575 / 689
35
しかし、そうした羞 恥 心 な ど 欠 片 も 感 じ よ う が な い 、また別 段 恥 じ る ま で も な い こ と に関してはともかく――もちろん俺だって人だ、俺も人並みに廉恥心 のある普 通 の 人 なのだ、当然俺の精神構造だって人 と し て 普 通 の 羞 恥 心 を覚えるようにできているのである。
俺に羞恥心が無いだなんてとんでもない――。
それこそ俺だって、例えば自分が取り乱した様や失態、自分の失敗をユンファさんに見られること、簡単にいえば「(ユンファさんの目から見て)格好悪い自分」や「(ユンファさんに)ドン引きされかねないような言動」など、ユンファさんに嫌われかねない自分の挙措には当然敏感にもなり、恐れにも近い忸怩 をしてしまうのだ。
何なら、今だって俺はその忸怩の真っ最中なのである。
我ながらそのように慎み深い俺の廉恥心ある精神に、「羞恥心の欠如」だなどという、厚顔無恥の要素は認められない。
それこそ本来なら、今ユンファさんが俺に抱いている印象――「初対面だろうがなんだろうがなりふり構わず、恥知らずにも鼻息を荒くして、(美貌の)青年に大興奮してしまう(彼の目を見つめていただけで勃起するド変態な)上、微妙にキモい意味不明なことを言うわ挙動不審だわの、陰湿な不審者も悪ければ狂人一歩手前の瀬戸際に瀕した、機嫌一つで人殺しさえしかねない怪しいド変態男」――というような俺への印象は、ゆめゆめ誤謬 したものなのである。
だというのに、まさかよりにもよってユンファさんに「羞恥心の欠如した変人奇人の変態」だなどと思われてしまったとは…非常に心外、俺は今とても恥ずかしい気分だ…――穴があったら入りたい…まあもちろん俺が入るべき場所とは広義的にいえばただ一つ、ユ ン フ ァ さ ん の 奥 深 く 以外には有り得ないのだけれどね。……俺は今にも隠れられるものなら隠れたいよ(ユンファさんのナカに)、いや、いっそ俺は還 りたいのかもしれない、ユンファさんの奥の奥、最奥の神 聖 な る 胎 内 に……。
それこそただ俺は、約十一年もの時を経てしてやっと漕ぎ着けた初恋の人との再会に興奮をし、相変わらず綺麗なその美貌に見えた二人の運命と奇跡に見惚れて、そして、性欲にもいやまさる、深く熱く確かな「真実の愛」をユンファさんに感じていたというだけのことなのに……まあ結果として(ユンファさんの目を見つめていただけで)勃起はしたけれど、それだって可愛い「男の求愛反応」ではないか。
とはいえ…そのような「(間違った、ド)変態の印象」をユンファさんに抱かれたままでは、どうもこの先が思いやられる…――どうしたものかな……?
というのも、少なくともユンファさんにとっては今この時こそが、俺との「初対面」なのだ。
それが意味することとはすなわち、先にも思う通り、First Impressionsというのは恋愛においても、非常に重要な要素ともなり得る――ということにかかっており、まず「ド変態男」に恋をしてくれる人など世の中稀ともなれば(そんなことが起きたらまさしく奇跡である)、このままでは(正直自信はないのだけれど…)最悪、俺は突 き 抜 け た ド 変 態 男 を演じるでもして、いよいよ「ストックホルム症候群」を狙わなければならなくなるかもわからない。
しかしその「ストックホルム症候群(狙い)」はあくまでも最終手段である。
それこそ今のうちに、ユンファさんの認識がまだふんわりぼんやりやんわり『この人変態かも…?』という程度で留まり、……留まって、いることを願い、まだ『あぁこの人、ヤバい変態 だ』と確定事項にされていない今の段階(希望的観測)で俺は、できる限り、彼が俺に抱いているその「(ド)変態の印象」を払拭しなければ、ユンファさんに惚れてもらうとは夢のまた夢……。
それにしても、存外難儀しているね…?
