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                    「……、あぁ、どう、と言われると……」    ユンファさんは俺の質問(さっき見つめ合っていたときにどう思っていた?)にチラリと俺の目を見て、その質問を真摯に受け止めるなり、先ほど見つめ合っていたさなかの自分の感情を思い出そうと、やおら目を伏せた。  なお、彼はそのときさり気なく俺に取られていた片手を引き、もう俺に揉まれたりなどしないようにと、その手の手首をもう片手で掴んで股間のあたりへ下げた。…それはこれ以上の、彼の手への俺の悪戯を拒む意図もあるようだが、何より、()()()()を隠すための不安げな「男の慎みの所作」でもある。   「…………」   「…………」    ややあってから――ユンファさんは伏し目がちなまま、少しはにかんだような淡い薄桃色の火照りをじわりと頬に滲ませ、言いにくそうにコクリと喉を鳴らしたのち――恥ずかしそうな小声で、こう回答してくれた。   「…えっと、綺麗な…目だなと、そう思っていました…」   「……ふふ…それは、ありがとう。……」    やはり可憐だ……なお幸いなことに、ユンファさんのこれは正直な告白である。  何かしらユンファさんの表面的な感情としてもまた、自分の目を俺に見つめられている最中にもはにかみのような、いや、むしろ俺と見つめ合っているということに対して、彼もそわそわと気分が落ち着かなくなるような「擽ったい何か」を感じてはいたようだ。  とはいえ、ユンファさんの感情の表層に表れていたらしいその「擽ったい何か」が、俺に対する恋心やら何やら色っぽいカテゴリのものかというと、残念ながら、今はそのように断定することはできない。    というかそれに関してはほぼ「否」といっていい。  ユンファさんは、自分の(先ほどの)気持ちが恋か否かなんてわかっていないどころか、まず恋かどうかを疑ってさえいない。…つまり、今のユンファさんは「(俺に)恋をしてしまったかも?」という段階にすら至ってはおらず、まだまだ俺は、ユンファさんに恋愛対象とすら見られていないということだ。――じゃあ今のユンファさんにとって俺は一体何なのかというとズバリド変tいや、……良くても俺は、ユンファさんにとって単なる一人の「お客様」でしかないようである。…今はまだ、ね。    ちなみに人の内面を明け透けに透視できる、いわば見え過ぎる目を持つ俺ではあるが――俺はその実、あのときのユンファさんの「感情」を知らないまま今に至っている。  なぜなら俺は先ほど、ユンファさんのその“タンザナイトの瞳”の美しさそのものに見惚れていたため、あのときの俺は、その美しい“タンザナイトの瞳”に映っていたはずの彼の感情までは()ていなかったのである。    これは、たとえば絵画に込められたメッセージに伴う、数ある象徴物やモチーフの配置等を見留めて確認をしながら、その作品に込められたメッセージを紐解く……というその前に、まずその絵画そのものの美しさを堪能しているかのような目で、俺はあのとき、ユンファさんのその“タンザナイトの瞳”を見つめていた、ということだ。  いくら俺の目が見え過ぎるとはいっても、多くの人が鑑賞と観察の目を使い分けるように(先ほどの俺は使い分けていたというよりか、単純に彼の瞳に見惚れていただけなのだが)、俺の目にもまた、そういった「鑑賞モード」のときもあるのである。――とはいえ、真の芸術品などではなく誰かの目に限っていうならば、俺の目がその「鑑賞モード」になるのはユンファさんの、その世にも美しい“タンザナイトの瞳”に限られた話ではあるのだろう。  というのは、俺の目は先ほど初めて誰かの瞳(ユンファさんの瞳)に対し、そういった「鑑賞モード」になったために思うことだ。    そうして俺は先ほど見つめ合っていたさなかの、ユンファさんの「感情」を知らなかった――というそれに付け加えて、俺の「どう思っていた?」