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 今避妊具(スキン)を着けようと、俺はそれの封を切ったところだったが――そこですかさずユンファさんが俺のその手をやわく掴んで止め、そして彼はそれを装着せずに挿入してほしい、と言うのである。 「……、…」  俺は面食らったまま硬直してしまった。  しかし、ユンファさんはその顔の紅潮をもう少し濃くしながら、悲しげなほどの切ない表情で、俺の目を見上げたままこう続ける。 「ぁ…あの、皆さん…そうされて、いますから…、今日も、…今日も貴方にお会いする前には、皆さん、生で…――ですからその、貴方も、…ひ、必要ありません、…はは、…」  そして彼はそうにこっと俺に笑いかけるのだが、…俺はそう言う彼のいじらしい真意が視えているため、「いえ…」とそれにおいては否定しておく。 「必要です…。スキンというものは、避妊は無論のことですが、ユンファさんのお体にかかり得る負担を減らすためのものでも……」 「いえっふ、負担なんてそんな、そんなの今更ですし、…僕は全然大丈夫ですから、」――しかしユンファさんはそう、その笑顔をふるふると小さい幅で横に振るのだ。 「だから、お願いします…。ぁ、あの僕、…淫乱…なので…」  とそこで彼の眉尻が下がり、その長いまつ毛は伏せられ、そこから彼の声は小さくしぼむ。 「むしろ生のほうが、気持ちいいんです…、はは…、もちろん…あの、そのままなかに出していただいて大丈夫ですし、…そうなんです、中出し…、中出しされるの、大好きなんです、気持ちよくて……」 「……、…」  俺への献身のための嘘――ユンファさんは本当は、その行為に特段の快楽をなど見出してはいない。  今さら避妊具なしで挿入され、腟内射精をされることにいちいち傷つくでもないが――それこそが彼の尋常となってしまっているためである――、といってそれはあくまでも尋常である。いや…その「普通」とて、 「いえ、ぼ、僕、」ユンファさんは伏し目のまま、また笑みを浮かべたままながら、わずかに眉をひそめる。 「僕、へ、変態なんです、本当に、…はは、…本当に…――ご主人様のお店で、排卵期中は、毎回乱交パーティーをするんです、ひ、避妊薬や抑制薬を飲まないで、は…孕ませ…て…もらう、ために…、皆さんゴムなんか着けないで、とにかく僕のなかに中出しされて…は、孕め孕めって…僕を、妊娠…させるために…、そのためだけに、集まって…くださって…たく、さんの方が…――そ、それが…す…好きなんです…、大好きなくらいなんです、いつも、毎月楽しみに…、気持ちよくて……」 「……、…」  その長いまつ毛の下で彼の目は泳いでいる。――普段のことならばもう慣れてしまったにしても、さすがに避妊薬なしには確実に妊娠してしまうそのときには、望まぬ妊娠や、男らのおぞましい情欲あらわな姿に心底怯えているというのに、殊勝にもユンファさんは俺への愛からこうした嘘をついているのである。 「でも、」と彼は無理に笑みを深める。 「僕、それこそ排卵期かどうかにさえかかわらず毎日生でヤりまくってますけど、今まで妊娠したことは一度もありませんから、毎月ちゃんと避妊薬飲んでますし、――だからあの、なかに出していただいても全然大丈夫です、貴方にご迷惑は絶対におかけしませんから、お約束しますから、…だから責任なんてそんな、責任を取っていただく必要はありません、…そもそも僕が言い出したことですし、それでどうなろうと、僕の責任でしかありませんから、だ、だから、…」  そこで「ですから…」と語を継ぎながらユンファさんは、油断していた俺の指先から封の開いたスキンの小袋をスッと抜きとり、それを胸板の上で手に握り込んですっかり隠してしまった上に、さらにその拳をもう片手で包みこんで固く守ってしまうと、ふと目を上げ、切実に祈るようないじらしい赤紫の瞳でじっと俺の目を見つめてくる。 「お、お願いします…どうか…、どうかゴムなんか着けないで、貴方の生のおちんちん…僕のおまんこに挿れてください……」 「わかりました。」 