なぜかな……俺のような、一途で可愛くて誠実で浮気なんかする可能性もなく、ユンファさんのためだけに生き、ユンファさんのためだけに死ぬような聖人にもまさる敬虔な奉仕精神を持った美男子(もちろんユンファさん限定)、例えばユンファさんに「アイツを殺せ」と命じられれば喜んで人殺しだってするほど従順で、俺たちの愛を邪魔する者あればその者をすぐさま殺すことだってやぶさかでないほど、永遠にユンファさんの全てへ「真実の愛」を捧げ続けるほど愛情深く、逐一ユンファさんの素晴らしさを認めて口にするような夫にしたいランキングNo.1の男(俺調べ)、格好良く頼もしくロマンチックで容姿も飛び抜けて良い若い男(しかも少々古いが「三高(高身長・高学歴・高収入)」の俺)を彼氏、ひいてはもちろん夫にすれば、ユンファさんは間違いなくみなに妬まれ羨ましがられるくらいだと思うのだけれど、なぜ彼は俺の魅力をわかってくださらないのだろう……まあ、とにかく。
ならば今、俺が少しでもその「(ユンファさんが今俺に対してう っ す ら と 抱いている、ド)変態のヤバい人」という印象を薄れさせるために努めるべきは、たとえ全 て ユ ン フ ァ さ ん が 悪 い にしても(全ては月下 ・夜伽 ・曇華 が世にも色っぽく美しすぎるせいと、募りに募った十一年分に現在プラスの熱量ある愛、すなわちユンファさんへの、俺の豊潤かつ一途な真実の愛のせいである。ともなれば、俺 が こ う な る の は 全 て ユ ン フ ァ さ ん が 悪 い ということになるのだ、が)、彼の前であるからこそもう少し俺は、せめて見掛けばかりでもメンタルを平坦に保つよう心がけること。
また驚嘆や興奮という感情や状態が自然とこみ上げてくるものである以上は、それを抑圧しきることは無理にしても、せめて表には出さない、なるべくユンファさんの目にはそれらを見せない、彼にはそれらを悟らせないようにしなければなるまい(まあ勃起に関しては、やはり不可抗力的な可 愛 い 男 の 生 理 現 象 だからどうしようもない、後ほどユンファさんを口説いてそのことばかりは認めてもらおう)。
そう…誰よりも本気で堕としたい、我が月のユンファさんの前ではあくまでもCoolに、Smartに、俺は色男であらねばね――まさか思いがけず、彼には変態だとか羞恥心が無いだとか酷 い 勘 違 い をされてしまったようなのだけれど、その汚名返上の機会というのだって、今夜中にもいくらでもあるはず。
俺のように賢く優しく紳士的で倫理的、慎み深く思慮深い人格者の上に愛情深いロマンチシスト、その上顔も良ければ体もセクシー声も良い、ついでにデカ…俺に抱かれる人をみな極楽浄土へとご案内容易な神 、あるいは仏 か が っ た お 道 具 持 ち 、付け加えて天才の大金持ち――しかも海外の大学卒、エリートにして未だ二十四歳の人生二週目――誰もが俺の恋人になりたい、誰もが俺とセックスをしたい、誰もが俺と結婚をしたい、誰もが俺の美貌に一目惚れをする――そのような完璧な男(俺)は、この世に二人といないのだから。
そうした、有り余るほどの俺の魅力がユンファさんに上手く伝わりさえすれば、俺は間違いなくユンファさんに恋をしてもらえる――俺ならば「ド変態の変質者 」などという汚名返上もきっと容易い。
そのためにも今はとにかくchill,chill,chill out……(落ち着いて、冷静に、Coolに努めて……)――それこそ俺はそうでもしなければいよいよどうなることやら、我が月の君月下 ・夜伽 ・曇華 を前に、いや彼の前であるからこそ、俺はみっともない月狂状態にもなりかねないのだからね…――。
「……んふふふ…――。」
さて…やはり俺 は ど う 考 え て も 変 態 で は な い という認識を深められたうえ、確固たる自信をも取り戻し、対処策のほうも簡単ながら(自分に対しての)取り決めが済んだ。
