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                 更に、出入り口から見て左手側には、俺が先ほど暇つぶしにと見ていたミニバーが――上部に取り付けられたランタンの淡い光に照らされている、濃茶の木製棚(半分はワインセラー、半分はハーフサイズの冷蔵庫)や、  その棚の隣の壁にはこと明るい暖色系の照明に照らされている、豪華な額縁におさめられた横長の大きな鏡……そして更に、その鏡の下にあるのは長方形のテーブル、テーブルの上には食器類やエスプレッソマシン、丸い籐かごの中のチョコレートなどウェルカムスイーツなどが――あるが、……今このミニバー近辺にはあえて立ち寄らない。    ミニバーは後ほど、ソファに座れるタイミングでなければ。ユンファさんに飲み物などを持って歩かせるわけにはいかないからね。  ちなみにそのミニバーの棚側の隣には、焦げ茶色のシックながらもアンティーク調の、大きなクロゼットが二台――ダブルルームであるため、人数分のクロゼットがある――。  そしてそのクロゼットから棚を挟んで、ウェルカムスイーツなどが置かれている長方形のテーブルの横にはシームレスに、白い陶器のシンク(下には水道管を隠すよう焦げ茶色の両開きの扉、更にはタオル掛けに手を拭くための白いタオルがかかっている)――そのシンクの隣には、ドア無しに短い廊下へと続く入り口があり、その廊下へ立ち入れば左右にドアがある(ちなみに廊下の最奥には洗濯機が置かれている)。  なおそのドアの片方はトイレ、そしてもう片方は洗面台付きの脱衣場、浴室へと続くドアである。    そして、その廊下に続く場所からやや間を開けた場所には壁沿いに、ほぼ180センチの男二人(俺たち)であってもかなり余裕を持って横たわれるような、キングサイズ以上のベッドがどっしりと一台構えている。なお今回俺はツイン――ベッドが二台の部屋――ではなく、ダブル――二人で眠れるベッドが一台――の部屋を選んだため、この部屋にあるのは、この大きいベッド一台だけである。    脚のない箱のような焦げ茶の木製ベッドフレームの下に広がるのは、真紅と紺に精巧な金刺繍のなされたペルシャ絨毯である。  またその広いベッドの枕元には、重なり合うよう置かれた白と焦げ茶の枕やクッションが四つ、ポイントに一つだけ、ペルシャ絨毯柄の褪せた黄緑の正方形クッションが真ん中に、それと、白いふっくらとした掛け布団がベッドサイズに一枚。――枕元に上るまで整えられた掛け布団の足元には、ポイントとして置かれたクッションと同じ生地の、褪せた黄緑のペルシャ絨毯柄のベッドスローが横たわっている。  またクッションやベッドスローと同じ柄の、金色猫足の長椅子(フットマン)が、ベッドの足下に一台置かれている。この長椅子はベッドサイズよりやや幅が短い。    ただ何よりこのベッドにおいて特筆すべきは、この楕円形の天蓋(てんがい)であろう。  キングサイズより大きなベッドの上をすっかり覆うサイズの、金の(ふさ)べりがびっしりと飾られている楕円形の天蓋からは、優雅なシースルーの白いカーテンがたっぷりとベッドの足元まで、のびやかで美しい(ひだ)を刻みながら裾野を広げている。  ただしそのシースルーの白いカーテンは、いわばレースカーテンといったところである。――今は広げられていないが、枕元の両サイドには、真紅のベルベットの肉厚な生地のカーテンが襞の波を刻みながら、まっすぐと垂れ下がっており――そのカーテンを広げてベッドを覆ってしまえば、そのカーテンの中にあるベッドはたちまち真っ暗になる。これは遮光カーテンなのだ。  ……まあこれだけであっても十分にロマンチックとはいえるだろう。そう…天蓋付きの、まるで王様が眠っているような大きなベッドとは、かなりロマンチックだ――しかし、このベッドに遮光カーテンが付いている意味とは何も、朝までの安眠確保のためだけではない。    