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第14話 デーモン・ペダル

「見せてやるよ、わたしのアルトラ、『デーモン・ペダル』を……!」  刀子朱利(かたなご しゅり)の姿が、一匹の巨大な毒虫(どくむし)の形に変わった。 「ふん、正体を現したね。ムカデ女(・・・・)」  よどんだ緑色のボディ、おびただしい数の赤色の足、体育倉庫を埋めつくさんばかりの巨体……  星川雅(ほしかわ みやび)の言うとおり、それは規格外に大きな『ムカデ』だった。 「きゃはは雅! このデーモン・ペダルで粉々(こなごな)にしてあげるよ!」  獰猛(どうもう)な頭部のすぐ下に張りついた刀子朱利は、邪悪な表情でケラケラと笑った。 「あ、あ……」  真田龍子(さなだ りょうこ)は恐怖のあまり足がすくんでしまった。 「龍子、あれが朱利のアルトラ『デーモン・ペダル』だよ。見てのとおり、ムカデに変身できるんだ。まったく、おぞましい能力だよね」  星川雅は大ムカデの(みにく)さを(さげす)みつつ、戦闘態勢をとった。 「はっ、頭に口がついてるバケモノに言われたくないなあ。さあ雅、行くよっ!」  ムカデの頭部がこっちに突っこんでくる。 「くっ……!」  星川雅はそれをよけ、背後をとった。 「雅っ、後ろ……!」  真田龍子の声にふり返ると、ムカデの尻尾(しっぽ)(せま)っていた。 「あがあっ!」  思いきり打ちのめされ、コンクリートの地面に叩きつけられる。 「うぐ、んん……」  二竪(にじゅ)(つえ)にして、星川雅はやっと立ち上がった。 「きゃはは、た~のしいっ! あんのをいたぶるのはねえ、雅?」 「ちょーし、乗ってんじゃあねえぞ、朱利いいい……」 「へえ、まだそんな減らず口がきけるんだ。どう、ギブアップする?」 「誰が、するかよ……!」  星川雅はアルトラ『ゴーゴン・ヘッド』で、髪の毛を刀子朱利のほうへしゅるしゅると()ばした。 「んっ……!?」  なにこれ、心臓が……  動悸(どうき)息切(いきぎ)れに(おそ)われ、体から力が抜けていく。 「ふふふ、きいてきたみたいだね」  足がいうことをきかない。  彼女はそのまま地面にひれ伏してしまった。 「あーらどうしたの雅? 気が変わったの? 土下座なんてしちゃってさ」 「てめえ、朱利……なに、しやがった……」  ぜえぜえと荒い呼吸をしながら、星川雅は二竪(にじゅ)でふんばってやっと顔を上げている状態だ。 「毒だよ、ムカデのね。さっき攻撃したとき、しこんでおいたのさ。ちょっと引っかいた程度だけど、効果はテキメンでしょ?」  星川雅は太ももの裏に、ちっぽけな切り傷がついていることに気づいた。  患部(かんぶ)は赤くただれている。 「雅っ……!」  真田龍子がかけよった。  彼女は星川雅を抱きしめ、身を(てい)してかばった。 「ダメ、龍子……このままじゃ、あなたまで……」 「できないってそんなこと! これ以上、雅が傷つくとこなんて見てられないよ!」 「龍子……」  やり取りを傍観(ぼうかん)していた刀子朱利は、気が抜けていくのを感じた。 「アホらしい。友情ごっこってゆーの? 真田さん、知ってるんだよ? そいつがあなたのこと、(てい)のいいオモチャにしてるってこととかさ。守る価値なんてあると思う? 切っちゃいなよそんなやつ。そうすればあなたは自由だよ?」  星川雅を罵倒(ばとう)する刀子朱利を、真田龍子は見上げた。 「お願い、刀子さん。もうやめて、雅を傷つけないで……!」  涙を流すその顔は本心から――  刀子朱利はそれが無性(むしょう)にイライラしてきた。 「お願い、刀子さん! わたしでいいなら、()()きにでもなんでもしていいから!」  真田龍子は決然とそう言い放った。 「ふーん、そう……」  ムカデの触手が後ろから彼女を捕らえた。 「きゃあっ!」  高い位置、刀子朱利と目線のあうところまで引っ張りあげられ、(はりつけ)のようなかっこうにされる。 「どう? 