「…ぁ…♡ ぁ、あの、カナイさん…?」
「……はい…?」
ちなみに俺は目を伏せたまま、「思考の肴 」に先ほどからずっと、とりあえず手遊 びに取った、ユンファさんの片手をもみもみと揉んでいたのである。
コリコリとした筋肉のハリと骨、筋の際立っている彼の手は全く男の手らしい感触だが、オメガ男性らしく皮膚自体は柔らかくスベスベとなめらか、まるで極うすくスライスした丸餅を、男の手の骨組みや筋 、筋肉にかぶせたかのような手である。
皮膚の触り心地はなめらかで俺の手指に吸い付くような餅肌、脂肪はほぼなくつきたて蒸 かしたての餅というほどに柔らかいとはいえないが、コリコリとした手応えの良い、何か癖になるような極上の感触だ。
俺はユンファさんの手のひらにある、親指の下のふくらみをぐりっと、親指の腹で押し潰してみる。と彼、ぴくっとその手を強張らせ、
「……ん…っ♡ ッぁ、♡ ッあの、まっマッサージ、…なぜ、いきなり手のマッサージを……?」
……震え声で俺に何か言いたげだ。
「…うん…?」
そしてもう一つちなみに、なぜか――というのはさすがに白々しいが――ユンファさんはその困惑顔をうす赤く染めて、先ほどから「あの、あの」と何か物言いたげに、俺に話しかけていた(俺は思考に忙しくしていたのと、何より彼の困っている姿が可愛いので無視していた)。
なるほど…ユンファさんはどうやら、手まで性感帯のようである。ただ、これは少し甚 だしい感じ方といえるかもしれない。
なぜなら俺はずっと、何も性感帯を愛撫するような手つきで彼の手を触っていたわけではなく、本当にマッサージでもするかのように彼の片手を「揉んでいた」だけ、そして、そのなめらかな皮膚を指先でかるく摘 んだり撫でたりと、そうしてただ彼の手を「触っていた」だけなのである――厳密にいえばマッサージや愛撫というよりか、先ほどから俺は、その手の感触を楽しんで気持ちを落ち着かせようとしていた、思考の手助けに手遊びをしていただけ、なのだ――。
しかしユンファさんはやや横向きに顔を伏せ、口元をもう片手で覆い隠しているが、…いや隠しているというよりか、そうして手で自分の口を塞いでいるのであろう。――感じて小さくも嬌声をもらしてしまうからだ。
そして彼はその伏し目がちの切れ長の目に、恥じらいの笑みを浮かべる。――その顔の儚げに見える角度、その繊細な黒いまつ毛の伏し目、更にいって、困惑とはにかみにうす赤いその目元の微笑は何とも慈愛の様相、艶を孕むほど盛りあがる涙袋が何ともエッ……お綺麗で、官能的。
「……はぁ…、はは、ちょっと、擽ったい…んですが…」
「そう…、……、本当に、擽ったいだけ…?」
ただユンファさんは、自分の手が「性感帯」であるということを自覚はしておらず、いわゆる性感帯が性感帯として開発される前の感覚――擽ったいだけ――をしか、自覚していないらしい。…すっかりあのケグリ共に開発されつくした体かと思いきや、案外まだまだ彼の神秘的な肉体は、未開発の余地を残しているのかもしれない。
…俺は軽く立てた四本の爪の先でつーっとやおら、(彼の敏感だろう)こと皮膚が薄く、青い静脈の浮いた手首のほうから手のひらの指の下までを、掠めるように撫でてみる。――ただ俺の目は途中で上がり、ユンファさんの斜に伏せられた顔を見る。
「……〜〜ッふ…ぁぅ…っ♡ あっご、ごめ、…なさ…」
するとビクンッと彼の手が跳ね、甘い声まで聞こえ、――ぞくぞくぞく…としたユンファさんは、口を手で塞いだまま、嬌声めいた上擦ったか細い声で「ごめんなさい」といいながら――伏し目がちにかあっと頬を赤らめ、官能的に端正な黒眉を顰めつつ、罪悪感からその目もきゅっと瞑る。あぁその切なげな顔が何ともエロい。――また勃起してきた。
「ふふふ、謝る必要なんかない……何て可愛い顔、…何て、可愛い声……?」
神秘的ではないか?
