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「いやそれはわかっていますが、キャストの安全第一にとのお考え自体はとても有り難いとは思っています、ただ……」
「…………」
今伏し目がちのユンファさんは、いくら彼が「プレイ拒否の勧め」を固辞しようとも、意固地なほど「(俺との)今夜のプレイ」を阻止したがっているスタッフに対して、改めて電話口、断固とした態度で挑んでいる。
そして、今のユンファさんのその表情は険しいが――それはそれで「闘い」に挑む男らしい顔であり、非常に格好良いが――ユンファさんの顔の造りは眉目秀麗、まさしく上品な美男子のそれといっておよそ世の人からの異論はなかろう(というか俺が異論など認めない)。
さあ、まずはユンファさんの肌から見ていこう。
その肌はやはり清艶として蒼白いといってよいほどに色が白い。またその肌はまるで、皮を剥きたての新鮮な白桃の肌のようにとても瑞々しく、また驚くほどになめらかである。
それこそ彼から五、六歩ほど離れているこの距離では尚の事か、目を凝らせども鼻の頭や両頬などにさえ細かな毛穴も見付けられない。およそ人らしからぬほど陶器のようになめらかな肌だ――が、日焼けの苦手なオメガ属特有の色の白さはもとより、この肌のなめらかさもいわばオメガ属特有といえる。彼らオメガ属は月に一度訪れる「オメガ排卵期」のポジティブな影響で新陳代謝が良く、男女問わず他属性の者よりも肌がつるりとなめらかである他、肌の水分量もまた多い傾向にあるのだ――。
そしてよく観察をすると、その白肌には極うっすらとした黄色味に、それよりかは色の確かな血の色の、青みかがった淡くほのかな薄桃色が、彼の白く薄い皮膚の下から透けているようにも見える。また彼の肌は更に、あわい青味や紫味といった憂いた色味をも帯びて見えるようだ。
それはまるで、その真っ白い肌の内側の肉に潜んでいるサファイア、アメジストといったような貴石でできた血管が、ユンファさんの中側から煌々 と光り輝き、その青味や紫味といったあわい光が絶妙に混じり合いながら、彼の瑞々しい雪白の肌表面にまでうっすらと透けて見えているかのようである。
それにしても、俺が宣材写真に見た、青白い大理石とも負けず劣らずの彼の肌の白さよりかは、やはり生で見たほうが「人らしい色」があるものである。――とはいえ目を引けば、およそ「白」であることには間違いない。ただそれが単なる大味な「白」なのではなく、まるでクロード・モネの描く「白」のように、よくよく見れば、絶妙なニュアンスでさまざまな色が重ねられてできている「白」というだけである。
またあるいはこの部屋が薄暗い照明ばかりで、かつその照明が暖色系の明かりであるからこそ、なのかもしれない。それこそ陽の光の元では、また驚くように真っ白な肌とも見えそうである。とにかくユンファさんの肌は「綺麗」というだけでは物足りないほどに、そういった瑞々しくも儚げな透明感のある、清艶とした雪白の肌なのだ。
そしてこの蒼白いなめらかな肌の細面 は、痩せた頬から顎にかけてのたるみが全くない、すっきりとシャープに引き締まったやや面長気味の輪郭である。
男らしいすっきりとした輪郭だがさほどエラは張っておらず(もちろん女の輪郭よりはその辺もしっかりとしている)、今の彼は並より痩せているとはいえ、頬がこけているというまでのことはない。
また、額が広めの面長気味ではあるが間延びした印象はまるでなく、顔自体も男の平均より小さい。178センチの人にして顔のサイズは目測およそ二十センチか、あっても二十一センチほど、といったところであろう――したがって彼のスタイルは九頭身に近いということになる(まあ俺も九頭身だけれど。だからこそ俺に相応しいのはユンファさんなのだ)――。
そして、あの日には学生らしいミディアムヘアであったユンファさんの髪は今や長く伸ばされて、妖艶な男のボブカットほどの長さとなっている。
但し彼の黒髪は今も染髪等なされておらず、髪色はあの日から何ら変わらずの鴉 の濡れ羽色――ほんのりと青味を帯びた艶のある濃い黒の髪色――だ。
なお見るに髪一本一本は太そうで、髪一本に走るやや青味かがった白い艶は、絹の生糸ほどに強い。それが豊かに多く集まっているのだから、まるで本繻子 のような上品な艶気をもった艶美な黒髪である。
また彼の黒い前髪は真ん中でわけられて真っ白い額をそう隠さないが、その前髪は両方のほっそりとした頬骨あたりを覆い隠しながら、ゆるやかに耳のほうへと向けて毛先が流されている。…その前髪の長さは耳の半分以上をも覆い隠すほどである。耳が透けないほど黒く厚い髪に覆われた白い耳は、うっすらとあわい薄桃色に色付いた耳たぶからやや上くらいしか見えない。なお耳たぶは薄そうだ。
