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――俺はつい浮かれてしまった。
だが、それはあくまでも当然ではないだろうか?
かつて初恋をし、つとに愛し続けてきた月下 ・夜伽 ・曇華 という美男子が、俺の愛の告白になんとコクリと頷いたのである。
その承諾こそは俺の十一年来の念願であった。
しかし俺はその夢が叶った瞬間にみた祝福の花火、目映 い奇跡というのが弾けるように閃光 をあげたその瞬間、俺の目の前で奇跡がバチバチと今にも弾けそうにはげしく眩 しい火花をあげて強く光り輝いたその瞬間、その奇跡というもののあまりの眩しさに目が眩 んでしまった。それの眩しさのあまりに俺は、コクリとそう頷いた瞬間のユンファさんの瞳の中に在 る、彼の「真意」を確かめていなかった。
俺としたことが、今俺の目の前で起きたことが本物の奇跡なのか見せかけの奇跡なのか、それの確認を怠ってしまったのである。――いやそれどころか、もはやそうなる展開以前からすでに俺の目は、彼の内に秘められている「真意」を見ることを怠けていたのであった。
次々と素早く展開してゆく場面を目のあたりにしているうちに訪れた、あと一秒たらずで念願の夢が叶うかもしれないと思えた希望の瞬間、叶うか叶うまいかの結果を息を呑 んで待ったそのいやに長いように思えた時間、そして実際に奇跡が起きたその瞬間、俺の人生におけるひときわ目映いその瞬間を前にしては、俺とてそんな余裕綽々 としてはいられなかった。
誰しもがそうであるように、俺の人生における念願が叶ったその奇跡の瞬間にこみ上げてきた歓喜には、さすがの俺でも目が眩んでしまったのである。
だが、俺は今に冷静になった。
……本当の意味で俺の「本当の恋人」になってくれると頷いたユンファさんは今、その美しい狼のような鋭く引き締まった横顔に、曖昧な、仄 かな微笑を浮かべている。伏せられている切れ長のすっきりとした一重まぶた、その黒い長いまつ毛の繊細な先端を伏せさせているものとは、今この瞬間に似つかわしいとはとてもじゃないが思えない、憂いをおびた倦怠 である。
――この横顔だ。
この硬く困っているようにも冷たくせせら笑っているようにも、はたまた慈愛のやわらかさや温もりがあるようにもないようにも見える曖昧なこの彼の微笑の横顔は、たったそれだけで俺の浮かれた気分を急降下させた。どうやらこれでは浮かれきった天空の旅 など続けようもなさそうなので、ひとまず俺は着陸せねばならないようである。
つまりユンファさんのこの何ともいえない横顔の微笑をあらためて見た俺は、唐突な落胆とひきかえに地に足のついた平常心を取り戻したのだった。別に要らなかったけれどね。
ユンファさんは目を伏せたまま「まあ…」と、ほんのりうかべた微笑みを崩さない横顔で切り出す。
「……そもそも…貴方が今僕に聞かせてくださったお気持ちが…その、――万が一にも本当だったなら、という話ではあ……」
「本当だ、本当に決まっている。俺は本当に心から貴方を愛しているんだ。…」
と俺は隣にすわるユンファさんへ両膝を向け、身を乗りだすようにして食らいついた。なお俺は先ほどの興奮の展開のうちに、我知らずいつの間にか組んでいた脚をほどいていたらしい。
「貴方の美しい瞳が俺のことを映してくださるのならば、…」
と俺は真剣な低い声でそうユンファさんの横顔へ向けて言った。
「俺は今すぐにでもこの仮面を取りたい。ねえ、もう仮面を取ってもいいかな…? ――どうか貴方のその目で、しかと俺の素顔を見てください」
その覚悟が、貴方にあるのなら――。
……なんてね…こうして前のめり姿勢の俺だったが、俺はもうすでに打ち砕かれていた。
ユンファさんは目を伏せたまま俺を見ず、「ええ」と冷ややかなほど沈静な声でいう。
「…でも…その前にちょっといいですか。…」
彼のこう言う唇だけは笑みを浮かべたままである。
また彼は伏し目がちなまま、やはり俺にその美しい横顔を向けたままである。
