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                 しかしユメミとカナエは、いつも俺に結末までは見せてくれないのであった。いつも過程だ。悔しくて泣きそうになるほどプロセスばかりである。  面白く、途中でハラハラしてしまう小説ほどエンディングを見てから安心した目で楽しみたいというのに、しかしエンディングばかりは決して見せてくれない。やきもきさせるよ、優等生にプロセスばかり、幸福感に安堵できないシーンばかりを細切れに見せられる。    昔はあんなに通じあえていたというのに、今の俺と彼らの間に行き交うこのディスコミュニケーションは、しばしばベッドの上にいる俺を悩ませた。  どうせ追ってもこうなるのだからと、彼らは俺に「()を諦めろ」と忠告しているのか――はたまたその逆で、自分たちと同じように「()を諦めるな」と俺を駆り立てたいのか、残念ながら俺にはわからないままであった。    つい最近まではユンファさんのことを忘れよう、諦めようと俺は努めていたのである。――だからカナエとユメミの夢を見た近頃の俺は、『それでも諦めないんだな、君たちは。…俺とは違ってね』などと、自分の陰々とした感傷を他人事のように眺めていた。『ところで、君たちはいつ幸せになるの? ずっと堂々巡りじゃないか。君たちの運命はあれからずっと停滞している。そんなに拘泥(こうでい)しなくとも、他に道はないのか?』    俺は自分の孤独という不幸さえも忘れようとしてきた。    俺は高校生のときからまた、漫然と生きてきた。  というのは、初心や夢や目標を見失ったまま今に甘んじて生きてきた、派手な成功の傍らで、俺は怠惰にも形骸化していたということである。  あの『夢見の恋人』の続編を書き上げた以降いまいち張り合いに欠ける俺の人生は、季節の中に奇跡はないが、順風満帆に――あるいは自ずから歩かずとも勝手に――流れてゆく季節のような穏やかな幸せはあった。  日々の中には細かい星屑のような一つ二つの喜びはあり、しかし月ほどに大きな喜びはなく、いつもその小さな喜びに付き纏う真夜中の孤独は、俺の見る季節を色褪せさせた。    これも弊害の一つだ。――俺はユンファさんへの恋心を雪かきして片付けたつもりでありながら、結局生き甲斐を失ったかのようになった。ということは要するに、俺は心の奥底では彼のことを諦めきれていなかったということなのである。  今思えば愚かなもので、月を目指すと決め、月を見上げて歩んできたからこそこうなった俺に、その月を諦めようとはまず無理なことであったのだ。    是非には及ばない。罪やら罰やら冒涜やら、ましてや後難(こうなん)なんてとんでもない!  俺は恵まれている。陰鬱としていた俺が小康(しょうこう)を得られただけ十分だ。俺はこれでも幸せだ。これ以上は望むべきではない。どうせ叶わぬ夢である。どうせ叶わぬのが初恋である。下手すれば彼はもう、俺以外の誰かと結婚していても全くおかしくはない年齢だろう。    たかたが十三歳のときの、稚拙な初恋だ。  初恋とは一番自然的で神聖で神秘的で、ひと際特別な恋でありながらも、ほとんどの場合は初恋の人のことなど忘れて――時に思い出しては憧憬にひたり――生きてゆくほうが、幸せなものなのかもしれない。    目指していた月からあえて目を逸らし、あえて空から降ってくる星屑の幸せばかりを身に受けて、自分は満足していると決め込んだ。しかし、どうやってあの星屑より大きな月を忘れられよう? 星屑を見ようとすると、どうしたって月もまた俺の視界に映るのである。現に、無理に星屑で満足しようとすればするほど、俺の足は重たくなり、歩みも鈍くなった。  そして視界に映った月には、どうせ手に入らないものなのだと思い、するとそう思えば思うほどに悔しくなって、俺はただ月へと向けて負け犬の遠吠えをするほかになかった。惨めである。まさに負け犬、はなはだ惨めだ。  試す前に、足掻く前に夢を諦めて弱音を吐くとは、目も当てられないほどに惨めで情けない。    俺はあの白雪が膝下まで積もったとき、これはもう雪かきをするしかないのだと考えていた。――だが、その雪を掻き分けるようにして足掻き、なぜそのまま進まなかったのだ?    それは人生における平易な自殺である。  俺の後ろ手を縛って断頭台に上らせたのは、俺自身である。そして斧を構えた死刑執行人もまた、俺自身である。野次馬も俺、罪人も俺、王も俺、誰も彼も俺自身である。    いま思えば、こんなのは俺じゃなかった――。  いや、俺だ。俺だが――俺がなりたい俺じゃなかった。  叶えようとしないうちにどうせ叶わないなどと、そんな間抜けなことをいう自分は、許せない。  自己実現の叶わぬ俺など、死んでいるも同然だ。    すなわち星屑で満足するということは、俺にとってのゆるやかな死であったのだ。  しかし俺とて人並みに、そのような初恋はいみじくも叶わぬ儚いものなのだと諦めていた――時期もあった。    さて、俺が目を塞ぐことははっきりいって褒められたものではないが、しかし――目を塞いでいるからこそ、見られるものもある。――そしてその一つに、夢があるのだ。    俺は近頃、折しも()()()()()()をまた見た。        その夢の中で俺は、()()()()()()()()()()()()()――。           

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