93 / 244

第11話 体育倉庫の危機

「さあ、その女、メチャクチャにしちゃって」  刀子朱利(かたなご しゅり)は「()げパン買ってきて」とでも命じるイントネーションで言った。 「んん、んんっ!」  真田龍子(さなだ りょうこ)は必死で抵抗を試みるが、後ろから羽交締(はがいじ)めにされたうえ、口も(ふさ)がれていて、助けを呼ぶことすらできない。 「へへっ、いいにおいだあ」 「ヤバくね、こんなことして?」 「知るかよ。刀子がぜんぶ、あと始末はしてくれるってさ。あいつの母ちゃん、政治家だし。そういうのは大丈夫なんじゃね?」 「じゃあ……」 「おうよ、たっぷり(なぐさ)めてもらおうぜ」  とりまきの男子生徒たちは、制服ごしに彼女の体をベタベタと触りつづけている。  爬虫類(はちゅうるい)とでも接触しているような感覚と、口や体から出る汚物(おぶつ)のような悪臭に、真田龍子は激しいめまいを覚えた。 「このポニーテール、さらさらしてたまんねえ」 「胸もけっこうデカいじゃん。着やせってゆーの?」 「とっととむいちまおうぜ」  男たちは下劣(げれつ)な言葉を並べ立てながら、彼女のボディラインをまさぐっている。  真田龍子は彼らの頭の中を想像した。  そしてそのあまりのおぞましさに、恐怖あまって肉体が弛緩(しかん)していった。  わたしはこれから、こんなやつらに乱暴されるんだ。  いやだ、いやだ……  助けて、ウツロ…… 「う……」  かすかなうめき(ごえ)とともに、真田龍子を圧迫する力が消えた。 「な、なにっ……!?」  刀子朱利はとび箱に両手をついた。  男子たちの体が、()(いと)の消えたように崩れ落ちる。  たちまちに彼らは、体育倉庫の冷たいコンクリートの上へ山積(やまづ)みになった。 「わたしの大事な『ペット』に、手え出してんじゃないよ、朱~利?」  真田龍子の背後から、別な女子がぬうっと姿を現した。 「み、(みやび)いいいっ……!」  星川雅(ほしかわ みやび)だ。  刀子朱利は(いか)りの形相(ぎょうそう)豹変(ひょうへん)し、彼女をねめ下ろした。 「雅、わたし、わたし……」  真田龍子は一気に安心感がこみあげ、体を震わせて星川雅に抱きついた。 「もう大丈夫だからね、龍子。心配しないで」 「う、ううっ」  しがみついたまま号泣する。  面白くないのは刀子朱利だ。 「雅い、あんたなにわたしの楽しみを邪魔してくれてんのさ?」 「こんなことが趣味だなんて、ほんと、下品だよね、朱利? 龍子はわたしのかわいい『ペット1号』なの。この落とし前、どうつけてくれるの?」  火花を散らして二人は言いあった。 「ふん、ごめんねえ雅。あんたの大切な『ペット』に手えつけちゃってさ。よく人のことが言えるよね。星川典薬頭(ほしかわてんやくのかみ)のご息女様(そくじょさま)?」 「あなたこそ、そのねじ曲がった性格、治らないよね。甍田兵部卿(いらかだひょうぶきょう)のご息女様(そくじょさま)?」  真田龍子は二人の話していることの意味がわからなかった。 「雅、いったいどういう……」  さっきのウツロの情報といい、自分にわからないことを二人は知っている。  それに胸騒ぎがしてならなかった。 「龍子、あとでちゃんと説明する。とりあえずいまは、ちょっと隠れてて。もしかしたらこの倉庫が、吹き飛ぶかもしれないから」 「え、え……?」  真田龍子を入り口の(わき)に休ませると、星川雅は戦闘態勢を取った。 「へえ、やる気まんまんってわけだね。大事な『ペット』を守りたいんだ? あは、泣かせるう」 「あなたこそそうなんでしょ? わたしを殺す気まんまんのくせに」 「あたりまえじゃん。でも雅、まさか二竪(にじゅ)なしで勝負する気? 体術勝負でわたしに勝てるとでも思ってんの?」 「バーカ」  星川雅はニヤリと笑った。 「……っ!?」  彼女の髪の毛がざわざわと(うごめ)いたかと思うと、頭頂部がぱっくりと二つに裂け、その大口(おおぐち)(つい)大刀(だいとう)を吐き出した。  星川雅の愛刀・二竪(にじゅ)だ。  彼女はそれをキャッチすると、前方へ突き出すように(かま)えを取った。  開いた口はすぐに元へ戻った。  柳葉刀(りゅうようとう)の光沢は鋭さを増し、血を求めるように爛々(らんらん)と輝いている。 「きゃはっ! ゴーゴン・ヘッドのお口の中に隠してたんだ! ほんっと、抜け目ないよね雅は!」  真田龍子は思った。  刀子朱利……  この女、アルトラの存在を知っている……  まさか、こいつも(・・・・)…… 「ほら、わたしを殺すんじゃないの、朱利?」 「上等だよ、雅い……」  顔をゆがませて笑うと、刀子朱利は10段のとび箱の上からスッとジャンプした。  音もなく着地し、低い姿勢で両の(こぶし)を前方へ構える。 「刀子流体術(かたなごりゅうたいじゅつ)似嵐流兵法(にがらしりゅうへいほう)、どっちが最強か、教えてやるよ!」 「きな、朱利っ!」  体育倉庫内の空間がぐにゃりとゆがんだように、真田龍子は錯覚(さっかく)した―― (『第12話 星川雅(ほしかわ みやび) VS 刀子朱利(かたなご しゅり)』へ続く)

ともだちにシェアしよう!