という質問をユンファさんにした意図とはこうである。  少なくともユンファさんの深層心理的には、『この人の目は特別綺麗だ』という恋心らしい印象を俺の目に抱いていた。曰く“運命のつがい”は「直感的に一目でわかる(出逢ったなり相手に一目で惚れる)」といわれてはいるが、もちろん今はまだ、その「(彼は自分の)“運命のつがい”である」という認識は俺ばかりのものではある。  しかし俺が見るにユンファさんもまた、少なくとも彼自身の自覚に至らない深層心理的な部分においては、俺のことを“運命のつがい”だと何か、そのように直感しているようであったようにも思える。    また何より俺は、我ながら己の“アクアマリンの瞳”に、他とは違う、強く人を惹き付けるような「特別な美しさ」があると自負している。――但しそれは、自惚れ屋の俺のナルシシズムが故というよりか、なかば条ヲク家の常識にも近しい理由が、一番の俺の自負の根拠ともなっている。  というのも、条ヲク家の(次期)当主のみが持って生まれる、貴石に(なぞら)えられたこの“神の目”は、ある意味で何かしら特殊な、ともすれば()()()()()()()()()をもっているとされているのだ。    それこそ条ヲク家の間でも諸説あると言われてはいるが、人を惹き付ける魅力とは結果的に、統率力にも繋がってゆく――と、そう我々条ヲク家の間に伝わる古い文献、それもまだこの大和日本国(やまとにほんこく)にも王家や身分制度があり、条ヲク家が一ノ宮、二ノ宮など「宮」の付く名字を持っていた時代よりもうんと以前の古い文献にも、そういった旨の文言があるのだ。…現代語訳すると粗方こうだ。   『“神の目”を持つ者は、大和(やまと)の民を率いてゆくに必要なだけの神力(能力や魅力)を、(あめ)の主神(最高神)から惜しげもなくふんだんに与えられて生まれる。殊にかの者の“神の目”はただの目ではなく、神力を秘めし“神の(ぎょく)”である。  すなわち大和の民を率いてゆく天命(使命)があればこそ、その“神の目”もまた、その目を持って生まれた者が天命を全うするために主神が与えられた、素晴らしい玉(贈り物)の一つである。    天の主神の勅(みことのり)(勅令(ちょくれい))により天に住まうある天神は、謹んで“神の目”を通じて大和の国を見回してから、良い尸童(よりまし)()(しろ))を(こさ)えてその肉体に宿る。その尸童に主神は“神の目”を、必要な神力(能力や魅力)を惜しげもなく与えられ、地で生きながらにその“神の目”で大和の国を導くべしと天神に厳命する。故に“神の目”を与えられて生まれた者こそが、大和の民を率いるべき“神”なのである。  しかし“神の目”を持つ者は、その神力を(けが)し魔力とするべからず。人を(みだ)りに誘うべからず。修羅となるは民のためと心得よ。民のため神力を有用に使うべし。民の苦悩を視て磨き、曇り無き(まなこ)で民を導き、決して玉を傷つけず、大切に玉の秘めたる神力を養うべし。力が強く魔の者に堕ちるは容易いが、いつしも天の主神が下した清き天命に生きる“生き神”であれ。』    まあ現代人からすればかなりファンタジーな内容ではあろうが(これはいわゆる我が国の「神話」の一部なのである)……これが転じて今もなお、条ヲク家の(次期)当主は、この“神の目”を持った者が継いでゆくと定められているのだろう。――が、    さて話が少し逸れてしまった。  この文献の内容ははっきり言ってかなりファンタジーチック、とはいえ、実際に俺もこの“アクアマリンの瞳”の、人並み外れた魔性の魅力を実感している(俺の目に見つめられた人が、俺のこの目の虜になる様を、俺はこれまでにも数え切れないほど視てきた)。  その上で俺は、ユンファさんもまた“運命のつがい”である俺の、魔力にも近い魅力を持つ“神の目”――“アクアマリンの瞳”――には、何かしら強く特別な魅力を感じてくださったはずだと、そう踏んでいたのである。  