ちなみに、その物憂げな切れ長の目にも黒い前髪がややかかっているが、こと見えにくい彼のツリがちな目尻も、彼の顔の角度によってはときおり垣間見える。
むしろ、そうして黒髪が白いまぶたの上に繊細な翳りを落としては、時折なんでもない彼の動きにその髪がさらさらと揺れて、誘うように、彼の美しい切れ長ツリ目の全貌がチラリと露わになる。それが何とも、何とも、その前髪の長さこそがまた何ともより一層、彼の切れ長の目が湛えている色っぽい憂いを深めて非常に妖艶である。
なお、カッターシャツの襟の囲いの中にある黒い襟足も長めだ。赤い革の首輪に若干毛先がかかるほどの長さがある。その真っ直ぐな襟足はまるで、その髪と首輪とでユンファさんのうなじを守っているかのようである――これがケグリの着けた首輪と思うと非常に憎たらしいがね――。
それにしても、ユンファさんの顔立ちによく似合っているこの甘いハンサムな髪型がまた、ミステリアスな憂いを帯びた妖しい美男のようにも見え、かと思えば、「甘いマスクの王子様」といった優麗な印象をも抱かせる「正統派王子様」とも見えるような、とにかく、この髪型が何ともユンファさんのセクシーなイケメンっぷりを非常によく引き立てている。
しかし、あまりにもユンファさんの美しい怜悧な顔立ちにこの髪型はよく似合っているが、この男にしては長さのある髪型はその実、男なら顔が端正な男しか似合わないことだろうと思われる(さすがの俺でもこの髪型にするのはいささか勇気が出ないようだ)。
さてその前髪から出されている、やや広めのなめらかな白い額の下には、繊細ながらも男らしく凛々しい形の、意志の強そうなくっきりとした黒眉――太さは男の並でやや濃いめ、人より眉山がしっかりとしてシャープだがつり上がり過ぎていないため、威圧的ともか弱そうともないキリリとした印象の、洗練された美しい男の眉――がある。地が色白であるからこそより凛々しくくっきりとした黒眉に見えるのがまた、非常に精悍な美青年らしさを帯びて見せる端正な眉である。
ちなみに、見たところアイブロウなどの化粧品を使ってはいないようだが、容貌を重要視されるような仕事であるからか、眉を整えること自体はきちんとしているようである――まあ日常的な虐待をされているユンファさんだが、必要最低限の手入れは許されている……というよりか、さんざ「お前はブスだ」と言いながらも本当はユンファさんの美貌に惚れ込んでいるケグリが、それも「(自分の粗野な容貌は棚に上げて)私 の 嫁 たるものいつ何時も美しくあれ」と言いそうなほど固陋 した亭主関白的価値観をもつあの男が、たとえケグリ本人には美容の知識こそなくとも(むしろユンファさんに方法は丸投げで)、彼の美貌のランクを落としかねない最低限の手入れを怠らせるはずもない――。
そしてもちろんその凛々しい黒眉の下には、眉骨下のくぼみに陰る切れ長の一重まぶたがある。眉とは近いとも遠いとも見えない。但し一重でも男雛のような古風さはない。若々しいハリはあるが重たく見えるほどの脂肪はなく、まぶたの肉が縺れているということもない、まぶた自体はしかと開かれているようなので、一重でもすっきりとして見える。生来の造りとして目尻がツリがちだ。
猫目というにはもう少し細い目だが、流し目がよく映えそうなほど横の幅が丁度良く流麗として長い。まさしく象徴的な、涼やかな美しい切れ長の目である。
ただユンファさんのその怜悧、涼やかとも見える切れ長の両目だが、切れ長ツリ目のその割に甘い愛らしさもあるのだ。
まあ素の状態でも愛らしさがどこかしかには少しあるのだが、実をいうとユンファさんは、表情によっては時折丸目がちに見えることさえある。何なら驚いたときなどに目を丸くすると彼、殊に(目の形自体は切れ長ツリ目なのだが)つぶらな目とも見えるときまであるのである。
それはなぜかな……この淡い薄桃色の下まぶた(涙袋)がぷっくりと膨らんでいるからであろうか。
要するに彼の上まぶた自体は鋭い切れ長の、それもツリ目がちな一見キツい印象を与えるような形をしてはいるのだが、その一方このぷっくりと豊かに膨らんだ涙袋があることによって、いわば(人の目が認識する)目の幅自体は縦にも横にも大きく円 いように見えているのかもしれない。
そうであるからこそ、表情によってはつぶらな目、丸目がちとも見えるが、その逆もまた然りと、表情によってはかなり冷ややかでクールな眼差しとも見える。