実はこのベッド――遮光カーテンによって光を遮った暗闇の中、ベッドを覆う天蓋の裏やカーテンの生地に――細かく精巧な星々が投影される、プラネタリウムの付いたベッドなのである。    このベッドのヘッド部分は壁に沿う、まるで仏像の背後に飾られた光背のような部分がある――レースカーテンの内、ゆるやかな八の字型にまとめられた真紅のカーテンと、そして、真上からの秘めやかな光度の暖色の照明に照らされて強調されている、どっしりとした玉ねぎ型の金色、太陽と月が彫られた豪奢な飾りがある――が、  その下は一段の棚型になっており(なおその横長の棚には、金の房べりの真緑のベルベットがかけられている)、その棚の中央に置かれているのは、高機能最新型の家庭用プラネタリウムなのである(ちなみにその棚には他にも、艶のある焦げ茶色の木箱におさめられたティシューや、両端にはベッドサイドランプも置かれている)。  また更に何とこの天蓋、仰向けになって見て頭上真上からちょうど楽に目を伏せたあたりに、本物の月をモデルにして3Dプリンタで作られた、精巧な月のランプが埋め込まれている。――その月のランプもまた、頭上に置かれたリモコンによって白〜蜂蜜色と色を変えられる他、満月のみならず、月齢なども変えられるようだ。    つまりこのベッド――外の遮光カーテンですっぽりとベッドを覆い隠したあとは、その暗闇がちょっとした「プライベート夜空」になる……何とも幻想的で、ロマンチックではないか?    ちなみにそのプラネタリウムは、はじめからスイッチが押されていたため、今もなお数多の星々が瞬き煌めきながら、極ゆっくりと回って動いているのである。――なおもちろんプラネタリウムは、棚に置かれているリモコンによって、消すも星々の流れを変えるも、客の自由にすることができる。   「……うわ…綺麗ですね……」    天蓋付きの大きなベッドに気を飲まれていた様子のユンファさんだったが、その天蓋の裏にゆっくりと回っている星々を覗き込むなり、目をぱちくりとさせて感動している。  ……ユンファさんは今夜、その「夜空の中」で俺に甘く抱かれるのだが……そのロマンチックなセックスというのはどうも、今の彼の頭には思い浮かんでいないらしい。   「…ふふ…――。」    まあ、別にいいのだ。――喜んでくれたのなら、ね。    そして実は、そのようにベッドの中でもプラネタリウムを楽しむことはできるのだが、この部屋の中央にも一つ、ベッドのものよりも大きく立派なプラネタリウムが、焦げ茶色の木製の台の上に置かれている。――つまりベッドのみならず、この部屋全体もまた、星々輝く宇宙にすることも可能なのである。  であるためホテルにしては珍しく、客が部屋の照明の全てを操作できるようになっており、それら照明のスイッチは、ソファ前のローテーブルに置かれていた。    そのスイッチが置かれているソファ……出入り口から右手側の開けた空間には、二人がけの焦げ茶色の革のソファが向かい合わせに二脚、それらの間には鉄の細い脚を持った、木製のローテーブルがある(俺が先ほど立ち居を馬鹿に繰り返していた場所だ)。    いずれにしてもソファは二人がけとはいえ、大の男である俺とユンファさんが二人並んで座っても、何ら窮屈さを覚えないであろうゆったりとした、かなり余裕のあるサイズのものである。――そしてソファと同系色の、くすんだ木目調が美しい長方形のローテーブルは、一般的なそれよりも大きい。一般家庭の家族団欒を目的としたダイニングテーブルほどはあろうか。    もちろんそのローテーブルにおいて特筆すべきは、そのテーブルの中央に燃える、一線状の焚き火――テーブルの長方形を内側に型どるような透明ガラスの柵が設けられているその中には、濃淡それぞれの灰色の、更に大小もさまざまな小石がぎっしりと敷かれているのだが、…その小石の中央、横一線にメラメラと本物の炎が燃えている。