またそのため、およそユンファさんの表層的な意識にも何かしらあのときには、少しでも「(俺の目に)好意めいた認識」があったはずだと俺は思ったのであり――もちろん悪いほうに転ぶ可能性もあったが、幸い――実際に彼は今、何ら嘘偽りもなく「綺麗な目だなと思っていた」と言った。    そして俺にとって、ユンファさんのその回答はまさしく思惑通り――俺はむしろ、ユンファさんにそのように言ってほしくて「あの質問」をしたのである。  それにはユンファさんが俺と見つめ合っている最中に、薄らぼんやりと抱いていただろう「その感情(俺の目への好意的な感情)」を、彼に自覚してもらおう、確かにしてもらおうという思惑があった。  そのため、今あえてユンファさんには、口に出しての「言語化」をしてもらったのだ。    つまり、少ないながらも「俺への好意」を今、ユンファさんには「認識」してもらったのである。    但しユンファさんのいう「綺麗な目だなと思った」という言葉に嘘はなかったのだが、かといって彼の表層的な意識(感情)の中には、残念ながら「俺(の目)に惚れた」、ひいては「(俺に)恋をした」というような感情は、今はまだ皆無といってよい。――し……どうやら俺は先ほど、あまりにも多くのmistakeを繰り返し続けてしまったらしい。    俺はユンファさんの伏し目(の中できょどきょど泳いでいる群青色の瞳)を眺めつつ、自分の胸板の中央に片手を添えては、仮面の下でふっと彼へ微笑みかける。   「まさか思いがけず…貴方が俺の瞳を綺麗だと言ってくださるだなんて、俺、本当に嬉しいな…つい感動してしまったよ…――だけれど…貴方の瞳のほうが、もっと綺麗だよ…」   「…え。あ、いえいえ、そんな…ははは。……」    と、謙遜というよりか本気で「そんなことはない」と笑いながら否定するユンファさんは、俺の目をチラリと見ると、またさっと警戒したように目を伏せる(ちなみに彼の「ははは」はあまりにも棒読みの笑いであった)。    彼の泳ぐ群青色の瞳はこういう――『この人…本当に瞳は物凄く神秘的な印象で、綺麗なんだよな。まるで綺麗な海のように澄んだ水色の目だし、目の形も格好良いというか甘い感じの垂れ目で、しかも人目を引く輝くような金髪だし、背が高くて脚も長い、つまりスタイルも物凄く良い(ここまでの長身の人とは、もしかすると僕は初めて会ったかもしれないくらいだ)。  多分顔自体は物凄いイケメンで、スタイルも抜群…はっきりいって、仮面を着けていてもわかるくらい、容姿はかなりずば抜けて良い人なんだろうとは思う。…』  と、ここまではユンファさんも、あくまでも「ありのままの俺の魅力」を認めてくださったようだ。  しかしユンファさんの警戒に硬い黒眉の下、愛想笑いを浮かべたままの伏し目は、更にこう言っている――『ただ彼、確かに男の僕から見ても明らかなイケメンだ……そう、間違いなくこの人はイケメンなんだが、…なのにこの人()()()()()()()()というか、…有り体にいえば結構や、()()()()、というか、……可愛く言ってもせいぜい()()()()()()()、といったところだろうか……いや、少なくとも結構変わってる人だからな…機嫌を損ねないように気を付けないと(最悪殺されるかもしれない)……』   「…そ、その…イケメン…ですよね、カナイさん……はは、け、結構モテモテだったり、…します…?」    と、もはや誰が見ても明らかに強いられた愛想笑いで、恐る恐るチラリと俺を上目遣いに見てくるユンファさん、その薄紫色の瞳には、小さくも怯えた震えがしかと見える。   「……いや…? 貴方以外にモテてもね…、何の意味も無いから、それはモテモテにカウントしないことにしているんだ、俺…、ふふ……」   「……ふぇ、ヘエぇ……っ?」    カタカタ小さく震え始めたユンファさんのこの硬い笑顔は、まるで強盗かなんかに銃を突き付けられながら、「笑え。笑わないと殺すぞ」とでも脅されている人かのような、極めて彼の内心からこみ上げてくる怯えに蒼白く染まった笑顔である。   