「実際にお付き合いする前に、貴方には知っておいていただきたいことがあって…」
「……何…?」
俺は今やすっかりと落ち着いている。
そしてそれはユンファさんも同じである。今のユンファさんの横顔にはまだ先ほどの紅潮の名残りはあるが、その頬に極うっすらとだけ残っているあわい薄桃色は、まさに引いていった潮 のあとの濡れた砂浜にのこった泡沫 のように今に消えうせ、まもなく白皙 へと戻ることであろう。
伏し目がちに微笑したその横顔は先ほどと寸分たがわず、彼は俺にこうあっけらかんと告げた。
「実は僕、一 人 の 人 じ ゃ 満 足 出 来 な い んです。」
「…………」
なるほど。
彼は俺に横顔を向けたまま、更にこう言葉をつづける。
「…僕セックス依存症らしくて……それと僕には一千万の借金があるんですが、借金返済のためにこのお店で働いている反面、セックスがしたくて働いているところもあるから…――僕、貴方とお付き合いをしていても、結局貴方だけでは物足りなくなって、絶対浮気をしてしまうと思います。」
「…………」
なるほどなるほど。
――そうきましたか。
その白く鋭い三日月の横顔は、陽の当たらない影の部分に隠し事をしている。言うまでもないことだが、こうして冷ややかな微笑の横顔を俺に向けているユンファさんは、嘘をついているのだ。
「正直前の彼氏にはそれが原因でフラれたんですよ、僕がお店以外でも個人的に色んな人と浮気をするから……ところで貴方は、ショッピングデートとかお好きですか? 僕は大好きなんですけど」
「……あぁ…何か欲しいものでもあるの…?」
ところが俺は――だんだん面白くなってきている。
なのでユンファさんが欲しがっている質問をしてあげたのである。彼は「はい」と声を明るくした。やはり彼は俺を見ない。
「…正直たくさんあるんですよ。…ただ、元カレにフラれた原因がもう一つあって……僕なんでも許してくれる優しい人がタイプなんですけど、僕がちょっとだけ彼氏の金で欲しいもの買い過ぎちゃったらしくて、それでフラれちゃったんですよね……実は一千万の借金も僕、金があったらあるだけブランド物とか色々買い漁 っちゃうんで、首が回らなくなってしまって……」
「……そうなの…」
それはそれは……興奮してきた。
ユンファさんは冷ややかな眼差しで卓上のたき火を眺めながら、あえて冷笑したような嫌味な声でこう続ける。
「ええ…なんか買い物依存症でもあるらしいというか…でも周りからはそう言われるんですけど、自分では依存症だとか全然思っていなくて。…だって当然じゃないですか? No.1キャストの僕が、その辺の安いバッグなんか使っているほうがおかしいんだし」
「……そう…。まあ、それもそうだね……」
俺はふとユンファさんの左足近くの床に置かれた彼のバッグに目を伏せた。――これは確かに一見すると高級ブランドバッグのようにも見えるが、まずこの黒革は合皮である。言うまでもなくノーブランド品だ。高くてもせいぜいが三千円程度のものであろう。
だが全くその通りだ。仰 る通り。
月下 ・夜伽 ・曇華 ともあろうお人が、こんな合皮の安っぽい鞄 を使っているとは逆の意味で分不相応である。――それこそ俺はいずれ本当にユンファさんとショッピングデートをしよう。俺は彼に相応しいものをいくらでも金に糸目などつけず買ってあげたいし、(少し残念なことに彼の嘘ではあるが)それこそ彼に欲しいものがあるのなら欲しいだけ何でも彼に貢ぎたい。――思いがけない俺の興奮は増してゆく。
「それなのに、これ以上はもう破産するって…きっとこの人僕のこと愛してないんだなって思いました。だって、恋人の僕が欲しいって言ってるのに、それを買ってくれないだなんて…正直、愛を疑われても仕方がないですよね…?」
「…本当だよね、全くその通りだ。…愛を疑われて当然だよ、明らかに相手のその言動は経 済 的 D V だもの…――本当に酷い人だったんだね…お可哀想に……」
俺は胸の前で腕を組み、うんうんと頷く。
――何という酷い男だろう!