「…え」  と……俺があまりにもあっさりと承服したせいだろうか、ユンファさんは拍子抜けして目を瞠る。  俺はこの両目を悦びに細めて彼に微笑みかける。 「これまで貴方の甘やかな美しい肉体を恣(ほしいまま)貪って驕侈(きょうし)に耽(ふけ)ってきた、人間としてもオスとしても劣悪雑魚(ざこ)なその醜漢(しゅうかん)らとは違い、俺にはその行為をした後(のち)に生じ得る責任を負う堅固な覚悟があります。…いえ覚悟というよりか、それでユンファさんが仮にご懐妊なさったとしても、却って願ったり叶ったり、…俺は却ってその喜ばしい責任を自ら進んで取りたいのです。…つまり――もしこれで二人の赤ちゃんが出来たら当然入籍つがい化そして勿論二人での子育て……ああ、とっても楽しみです。んふふ……」 「……、…、…」  ユンファさんは予想外な俺の返答に、口を少し開けたまま顔を強ばらせている。――何をそう『そ…そこまでのこと、僕は一言も…』などとその目でおっしゃっているのやら、…それは当然その未来に繋がる行為でしょうに。…そもそも俺は今宵、一貫してそう言ってきているでしょう。 「その未来の責任を口約束ではなく実際の行動を以って取れる者にのみ、その行為をする権利があるものと俺は考えます。…すなわちその有言実行を神に誓うこの俺にこそ、この俺にのみ、避妊具無しで貴方を抱く権利がある。…したがって、より負担の大きい妊娠の可能性がある貴方の方がそれをお許しくださるというのなら、俺は喜んでそのようにいたしましょう。……」  と…いうのも俺の本音ではあるが――。  ……そもそも俺はうっかり忘れていたのである。  まず、俺はユンファさんと挿入の伴うセックスをするにおいて、俺が避妊具(スキン)を装着するというのは、あくまでも至当のことと考えていた。  ……それこそ、もはやそんな世間一般からしても当然の行為には、わざわざそれをするべき理由など列挙するのさえ馬鹿らしいほどである。  それはそれくらい当然の、愛する人の人生を尊重する行為であり、その人の体を守る行為であり、その大切な体にかかり得る負担を多少なりとも軽減させる行為である。  俺はそのように、――ましてやこの初恋の美男子を我が物にしたいとはいえ、今夜においてはそんな下衆な手段を使うことまでは考えていなかったともあって――今宵を迎えるそれ以前から、基本的にはスキンは必要なものだと考えてきたし、ああは言ったが、今も不必要であるとは考えていない。  それこそ今夜このスイートルームに来るまでにも、俺はそれを必要であると考えていたからこそ、ここに自分の気に入りのスキンを持参し、そして今も密かに枕の下に忍ばせてあったそれを、何の疑いもなく装着しようとしていたのである。  だが、…俺は今ここに至るまでうっかり忘れていた。  ……ユンファさんはケグリに言いつけられているのである。――今宵アルファ属の俺に腟内射精をされてこい、…それどころか、帰ったならその「証拠」を自分に見せろ、と(まあ、その時にまで人の精液がわかりやすく目視できる状態にあるかどうか、というと俺には甚だ疑問だが)――。  また俺は先ほどユンファさんに、ケグリには体(てい)のいい嘘をつくようにと――彼はここに来る前に下されたケグリの命令の一切に従った、そしてその後はケグリの思い通りの展開になった…、すなわち俺は密かに憧れていたユンファさんのみだりがわしさにほとほと呆れ、またその失望や激怒から彼に暴行を働いたので、俺と彼は恋人プレイをするには至らなかった、という虚構のシナリオを話すようにと――言ったが、…  その指示のなかには、「(ここに来る直前まで複数人に射精されていた)汚い彼の膣内になんてとても生では入れたくないから、ゴムを着けて入れるぞ」と、俺が行為のさなか彼に言った(ことにしてほしい)、という内容もあっただろう。  ……それは言うまでもなく、俺は先ほど思っていた考えから、抱くならばあくまでもスキンを着けてユンファさんを抱くつもりだったからである。  しかし――俺はそのあと不意に訪れたケグリとの通話の折、あるミスをしてしまった。  