……なかなか「手が性感帯」である人など、少なくとも俺は、ユンファさん以外に知らない。もしや手を繋ぐだけでも…、この手を舐めたらどうなってしまうのだろうね…? 噛んだら…? 筆で愛撫をしたら…、ぬるぬるとローションでじっくりと愛撫をしたら…、俺の熱くて硬い男を扱かせたら、もはやそれだけで…――?
それも俺がユンファさんに惚れた一因たるこの男の白い手、俺がこれまでにも夢 想 の 中 で 何度も何度も深く愛し続けてきたユンファさんの美しい白い両手が、まさか初恋の人の(未開発ながらも)性感帯だとは全く僥倖 …Amazing…本当にいくらだって触れていたいくらいなのだ、すなわちじっくりユンファさんの手を開 発 するとは、俺にとっても全くやぶさかではないこと――男の好奇心 が止まらない――今夜は時間が限られているのと道具の持ち合わせもないため、まだその官能的な調教の実現は見送りざるを得ないが、いずれは俺がこの美しい極上の手をもまた、じっくりと開 発 してあげようか。
それこそ…この俺が、ユンファさんの肉体をもっと神秘的に作り変えたい。…有り体にいえば、手 だ け で イ け る 体 にしてあげたいのです――。
夢があるでしょう。――たとえばデートの最中に俺と手を繋いだだけで、人目を気にしながらもユンファさんは街中でさえ感じ、はぁ、はぁと、静かに発情しはじめ…――誘導した俺のコートのポケットの中で俺が彼の手をまさぐり、愛撫をしただけで彼は顔を赤らめる――俺がユンファさんの耳元で「ユンファが手で感じている可愛い顔、みんなが見ているよ…」と囁くと、羞恥から彼はビクンッと肩を跳ねさせて、赤い顔を隠すように深く俯く。
あと少しで解放されるホテル に着くというのに、歩くユンファさんの細長い太ももはカタカタと震え、時に立ち止まる彼のその瞳はそのたび俺に振り向き、『嫌だ…もうやめてソンジュ…』と甘くか弱い懇願をしてくる、…もちろん「NO」だと俺は首を横に振る。
諦めてまた俯いたユンファさんは歩き出せど、自分のコートの前側の裾ばかりを気にして歩く。あわや勃起がすれ違う人にバレないようにと……カタカタとした震えは彼の腿ばかりか腰から下の下半身全体へと広がり、小さく震えている彼の細長い脚は頼りなく、その覚束ない足取りから見るに、今にもその両膝はガクンと抜けそうだ――俺は「トドメ」に、指を絡めて繋いでいるユンファさんの手をぎゅうっと強く握り締める、「あぁ…っ♡」ビクンッと腰を大きく跳ねさせ前かがみになり、いよいよ抜けそうになったユンファさんの膝、
……すんでのところで、俺がユンファさんの体を支えて抱き寄せながら、彼の赤らんだ耳に「どうするのユンファ…貴方の可愛いえっちな声、みんなに聞かれちゃったよ……ほら頑張って、ホテルまで我慢しようね…? ここでイッちゃ駄目…、ユンファがイッている可愛い顔、みんなに見られてしまうから…」などと囁けど、パッとユンファさんは切なく潤んだ瞳で俺を見て、
『もう駄目…恥ずかしいよ…』と、その今にも泣き出しそうな薄紫色の瞳で、彼は、俺に許しを乞うようでありながらも助けを求めるように、こう言う――『もうこれ以上はやめてくれソンジュ…君が悪いんじゃないか、…このままじゃ僕、本当なら君以外に見られたくない、イくときの顔を人に見られちゃう…、もうやめて、このままじゃ手だけでもう、…このままでは僕、ここで、人前で…イッちゃう…――っ!』
しかし俺は目的地のホテルに辿り着くまで、決してユンファさんの片手を手放すことはしなかった。そうしてやっと辿り着いたホテルの部屋の中、立たせたままのユンファさんの下着を脱がすと……?
……だけれど、それは後々のお楽しみ――さて。
「……ところでユエさん…――さっき俺に自分の瞳を見つめられていたとき、貴方はどう思っていた…?」
なぜ見 え 過 ぎ る 目 を持つ俺がわざわざ、ユンファさんにこのような質問をするか――?
ともだちにシェアしよう!

