぼうっと、彼の優しい微笑みの前に立ち尽くしていた。
どこかのお偉いお坊ちゃん…九条ヲク家に生まれた俺へ、「そんなこと関係ない。君自身がどういう人かが重要だ」と言ったユンファさんに、俺は心地よい衝撃を受けたのだ。――そんなことは初めていわれたし、何なら俺はこれっきり、いまだ彼以外にこう言われた試しがない。
「そもそも僕らは、お互いの名前さえ知らないだろ? 誰かと仲良くしたいなら、アルファだとかなんだとか言う前に、まず名を名乗らなきゃ。」
「…ぁ、ぁ僕…ソンジュっていって…、九条ヲクソンジュっていいます……」
しどもどしながらも俺は、すぐさま名を名乗った。
しかしこの小さな俺のもごもごは、ユンファさんに聞こえていなかったようだ。彼は「ん?」と反問したが、俺は意気地なく繰り返せなかった。
「……、…、…」
『というか僕は別に、友達になろうというつもりではなかったんだけど……』とも思ったのだ――なんならほとんど口説こうというつもりであった――が、俺の家庭環境に付け加えて、俺はどうも長男であると、こうしてまるで弟のように扱われた試しがなかった。
すると我ながら反発するかと思いきやである。不思議なことに、ユンファさんにそう年下として扱われた俺はむしろ、彼の言葉に、真摯に耳を傾けていた。まるで遠い獲物の足音を捉え、ピンと聞き耳を立てている狼のように。
ましてやユンファさんは、とても美しい微笑みで俺の目を見ていた。――それも、わざわざ机に腰掛けて俺と距離を縮め、その上で上体を屈めるという手間を取ってまで、年下の俺と目線を合わせてくれたのだ。
「……それに、アルファだとかオメガだとか、ベータだとか…そんなのは、僕 ら の た だ の 属 性 の 一 つ に過ぎない。君がアルファだからって、必ずしも人が思い通りに動くわけじゃないんだ。…いや、むしろ君は今、損をしたんだよ。――ね。友達が欲しいなら、自分がアルファだという前に、君という人を教えてあげよう。」
「……、……」
俺は屈託ない心持ちで一度頷いた。
するとユンファさんは、俺のその少年らしい素直さにか、その端正な顔に浮かべている笑みをより柔らかくした。――慈しむようなその微笑みは、本当に美しかった。
柔らかくゆるい弧を描いたその切れ長のまぶた、ふくよかな赤い唇も口角がきゅっと上がり、白い頬はしっとりとしてほの赤く、平たいのにとても柔らかそうだった。
「うん、そう――友達だとか、そういう親しい関係性になるときに、属性なんて関係ないんだ。…何にしたって人間関係なんだから、属性の前に一人の人として、お互いが向き合わないといけない。…そういうものだよ。」
「……はい、ごめんなさい」
俺はなかば媚びるように眉尻を下げて少し笑い、ユンファさんへと謝った。…媚びるとはいえあどけない、それは子供が大人のご愛嬌を狙ったようなそれである。…そうして俺が可 愛 く 謝ると、ユンファさんはニコッと目を細めた。
「…はは、やっぱり根はいい子なんだ。…さっきはごめんね。…ありがとう、心配してくれて。――ほんとごめん、僕はさっき、実は大人げなく意地を張っちゃったんだ。…」
「……、……」
ユンファさんのこの苦笑いは、自嘲である。俺のことを年下として扱いながらも、年上の自分の過ちをきちんと認めていた。俺は深い感動に涙目になった。『こんなに立派で賢い人が、こんなに綺麗だなんて…天は二物を与えないなんていうけど、もしそれが本当なら、彼はやっぱり神様なんだ』――またたく間に俺の信仰を勝ち取ったその美しい若い男神は、「ありがとね」繰り返し、ポンポンと俺の頭を軽く、その大きな手のひらで叩いた。
「でも、お兄さんは本当に大丈夫。心配しないで」
まさしく花の顔 という綺麗な微笑みを浮かべ、そしてユンファさんは、腰掛けていた机から下りた。
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