「…ぁソッそうなんデスか、? ウワぁうれ、っ嬉しいなぁ……?!」   「……ふふふ…そんなに怖がらなくともよいのに……」    なるほど、困ったな……と俺は顎に曲げた人差し指の側面を着け、小首をかしげる。…そうこれこそ、俺がユンファさんの前であまりにも多くのmistakeを繰り返し続けてしまったらしいことの、()()――まあ逆に燃えてしまうけれど、楽しくなってきた。   「…ふふっ…俺、今また何か…貴方におかしなことを言ってしまったの…?」   「い、イエそんなまっまさか、何にモ、?」    そう否定するユンファさんの声が上擦っているばかりか、彼の目は見開かれて必死の形相、その上脅迫されているかのようなぎこちない笑み――平易にいえばユンファさんは今、俺のことをかなり怖がっている。   「…そう…、……」    困ったな……何とも困ったことに、ユンファさんが今俺に抱いている例の「()()()()()をした印象(ド変態の変質者(ヤバい人))」のせいで、どうやら俺たち、()()()()()()()()らしいのである。  ――つまり仮に、ユンファさんもまた先ほどはぽーっと、『綺麗な目だな…』などと俺の目に見惚れてくれていたとしても、そのプラスの印象が地面を抉るようなマイナスに変わる程度に俺は、そのあと何かしらmistakeを繰り返し続けてしまったようなのだ。…何ならそれは、今もね。――だれけど壁が高ければ高いほど、試練が多ければ多いほどに、恋というものは盛り上がる、燃え上がる、必要な壁、必要な試練、……楽しそう。  でもやっぱり不服なものは不服だ…――そもそも()()()()()()()()()のだ。   「…っ貴方が俺の目を見つめ返してくるからいけないんじゃないか、全くもう…っだから俺は貴方の瞳に勃起してしまったのだし、本当にいけない人、……」    と、俺はさっとユンファさんから顔を横へ背け、そして胸の前で腕を組み、自分の二の腕と肘をそれぞれやわく掴む。   「…えぇぇ……」   「……はぁ…、……」    そもそもユンファさんが俺の目から目を背けず、見つめ返してきたから俺は勃起をしたのだし、それで例の「ロマンチックなセリフ」を言うにも至ったのであるから、そうなら俺が「ド変態の変質者(ヤバい人)」と彼に思われるような(彼曰く不審な)反応をしてしまった一因は、ユンファさんにもある……というかもはや俺のそれら反応は、結局は()()()()()()()()()()()んじゃないか。    それこそ、あれだけ俺がじっくりとユンファさんの“タンザナイトの瞳”を見つめられたのは、むしろ彼もまた俺の目から目を逸らさず、俺の目を見つめ返してきたからこそであり――それで俺がここまで一方的に「ド変態の変質者(ヤバい人)」などと、ユンファさんに()()()()をされる(いわ)れなどどこにあるだろうか?     せいぜいお互い様、といったところだろう…――。  大体あれほど長い時間見つめ合えたともなれば、多くの人はともすると、ユンファさんからの好意をさえ期待するに違いない。俺だってかすかな期待もあったからこそあの「ロマンチックなセリフ」を、…本当にいけない人だ……が、いや、いやいや……ユンファさんは聡明な大人しい人のようで、割とどだいコミュニケーション能力の高い人である(リサーチによると、少なくとも高校〜大学時代の彼は「(無自覚天然)人たらし」であったようだ)。  すると、先ほどユンファさんが俺の目を見つめ返してきたことに関しても、結局好意があるのないのは関係なく、ただ単に(コミュニケーション技法的に)反射的に見つめ返してきただけか、あるいは何かしらの思惑が彼にあったとしても、せいぜい「(目を逸らすのは)失礼だから」といったような礼儀で見つめ返してきただけ、かもしれない。    危うくまた勘違いをするところであった……今はまだ俺は、ユンファさんの好意を期待してよいタイミングではないというのに…――やっぱりいけない人…――ましてや、見つめ合っているさなかのユンファさんの感情を確認もせずに、ユンファさんの恋心を期待するとは、なかなか俺らしくなく愚かな真似ともいえる。  ……とはいえ、俺の目はいわゆる「カメラアイ」なのだ。簡単にいえば「録画機能付きの目」とでもいおうか。  要するにもう一度俺の脳内で、先ほどの一幕をREPLAYさえすれば、先ほどユンファさんの瞳に宿っていた感情を確かめるとは、俺にとっては何ら難しいことではない。  先ほどはなかば賭けにも近い「質問」を急いでしまったが、俺の目ならば、今からだって「確固たる証拠」を視ることはできる。そうして今から彼の感情を確かめても、決して遅いということはないのだが、――   「…………、あのカナイさん? あは…そ、そういえばさっき、なんて言い掛けて…? 実は僕、三ヶ月…の続き、凄く気になっていたんですよね…」   「……ん…? ……」    横に背けていた顔をユンファさんのほうへ戻して見れば、俺のこの目に、ユンファさんの瞳の中に宿る懐疑的な曇りが視える――『とにかく話を逸らしたい。さっきからずっと思っていたんだが…なぜ彼、僕がふわっと“変態”だなんて思っていたことを見透かして……? いや、たまたまかもしれないが(僕が彼にそれを悟らせてしまうような、失礼な態度を取ってしまったのかもしれないが)、…何にしても、もうこの話題は変えたほうがよさそうだ……』   「……いけないな」   「…え?」    単に「何が?」と俺を見てきたユンファさんから、俺は目を伏せる。――俺はこれ以上ユンファさんを視てはならない。   「…いや。何でもないよ…、……」    俺はこれまで常々気を付けてきたつもりだったのだ。  ――俺の目は見え過ぎる。…つまり俺の目は、他の人々が普通見えないようなもの――人の内面的な感情や思考――を、ほぼ正確に透視してしまうのである。  ただ、それも感情を表に出している人相手に「こう考えているのでしょう?」と指摘する程度なら、まだ洞察力に長けているというくらいで済むのだが、先ほどのように(ほぼ俺の独り言とはいえ)人が表に出していない、口にも出していない感情や思考に、言葉を返すなどの表立った反応を示してしまう――ということはややもすれば、対面した人に気味悪がられる。    いや、実際これまでに俺は幾度も、この目のせいで人に気味悪がられてきたのだ。  当然かもしれないがね。自分の内面的な感情や思考というプライベートゾーンを盗み見られて、不愉快でない人などいないのだ。  そうした失敗を幼少期から経験している俺は、できる限り「人の表面的な反応」にのみ反応をする、ということに努めてきたつもりだったのだが――どうも今夜の俺はおかしいというか、…はっきりいって浮かれてしまっている。   「……、カナイさん…?」   「……、…」    このままではいけない。  ユンファさんに嫌われてしまう…――いや、誰よりも嫌われたくないユンファさんに、俺はもう既に気味悪がられてしまった。  例えば俺の立ち振る舞いやら言動なら、自覚さえすれば直すこともできるのだが、「この目」に関しては直すも何もない。先天性のものだ。どうしても生まれ付きのものだ。視ないように努めることはできるが、視たくなくとも視えてしまうことだって多い。――いや、それはただの言い訳である。俺は努力をしなればならない。    俺は目を瞑った。     「ごめん…気味が悪かったよね――ごめんね。…大好きな貴方に会えて俺、つい浮かれてしまって……」      俺はここで一回、しっかりと襟を正さねばならない。    ――普通の人、普通の目で、普通の男に。      俺は、本当は……本当は「普通」になりたい。  だが無理なものは無理なのだ。俺の全てがあたかも「普通」であるように、これよりはきちんとそう努めて、「普通に」振る舞わなければならない。――当たり障りなく、いつものようにね。           

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