そうして可愛らしい印象をも人に与えられる、かと思えば、涼やかな鋭い印象をも人に与えられる切れ長の眼とは、全く欲張りな美貌だね…――ちなみに曰く人相学的には、涙 袋 が ぷ っ く り と 膨 ら ん で い る 男 は 性 欲 が 強 い そうだ……当たれ。当たれ。頼むから当たってくれ人相学(この美貌のユンファさんの性欲が強かったら最高としかいいようがないじゃないか?)。
さて更に見ていこう。
ユンファさんの黒いまつ毛にはしっとりとした艶があり、並の男に比べれば長い(ただ自慢ではないが、俺のほうがまつ毛は濃く長そうである)。そしてやや下向きに真っ直ぐと生え揃っており、カールは一切していない。若々しい濡れたような艶があるので、摘んだなり指先がほんの少しだけしっとりとしそうだ。但し長めなのは上まつ毛ばかりで、下まつ毛はなんとなしチョンチョンと黒い点に見える程度である。
そうした黒いまつ毛に彩られている、涼やかで愛らしい切れ長のまぶたの中にある瞳は、しかし一言に「薄紫色の瞳」とはいえまい。
基本的には薄紫色といえるが、その実ユンファさんの瞳は、神秘的にも光の角度等によって多様に色を変える、「タンザナイトの瞳」というのがもっとも相応しい表現であろう――それは五条ヲク家の“神の目”というのを抜きにしてもだ――。
また白目は青味を帯びた透明感のある、陶磁器のような艶のある澄んだ白である。切れ込みのように鋭い形の目頭と目尻に少し覗いている潤んだ粘膜の、そのやや濃いめの桃色とその澄んだ白目とが対比してまた艶めかしく、とても美しい。
高く形の良い鼻は美男子らしく立派だ。
眉骨から鼻先まで自然な反り方をして高くなってゆく。目の間の鼻骨の高さは十分にあり、およそ横から見ても美しい横顔と見えるであろう。――それこそ狼のような鋭さのある、美しい横顔と見えるに違いない。
艶のある鼻梁 は真っ直ぐと通っているが、女のような細さではない。太すぎることはないが、その鼻筋には男の骨っぽさがある。鼻翼は狭すぎとも広すぎともない。高い鼻先に引っ張られて、下から見れば縦長の楕円であろう鼻の穴は全く上向きではなく、どの角度から見ても目立ち過ぎない。
「…はぁ……はい、本当に大丈夫です、ええ、お客様のほうもそれでいいとのことですから、はい…はい……」
「…………」
――どうもうんざりとし始めているらしいユンファさんであるが……なめらかな動き方までもが艶冶 なるその唇はふくよかであり、また彼は話す際にやや唇を尖らせる癖があるらしい。ちゅっと、軽いキスをするときのようにきゅっと僅かに尖るユンファさんのその肉厚な唇は、その度に艶めかしい縦じわが生まれては、またぷるんと弾みそうなほどなめらかになる。
やはり上唇の山形がくっきりとして形が良く、下唇は円 く膨らんでいる。その上下ともに肉厚な唇は横幅が狭く、縦方向にぷっくりとしていて、そもそもの造りからして口角が少し上がり気味のようである。今日は口紅などはつけていないらしく、やや白っぽい青味を帯びた桃色だ。但し一応リップクリームは塗っているらしい。この油っぽい品のない艶はやはりあの安物――メンソモータムミルクin三本入り(ノダガワの家の近くのドラッグストアでは税込み234円)――を今日も使っているのであろう。
しかしやはり衣服にも共通している事実として、たとえ機能面からしても気休めの潤いをしか与えないような安物のリップクリーム(三本入り234円ともなれば何と一本あたり78円、一本100円もしない恐ろしいリップクリーム)を使っていようとも、それで月下 ・夜伽 ・曇華 のこの至上の月の美貌が色褪せることはない。
この広い世にも類稀なるユンファさんの美貌は、細部に至るまでもが完璧に端麗としている。――ケグリ共は「お前はオメガとしても劣る酷い不細工だ」などと貶めることによって彼をマインド・コントロールし、そういった「呪詛」による首輪で彼を束縛しているが――それこそ俺のみならず、こと一目で惚れない女などないだろうというほど、同性たる男ならば嫉妬して当然というほどの、この美しい容貌はユンファさんが天から授かりし麗質的な、およそ世の人が羨むばかりの白眉たる恵まれた美貌なのである。
To err is human,to forgive divine.
(過つは人の常、赦すは神の御業/アレグザンダー・ポープ)――神が授けしこの無辜 な美貌へ向け、恥知らずにも「不細工だ」と嘲罵した者は、いずれ必ず神の裁きを受けることであろう。
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