当然ではないか。月下 ・夜伽 ・曇華 ほどの高嶺の華と交際していただいておいて、そんじょそこらの並の男(あるいは女)と同程度に扱うとは無礼にも程がある。彼においてはそのような扱い、ぞんざいと言って過言ではないだろう。当然彼ほどの人なら彼の身分相応の安くない金がかかるのはあくまでも当然のことだ。だから今俺たちはこのスイートルームにいるのである。
そもそも俺は愛する月下 ・夜伽 ・曇華 のためならば破産しても何らやぶさかではない。俺が精一杯働いて得た俺の全財産を彼に捧げられるとは、全く至上の欣幸 といって差し支えない。それくらい底無しの愛も覚悟もなく「愛している」とは全く嗤 わせる、そりゃあ愛を疑われても仕方がないだろう。
むしろ俺は彼のせいで破産したいくらいだ。
ユンファさんに大損させられる自分か…愛する彼に破産するほど求められ、頼られ、骨の髄までしゃぶり尽くされる俺…ユンファ様に奴隷扱いをされる俺…結果彼のせいで窮地に陥 る俺……なるほど非常に興奮する。欣 びこそしても文句など言いようがない。…まあしかし、たとえば高級ブランド店に行って「端から端までぜんぶ頂こうか」という馬鹿みたいなことをしたところで現状俺は破産とは程遠いので、まず実現しようもないことではあるが。
というかそれ以前に全部彼の嘘なんだけれどね。
ついつい熱が入ってしまったが、愛を疑われても仕方がない彼氏など実存しない。いわば彼の言うその彼氏とは、彼 に と っ て 都 合 の 良 い 虚 構 の 彼 氏 である。
「……、…、…」
ユンファさんはその横顔でつかの間その伏し目のまばたきを多くした。彼は今ひそかに困惑している。
――『か、可哀想って……まさかぼ、僕が…か? いや、この場合恋人に経 済 的 D V を し て い る の は 明 ら か に 僕 の ほ う のはずなんだが……まあ、…まあ単なる冗談だろう……』
……そして俺 の 婚 約 者 の ユンファさんのこうした性格的にも、どうやら俺の人生は更に破産とは程遠そうである。本当にやぶさかではなかったのだけれど、残念。
「……、そ、それと僕…」とユンファさんは目を伏せたまま気を取り直し、薄ら笑いをつくって更に続ける。
「…プロフィールにもあったと思うんですけど、本当にご主人様がいるんです。つまり、僕にはいわゆるそ う い う 趣 味 があるんですね。…正直僕ってほんとにドマゾで、何なら自分から頼み込んでご主人様の性奴隷にしてもらったくらいで…なので僕はまず普通のセックスじゃ満足出来ないし、もしかすると、貴方にも変態的なプレイを求めてしまうかもしれないんですが…――でも、ご主人様との関係を続けさせてくれるならそれで大丈夫なんですけど。ただ僕、貴方以外の人とセックスする自由も欲しいし、借金を完済してもこのお仕事は好きだから続けたいんですよね。…」
「……なるほど」
薄笑いのユンファさんは結局ここまで一度も俺のほうを見ないまま、そのように嘘の言葉を重ねつづけた。
なるほど…先ほどから彼が俺を見られない、また俺に振り向けない理由――それは彼から見て右隣にいる俺のほうを見ると、ひいては俺の右方向にあるイエス・キリストのステンドグラスが、彼の視界に映ってしまうためである。それ故に彼は先ほどからずっと、神の前で嘘をついている後ろめたさから俺のほうを見られないでいるのである。
「…結構僕…そういうちょっとだけ変わったところがあるからか、誰とも長続きしないんですよ。…でも折角 お付き合いするんですから、どうせなら長いお付き合いにしたいじゃないですか? なので、一応もう一度だけ貴方のご意思を確かめておきたいなと思って……それでもいいですか?」
とユンファさんはあえてにこっと笑いながら、「それでもいいですか」の瞬間にばかり俺を一瞥 したが、やはりすぐにまたローテーブル上の焚き火へと目を下げた。――それを眺めながらニコニコと作り笑顔をうかべている彼は、なるほどこ の 遣 り 口 にいやに慣れている。
「……ふふふっ…、そう…? それはそれは…、……」
俺は笑った。そして目を伏せる。
なるほど…No rose without a thorn(棘 のない薔薇 はない)――美しい華には棘がある――ということ?
