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第16話 痛み分け
「龍子 っ……!」
体育倉庫の扉 を勢いよく開 け放 ったウツロは、目の前の光景に仰天 した。
「なんだ、これは……」
建物内部を埋 め尽 くさんばかりの巨大ムカデと、星川雅 が対峙 している。
そして手前には、身なりのほつれた真田龍子 が――
「ウツロ……!?」
彼女はうっかり、刀子朱利 のいる前でそう呼んでしまった。
「これは、アルトラ……どういうことだ雅! そのムカデはなんなんだ!? どうして龍子が傷ついている!?」
事情を知らないとはいえ、場違いなウツロの発言に、刀子朱利は気が抜けた。
「ああ、わたしがやったんだよ。真田さんをメチャクチャにして、あなたを独 り占 めにするためにね、毒虫のウツロくん ?」
「な……」
なぜそれを……
ウツロは驚 いて口ごもった。
「真田さんにも言ったんだけどね、わたしたちはあなたたちのことなら、何でも知ってるんだよ? ふふっ、どう? こういうのって、なんかこわくない?」
大ムカデの胴体 にへばりついた姿 の名残 から、彼はようやくそれが刀子朱利であることを理解した。
「その声、刀子朱利か……アルトラ使いだったとはな……どういうことか、ぜんぶ説明してもらうぞ」
ウツロの言動 に、彼女は戦いで受けた苦痛も忘れて、すっかりあきれかえった。
「バカなの? 世界はあんたのために回ってるんじゃないんだよ? 毒虫のウツロ」
自分の情報を握 られていることは確かにゾッとしたが、それにも増して、他者から『毒虫』と呼ばれることに、ウツロは腹が立った。
「貴様 、言わせておけば……!」
「はいはい、落ち着きなさい二人とも。龍子が怯 えてるじゃない」
星川雅の言うとおりだった。
傍 らの真田龍子は、ウツロが激昂 する様子を見て、体をこわばらせている。
ウツロはハッとなった。
「すまない、龍子」
「いえ、ウツロ……」
場違いに輪 をかけられ、刀子朱利はうんざりした。
「はーあ、なんだか興醒 めしちゃった。令和の時代になに? 昭和のラブコメディみたいじゃん。はん、バカバカしい」
すっかり闘志 の萎 えた彼女に、星川雅が語りかける。
「どうする朱利? まだ遊びたい?」
「あんたこそ雅、とどめは差さなくていいの?」
「わかってるクセに。差せるような状況じゃなくなっちゃったでしょ?」
刀子朱利と同じく、彼女もまた、殺意が静まっていた。
大ムカデはうなだれて、ため息をついた。
「『痛 み分 け』ってことだね」
「あんただけ得してる気がするけれどね?」
「ふん、言ってなよ」
ムカデの体が縮 んでいく。
あっという間 に元 の姿に戻 った刀子朱利に、ウツロは鋭 い眼差 しを送った。
「さあ、説明してもらおうか、刀子朱利。聴きたいことは山ほどあるんだ」
「あんたの都合 なんて知らないし? 毒虫のウツロ」
「おのれ、まだ言うか……!」
再び怒髪 した彼を、星川雅が制する。
「はいはいウツロ。あとでわたしからちゃんと説明するから。とりあえず血の気を収めてよね? もう、疲れるなあ」
「はいわかりましたとでも言うと思ったか」
「ああ、うざ……」
会話が噛 み合 わないことに、彼女は頭を抱 えた。
「ウツロ、わたしからもお願い」
「龍子……」
真田龍子が割って入った。
この段階では、彼女がいちばん、精神的に落ち着いていた。
「とりあえずいまは、雅のいうとおり、みんな冷静になるのが大事だと思うんだ」
「……」
「ね、お願い、ウツロ」
「龍子が、そういうのなら……」
ウツロは内心不服だったが、ほかならぬ龍子が言うならと、怒 りを抑 えることにした。
「ああ、クサ、クサ。なんなの、この昭和臭? もう、どうでもよくなっちゃった」
刀子朱利はぶつくさ言いながら、制服についたほこりを落としたり、着こなしを直したりしている。
「朱利、どうする? 閣下 の奥義 を無断でコピーしたこと、ママに告げ口とかしちゃうの?」
「さあ、わたしの気分次第かな?」
星川雅の言葉に、彼女は不敵にほほえんで首をかしげた。
「彼女に感謝するんだね。でも、次はただでは済まさないから。それだけは覚えててね、毒虫のウツロ?」
「……」
ウツロの横をスルーしながら、宣戦布告 とも取れる言葉を吐 く。
ウツロ自身は内心、穏 やかではなかったが、真田龍子への気づかいから、この場は黙 って見過ごすことにした。
「雅、今回は見逃してあげるけど、次はないからね? 今度こそその顔をグシャグシャにしてあげるから、お楽しみに」
「ふん、よく言うよね。ザクロになるのがあなたのほうじゃないことを祈 ってるよ、朱利?」
背中ごしに飛んできたセリフを、星川雅は牽制 した。
刀子朱利は片手で合図 をし、そのまま体育倉庫から出ていった。
「龍子、大丈夫か!?」
「わたしは、ウツロ、平気だから」
「平気なもんか! 早く手当てを!」
恋人を傷つけられ、ウツロの怒 りは収まっていなかった。
「それなら保健室でやりましょう。あそこはわたしの『根城 』だしね。そこでお望みのとおり、説明してあげるから」
「また何か企 んでいるんじゃないだろうな?」
「ああもう、どうしてあなたってそんなに疑 り深 いの? わたしはクタクタなんだよ? やめてくれない? ウザいから」
「なんだと……」
星川雅の提案にも疑念 を抱 く始末。
翻 せば、それほど真田龍子のことが心配なのだ。
彼は心の中で拳 を振り上げたが、彼女のことを優先させるべきだと気づき、われに返った。
「……わかったよ、行こう龍子。肩 を貸すよ」
「わたしはいいからウツロ、雅のほうに……」
「ごめんだ」
邪険 に扱 われ、星川雅はムスッとした。
「うーん、ははは……」
真田龍子はどうしてよいかわからず、笑ってごまかすしかなかった。
「ウツロ、あなたいつからそんなに捻 じ曲 がったの? 仮にもいとこ のわたしに対して。何が『人間論』よ、わたしは人間じゃないっていうの?」
「もちろん『人間論』は現役さ。むしろ高みに達しているよ。だが雅、優先順位は存在するんだ、絶対的に……!」
星川雅はウツロの心がくもっていることを指摘したかったが、彼はまったく意 に介 していない。
くもらせているのは真田龍子への愛――
星川雅はそれがうっとうしかった。
「さいっ、てえ……」
「なんとでも言え。さあ急ごう、龍子」
「え? ああ、うん……ごめんね、雅……」
「……」
ウツロは真田龍子の手を引いて、さっさとその場をあとにした。
ひとり残された星川雅は、いったい自分は何を守ろうとしていたのかと、ボーっと考えた。
「変な感じで『人間』っぽくなってきたよね、あいつ……」
『帝王 』になるのも楽じゃない――
そんなことを思索 しつつ、なんだかバカバカしくなってきて、彼女は幽鬼 のような足取 りで、二人のあとを追った。
(『第17話 プライド』へ続く)
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