ああしてユンファさんと共謀しての偽装工作をしていたとき、そのセリフをそれとなく言ってケグリに聞かせていればよかったものを、「(俺にも(・))中出しされろ孕まされろ」としきりにユンファさんへ言っていたケグリに――かえってそれこそがチャンスであった(いや、汚いからまさか生でなんか挿れていない、と否定する風にそのセリフを言う好機であった)というのに――俺は流されるまま、それを言わずに通話を終えてしまったのだ。  するとあのときの俺は、ケグリの中では、ユンファさんをスキンなしで犯していたことになっているはずである。  ……まあ、そもそも人を強姦している男がわざわざスキンを着けている、というの自体不自然ではあろうが――それでもまだ例のセリフを言っていれば、その内容には一応納得させうる理屈はあった。  だが――先ほどそれを言い忘れてしまった以上、俺はユンファさんを守るために、今宵はスキンなしでその人を抱かねばならない。  もっといえば俺は、彼の膣内に射精しなければならない――ケグリが見る頃には目視こそ叶わずとも、臭いなどその事実の名残りは確認できるはずである――。…と、彼に「生で挿れてほしい」と言われて硬直したそのさなか、そういえば、とハッと気が付いた俺であった。  ……もっとも俺は、ユンファさんに昂然(こうぜん)と「今夜は抱かない」などと宣言したとき、その実本当に彼を抱けなかった場合は、仕方がないので自分の精液だけを彼に渡そうと考えていた。――のだが、こうして念願叶って彼を抱くことができる今、わざわざそんな回りくどいことをする必要性は感じられないし――何より、なんの隔たりもなく愛するユンファさんの肉体を堪能できる、それも我がつがいとしたいその初恋の美男子の体内に、アルファの本能ほしいまま己れの精液を注ぎ込んでゆるされるどころか、かえってそれを愛しい人に求められている――そのアルファ的生殖本能をもつ男としてのこの上ない悦びを享受できる至幸を、どうしてわざわざ遠慮しようと思うのか?  ましてや何度も言うようだが、俺はその快楽を得たいというばかりではなく――決してそれを得て終わりにするつもりはなく――それに伴う責任はかえって全て負いたいくらいなのであり、またかつユンファさんも(どうも今のところは俺にその責任を取らせてくださるつもりはなさそうだが)その行為自体は進んで許してくださっている以上、俺たちがその無遠慮な行為を今宵するにおいて、一体誰に、何を、どう咎められるというのか。  そう、咎められるべき点など何一つとしてない。  まあとはいえ、そもそもユンファさん以外の誰に咎められようが知ったことではない、というのが俺の持論で違いはないのだが。  スキンを着ける着けないは二人の意思に基づいて判断されるべきことであり、あくまでも二人のベッド外にいる誰ぞにとやかく言われる筋合いなどない。  まあとまれかくまれ――。  俺としてもぜひ喜んで、とかえってあまりの歓びと期待に意気軒昂(けんこう)としてきているくらいだ……が、その前に明らかにしてもらわねばならないことがある。――それはユンファさんのために。 「しかし、その前に一つだけお聞きしたいのですが」と俺はユンファさんに小首をかしげて見せる。 「貴方が俺と避妊具の無い目合いをしたい理由とは、本当に快楽を得たいがためというだけのことなのですか。――思うに、ユンファさんは寧ろ俺に〝与えたい〟からこそそう仰言っていたような気がするのですが…――もとより俺は貴方が快楽を得られることも嬉しくは思いますが…、しかし、もし俺のことを想ってそう言ってくださっていたのだとすれば、もっと嬉しく思います。」 「……、…」  ユンファさんは俺を見上げたままその表情を曇らせ、俺にまた心のうちを見透かされた感に戸惑いながらも逡巡(しゅんじゅん)したが、…ややあって――俺には嘘などつけないのだ、と諦観し――ふと目を伏せて、言うか言うまいか迷っていた真意を、結局は言いにくそうな小声でこう打ち明けてくる。 