――これはソファに腰掛けて談笑しながら眺めるための、ちょっとした人工的な焚き火なのである。   「…うわぁ本物の火じゃないですかこれ、あったかーい……」   「…はは…」    ユンファさんは立ったままその焚き火の上に両手をかざし、ぬくぬくと暖を取っている。――冷え性なのかな。      そして、その談話に丁度よい空間の隣、出入り口から右手側の壁――ベッドから対面の壁――だけは何と、人工苔をところどころ纏った暗い灰色の岩肌、すなわち苔むした岩を積み上げたような壁となっている。  例の、オジー・アーチ状の白亜の柱はやはり壁に埋め込まれてあるものの、その岩間に沿って漏れでるようなネオンブルーがささやかに、強まっては弱まりと明滅しながら幻想的に光っている。のだが…それのみならず、この岩でできた壁には、殊に特筆すべき点が多いのである。    まずは窓側――ベッドから見て対面に、ベッドに寝そべりながらでも観られるほど大きなテレビモニターがかかっている。もちろんモニターの後ろの岩壁は、その隙間からネオンブルーの光を幻想的に明滅させている。また、そのテレビの両端にも金のアンティークランタンが飾られており、濃い灰色の岩壁を、その暖色のほの明かりでじんわりと照らしている。――六面のガラスとアンティークの金の(つた)飾りを抜けて、ゴツゴツとした岩肌をぼんやりとあわく照らすランタンの、そのやさしい橙色の光のゆらぎが何とも幻想的……。    そしてそのテレビモニターの隣には、ひと際大きな白亜の、オジー・アーチ状となった柱の中に……――いや、ここはあとにしよう。   「……、…」   「……ふふ……」    俺が「あとにした場所」を通り過ぎ、ユンファさんの肩を抱いて「その場所」の隣へと誘導するも、俺の思った通り彼は「その場所」を気にしている様子で、歩きながら顔を「そこ」に向けたままである。――ただむしろユンファさんには、「その場所」こそあとでゆっくりと見せてあげたいため、俺は「あとにしよう」と思ったのだ。    俺が避けた「その場所」の隣には、ぼんやりと左右のランタンの灯りに照らされている岩壁の中央から、小さく穏やかな滝が流れている。  まあ滝というよりかは湧き水といったほうがよいほどおだやかな水流ではあるが、濡れてより濃くなった灰色の岩間、その(いびつ)な隙間からもれ光るネオンブルーを伝いながらおだやかにちょろちょろと流れるその滝の、やさしく澄み渡った水が行き着く下は――横に長大な、室内池となっている。  池の深さ二十センチほどである。またこの室内池は滝の真下のみならず、中央の「あの場所」を越えて、テレビの下にも至るまで楕円形に広がっており、この池もまた底面から、幻想的な青いネオンでライトアップがされている。    すると、底面から青い光を放つその水面はより水面らしく見える。また、その揺らめきが鮮明な青い水面に浮いている緑の蓮の葉の下や、濃い桃色の花びらを開かせたの蓮の花の下では、赤や黒やと鮮やかな金魚たちが大勢、各々好きなようにひらひらと尾をはためかせて遊泳しているのだ。    とても幻想的な自然の中に、そっと息衝いている神秘を感じられて、この部屋の中でも俺は、この池が一番のお気に入りかもしれない。――が……ユンファさんはまだ、この滝とテレビの間に挟まれている、「あの場所」のほうへ顔を向けている。     「…………」   「…ふふ…見に戻ろうか。…()()()こそ貴方にゆっくりと見てほしくて、ちょっと意地悪だったね。ごめん…――。」        俺はユンファさんがはたと俺に振り向き、いえ、と遠慮をする前に、その人の肩を抱いて共に向かう――「その場所」の、真ん前へと。           

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