……なんてね。要するにユンファさんはこれで俺に嫌われようとしているのである。
セックス依存症――交際関係において両者が暗黙のうちに結ぶ契約とは、概 していわば「独占契約」といったところであろう。
そしてその一般論的な「独占契約」を前提に、ユンファさんはあえてその「契約」を反故 したい世間一般の倫理に反した自分をも認めてくれ、だってそれが僕なんだから、というのを更に高飛車な態度(自分は間違っていない、間違っていたのは元カレたちという尊大な態度)で演出することで、『やっぱりこの人を恋人にするのはやめよう』と俺に思わせようとしている。
またSMという性的嗜好も人を選ぶものであろう。
それこそ世間一般では「変態的」なイメージの強いSM嗜好をもっている時点で忌避 する者もいるに違いない。
だがもちろんそれも程度によることだろう――ほとんどの男はソフトSMくらいならまだ許容することだろう――が、彼が「ご主人様」がいるほどの本格的なSM的被虐嗜好をもっている、つまりその被虐趣味の程度が甚 だしいともなると、自分にそこまでの加虐ができるかどうかと不安を覚える者はおよそ少なくはないはずだ。
……かといって恋人が他の男(ご主人様)とプレイするというのを、また恋人がセックス依存症だから他の男と寝るというのをまで許容できる男は、よっぽど重度の「寝取られ性癖」持ちでもない限りは難しい。
それに重ねて買い物依存症――いくら俺がありあまるほど金を持っている金満家であろうと、恋人としての最低限の「独占契約」をも守れない人相手に、じゃんじゃん自分の金を湯水のように使われて快い人などいない。いわゆるATM扱いとでもいおうか、あるいは遊ばれているだけとでもいおうか、それでは対等な恋人関係とはいえず、いわば俺のほうがいくらも彼に搾取されるべき奴隷の立場であるような図式となる。
そのような歪 な関係性はまず誰もが受け入れられないものだ……とユンファさんは本気で考えているようだが、しかしそれは彼 の 可 愛 い 勘 違 い である。俺はそれでも本望だ。
とはいえ、確かに一般的な価値観を持つほとんどの人であればそのような人、そのような関係性、概してやっぱり…と辞退するのがまあ普通ではある。たわいもない人の思考なら、あきらかにそのような人と交際しても自分が不幸になるだけだろうと考えるからだ。
また仮にこれで俺のほうから「それは貴方のためにならないから、(恋人の)自分と一緒にその依存症をなおしていこう」と親切に返されたところで、ユンファさんには次なるカードがあることだろう。例えば「そんな僕を受け入れてほしいから言ったことなのに。ありのままの僕を愛してほしいのに」だとか、「自分が間違っているだなんて僕は少しも思っていませんし、僕は今の自分が好きなんです。今に満足しているんです。この状態が僕の幸せなんです」だとかね。
そこまで言われては呆れてユンファさんとの交際は「無理だ」と判断する者がほとんどだろう。
ましてやこれほど上品で楚々 とした雰囲気のユンファさんが、そういった依存症の数々を持っているというのはギャップがありすぎることだ。しかも彼はこれらセリフを口にすることにいやに慣れている。
つまりユンファさんは、これまでにも他の「ガチ恋客」――仕事としてイチャイチャしてくれる風俗店のキャストに本気で恋をする客のこと――をこうしていなしてきたのだろう。
それこそその「ガチ恋客」どもは概して、性奴隷でありながらも保たれているユンファさんの、その楚々 とした上品な美しさに惚れてきたに違いない。
そしてユンファさんに「ガチ恋」をしてきた客たちというのは、彼が性奴隷とされているのも「嫌々」、彼が風俗店で働いているのも「嫌々」、それらは彼が何かしら憂き目にあって、致し方なくその境遇に身を置いているものと見当をつける(実際それは事実ではある)。――人間の官能的な恋心というのはなかなか面白いもので、虐げられている上品な美貌に清い儚さを見て、自分こそが守ってやりたいと惚れるパターンも(特に男には)多いのである。なお俺もそれは全く否定ができないが。