「ごめんなさい…、僕がい、淫乱なのは事実なんですが、――だって今は本当に欲しいんです…、欲しくて欲しくてたまらない、貴方の…貴方の生のおちんちんが…感じ、たくて…、貴方の本当の、感触を…、それに、欲しい…貴方の精子が、自分のなかに…どうしても欲しい…――もはや気持ちばかりか、僕の体もそう言っているように疼いていて…、だから、僕がそういやらしいことを考えているのは、本当のことなんです……」 「はぁ…、はは、全くユンファさん…そんな…、愛する人にそんなことを言われて歓ばない男などいるでしょうか…? いやらしいどころか愛おしくってたまらない…、好き…愛してる…、……」  と俺はユンファさんの胸の前、その人の両手を両手で包みこみ、ちゅ、ちゅとその人の熱く汗ばんだ頬に幾度も歓びのキスをする。――初恋の美男子の心ばかりかその肉体にもつがいとして選(え)り抜かれ、唯一無二のつがいとして認められているからこそ忌憚(きたん)なく肉体を欲されている――もはやその言語(ごんご)を絶する歓びだけで勃起がいや増す。 「……、…はは、…」するとユンファさんはその頬の幸せなくすぐったさに、強ばっていた気持ちがゆるめられたらしく、美しく微笑をしながらそっと目をつむる。 「で、でも僕、せいぜい、それくらいしか貴方にして差し上げられることがないから…、あの僕、これでも一応オメガで…その…、オメガのぉ、おまんこは、…皆さんよく言われるんですけど、珍しいというか、構造が少し変わっている、からなのか、…とにかく、折角オメガとセックスをするなら生じゃなきゃ勿体(もったい)ない、と…――ただ…実際は別に、大したことは、ないんですけど…、そもそも僕、他のオメガの方に比べたら、そこも何かと劣っていますし……」  そしてユンファさんはそ…と薄目を開け、物憂げな伏し目となってから、さらにこのように静かな言いにくそうな小声で言う。 「生だからって…僕の体の価値が上がるわけではありません…。でも、少しでも…ほんの少しでも多く、貴方には気持ちよくなっていただきたくて…――ただ本当は、迷ったんですけど…、汚いから…きっと生はお嫌だろうなと…――でも…そうして拒まれたとしても、言ってみるだけ、と思って……」  そう……ユンファさんはそうした俺へのいじらしい想いから、ほとんどは俺のために、スキンなしでの行為がしたいと言ってくれたわけだが――さらに俺が気兼ねせずその行為に踏み切れるように、との心遣いから、あえてああして淫乱を装ったのである。  自分に対しては誰しもがそうしている、自分もそのほうが嬉しい、という淫奔(いんぽん)な人相手になら、いく分その行為をするハードルも下がるはずだろう、と彼は考えたのだ。  そしてそれは彼の、俺を想えばこその自己犠牲だった――今さらの恥ずかしさや、いつどんな拍子で俺にされるかもわからない失望よりも、彼にとっては俺が「損」をしないことのほうが大事だった――。 「それもそうですね。確かに、生だからといって貴方の体の価値が上がるわけではありません。」  俺は慈しみを込めて、ユンファさんのそのまつ毛の長い儚げな伏し目を見下ろしながら、断言的に強く、しかしなめらかな優しい声色でそう言った。 「ご尤も。どだい値段など付けようもないほど高貴なユンファさんのお体の価値は、まさかそのたった0.何ミリがあるかなきか如きで変動するようなものではない。――しかし、スキンを着けない行為を〝俺だからこそ〟と許してくださった、貴方のそのいじらしいお気持ちには、俺は愛する人に愛されている男としての特別な悦びを感じていますよ。」 「……、…」  ふとユンファさんの不安げな紫の瞳が俺の目を見上げる。  俺は彼にふとこの両目で微笑みかける。 「ありがとう、ユンファさん。とっても嬉しいです。――ですが、勿論一緒に気持ちよくなりましょうね。…俺だけでは駄目なのです。――俺も鋭意努力しますから、どうぞ貴方もご一緒に。」 「……、…」  すると――また、こんなことは初めて言われた、と一瞬きょとんとしたユンファさんだったが、――すぐに眉尻を下げながらも、ふっと幸せそうに微笑した。 「は…はい、…」  とそのやわらかく細められた切れ長の目に涙をうかべ、こくんと愛らしく頷きながら。

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