屈辱(くつじょく)じゃない、こんなことされてさ? これでもまだ、雅がうーたらなんて言えるの?」 「あああああっ!」  ムカデのおびただしい足が、捕らえた真田龍子を()めあげる。  激痛と恐怖に彼女の顔がゆがんだ。 「さあ真田さん、雅の代わりにわたしに謝ってよ? そうすれば考えてあげないこともないからさ?」  真田龍子は口をパクパク動かしている。 「うーん、なに? 聞こえないなあ」  刀子朱利はムカデの体を尻尾のほうへと近づけた。 「……あなたの負けよ、刀子さん」  真田龍子がそう言ったのを、刀子朱利は確かに聞いた。 「なにを言って……」  刀子朱利の(むな)もとに、柳葉刀(りゅうようとう)が突き刺さった。 「あ……」  何が起こった?  これは、雅の二竪(にじゅ)…… 「あっ、があああああっ!」  次の瞬間襲ってきた激痛に、ムカデの巨体が震え、(もだ)えた。  苦しみあまって、彼女は捕らえていた真田龍子を放してしまった。 「わあっ!」  放り出された真田龍子が落下する。  目前(もくぜん)にコンクリートの地面が迫って―― 「ふう、やっぱりバカだよねあなた?」  星川雅――  激突する寸前で真田龍子をキャッチした彼女が、(りん)としてそこに立っていた。  刀子朱利にはわけがわからなかった。 「雅、なんで……わたしの毒で、動けないはずじゃ……」  胸もとに突き刺さった大刀(だいとう)(つか)を握りしめ、いまいましいという表情をする。 「ありがとう龍子。さすがはわたしの優秀な『ペット』。ほめてつかわす」 「うーん、喜んでいいんだか……」  ()っこされた真田龍子は、照れくさい顔をした。 「ま、まさか……」 「いまごろ気づいたの? ずいぶんのんびりだね、朱利?」  星川雅の体がうっすらと光の(まく)に包まれているのに、刀子朱利は気づいた。 「貴様、真田龍子……アルトラを雅に使ったな……!?」 「えへへ」  真田龍子は星川雅の腕の中で頭をさすった。 「そ、あの『友情ごっこ』のとき、龍子が『パルジファル』で、わたしの体に回った毒を吸い出してくれてたってわけ。おわかり、おバカちゃん?」  刀子朱利は歯ぎしりをして(くや)しがった。  星川雅は真田龍子をやさしく地面へ下ろす。 「て、てめえ、雅いいいいい! ぶっ殺してやる!」  いよいよ鬼の形相(ぎょうそう)となった刀子朱利は、突き刺さっている柳葉刀を勢いよく引き抜いた。  胸もとからだらだらと、汚水(おすい)のようなおぞましい色の体液があふれ出る。 「あんたの『ぶっ殺す』はもう聞き飽きたって。いったいいつになったら『ぶっ殺す』が完了するのさ? そういうのって、『ぶっ殺したあと』に言ったほうがかっこよくない?」 「うるさい! 死ねえええええっ!」  刀子朱利は引き抜いた柳葉刀を、星川雅へ向け、投げつけた。  だが星川雅はいともたやすく、それをキャッチしてみせた。 「ありがとう、返してくれて」 「ぐぬう、ぐぐぐ……」  大ムカデは体を震わせて(いか)(くる)っている。 「さあ朱利、フィナーレといきましょうか?」 「雅いいいいいっ!」  刀子朱利はムカデの巨体で突っ込んでくる。 「龍子、放れてて!」 「う、うん!」  破れかぶれの一撃、星川雅はそれを軽々(かるがる)とかわし、中空(ちゅうくう)跳躍(ちょうやく)した。 「バーカ、八角八艘跳(はっかくはっそうと)びなんて、とっくに見切ってるって!」 「ほんとうにそうかしら?」  星川雅の数が増殖(ぞうしょく)する。  分身の術よろしく、体育倉庫中、大ムカデの体のいたるところにまで、彼女の姿が映し出された。 「バカな、これは……この技は(・・・・)あのお方の(・・・・・)……」  倉庫内を埋め尽くした星川雅の『分身』は、口角(こうかく)を上げて一様(いちよう)にほほ()んだ。 「五月雨影月(さみだれえいげつ)……!」 (『第15話 五月雨影月(さみだれえいげつ)』へ続く)

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