たとえばふとした拍子にその美貌に差し込む、その憂いているようなミステリアスな美しさをもっているユンファさんが、自分の目を見てふと微笑んでくれるとかね…性奴隷にされ、可哀想な目にあっている彼でも自分の前でだけは笑ってくれるのだとか、彼が自分にだけ優しくしてくれているのだとか、彼が自分に従順なのは自分に気があるからだとか、プレイ故の彼の甘ったるい言動をそれは本気で自分に惚れているからだろう、とか――当然ユンファさんはそれら全てを「(それを求められる)仕事だから」、そして相手が「お客様だから」しているに過ぎない。だが、実際美貌の彼にそうされてはそう勘違いする客も少なくはないのだろう。
とまれかくまれ、要するに上品で可哀想なユンファさんに惚れた客は、そういった清楚で憐れな理想像を彼に重ねて見ている。そしてどうやら彼はそれを知っている。
ところがそのように清楚だと思っていた人が「自分はセックス依存症(セックスが好きだからいろんな人とセックスしたい)。SMの嗜好も自分の趣味。だから自ら性奴隷になった。多額の借金は自分が豪遊したせいで背負ったもの。自分に貢いでくれない人は嫌、自分の我儘 はぜんぶ許してくれる人じゃなきゃ嫌」などと、これまでの清廉とした印象とは180度真逆の、多淫 的で堕落的で享楽的なことを言ったらどうだろうか?
そう――失望するのである。
ましてやユンファさんに交際を申し込んできた男たちは、その交際を機に彼には風俗勤めを引退してほしいと考えていた者がほとんどであったことだろう。
なぜなら彼の風俗勤めもまた彼が他の男の性奴隷とされているのも、「独占契約」が念頭にあればまず許容できないことだからである。また彼はその全てを「嫌々」仕方なく受け入れていると思っていれば、当然彼からは「辞めていいんですか? 嬉しい」との返事がもらえるに違いない。と、まず男たちはそう考えたはずだ。ともすれば彼との結婚まで夢を見ていた者もいたかもしれない。
ところがそれを「風俗の仕事は好きだから続けたい。いろんな人とセックスしたい」とまで言われて、これまで男たちが彼に抱いてきたその綺麗すぎるほどの清浄な幻想を打ち砕かれないなんてことはまずありえない。
……しかし――厳密にいえば男たちが見てきたユンファさんのそれは「幻想」ではない。むしろ冷ややかな現実面をしているその多淫淫蕩 、快楽享楽、傲慢堕落的な人格こそが月下 ・夜伽 ・曇華 という人の「幻想」――彼が作り上げた嘘、なのである。
なおユンファさんはこの遣り口に慣れているとはいえ、恐らく彼はその賢い頭で人と言葉を選んでこういったことを言っている。たとえばSMプレイを求めてきた客に「僕は本当にドMで…本当にご主人様がいて…」などと言っても意味がない。嫌われるどころかMe tooと返されてしまうだけである。
要するに、これまでの展開や俺の態度からして、俺はユンファさんの目になかば愛において純情な男とでも映っているのだろう。
それにしても――わざわざ交際に至る前に自分の「地雷」を見せつけてくるとは、随分懇切丁寧な「地雷男」だこと。
「どうでしょう。それでも僕とお付き合いしてくださいますか?」
とユンファさんはもう一度俺に確かめてくる。
俺の伏し目の沈黙が、彼にはあたかも交際の是非について考えこんでいるかのように見えたのだろう。
しかし、俺には明らかにもっと考える時間が必要だった。
「……ごめんね、もう少し考えさせて…、……」
面白い――俺は一旦考えたかったのである……。
……セックス依存症か…俺だけじゃ飽き足らず、他の男ともセックスをしなければ気が済まないユンファさんか――これは一人でじっくりと考えなければ。
俺は妄s……いや、目を瞑ってじっくりと考える。
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