星川雅(ほしかわ　みやび)と刀子朱利(かたなご　しゅり)が体育倉庫で激闘を繰(く)り広(ひろ)げているころ、思索部(しさくぶ)の部室をあとにしたウツロは、待っているはずの真田龍子(さなだ　りょうこ)と落ち合うため、昇降口(しょうこうぐち)へと向かっていた。 「龍子……」 　姿は、ない。 　それどころか、ほかの人影すら。 　日が落ちてきている中、玄関には遠くから、運動部とおぼしき部員たちの声が、わずかに拾える程度だ。 「まだ、来てないのかな」 　とりあえず外履(そとば)きに履(は)きかえようと、ウツロは自分の革靴(かわぐつ)が入っている靴棚(くつだな)へと手を伸ばした。 「……！？」 　強烈な殺意、靴棚の扉(とびら)の奥からだ。 　何かが、入れられている…… 　ウツロはおそるおそる、その扉を開けた。 「これは……」 　白い封筒(ふうとう)が一つ。 「手紙、か……？」 　『ファン・レター』をもらったことは過去にもあったが、その封筒から漂(ただよ)う異様な殺気(さっき)は、そんなものではないであろうことを示していた。 　ウツロは生唾(なまつば)をのみつつ、その封筒を開いた。 　封(ふう)はされていなかった。 「これは……」 　そこには便箋(びんせん)が一枚、どこでも手に入るような代物(しろもの)だ。 　古風(こふう)にも新聞や雑誌を切り抜いた文字で、次のように記されていた。 　　　ウツロ、お前を見ているぞ 　　　いますぐ体育倉庫に来い 　　　真田龍子は預かっている 　　　万城目日和 「まきめ、ひより……」 　万城目日和(まきめ　ひより)―― 　かつてウツロの父・似嵐鏡月(にがらし　きょうげつ)が殺害した悪徳政治家の娘。 　父が死の寸前、明かしていた―― 　万城目日和は生きている。 　ウツロやアクタと同じように、密(ひそ)かに育て、その技を教えていた、と。 「万城目日和、ついに動いたか……そして……」 　真田龍子は預かっている―― 　その部分がウツロを極限まで焦燥(しょうそう)させた。 「龍子……くそっ、急がなければ……！」 　ウツロは手紙を握りしめ、急いで指定された場所、体育倉庫へ向かおうと、革靴をひったくった。 「いつっ……！？」 　鋭(するど)い痛みが走り、彼は手を引っこめた。 　指から血の滴(しずく)がぽたぽたと垂(た)れる。 「これは……」 　革靴の中に何か入っている。 　泥のように濁(にご)った色の『何か』が、そこにのぞいているのが見える。 「なんだ、これは……」 　拳大(こぶしだい)もあろうかという鋭利(えいり)な『爪(つめ)』―― 　形からおそらく爬虫類(はちゅうるい)のそれであることが推測されるが、いくらなんでもその大きさは異常だった。 「トカゲ……？」 　正体はまったくわからない。 　だが、何かとてつもなくおそろしいことが起こっているのではないか？ 　ウツロはますます焦(あせ)った。 　想像はしたくないが、もしかしたら…… 　万城目日和もアルトラ使い…… 　この『爪』は、それを示唆(しさ)するものではないのか……？ 　ウツロは『爪』をブレザーのポケットにそっと忍ばせ、革靴に履きかえると、体育倉庫へ向け、ダッシュした―― （『第１４話　デーモン・ペダル』へ続く）