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第20話 保健室の狂気、再び

「ええ、お母様。ウツロと龍子(りょうこ)には、必要最低限の情報(・・・・・・・・)だけ与えておいたわ」  ウツロと真田龍子(さなだ りょうこ)が保健室をあとにしたのち、星川雅(ほしかわ みやび)雑務(ざつむ)があるという理由をつけてそこへ残り、朝と同じく携帯電話で、母・皐月(さつき)にことのあらましを報告していた。 ―― うふふ、『与える』だなんて、まるで犬にエサでもあげてるみたいねえ。素敵だわ、雅ちゃん ―― 「これでウツロたちは泳ぎ出す(・・・・)、ってわけだよね、お母様?」 ―― ふふ、そうよ雅ちゃん。すべては閣下(かっか)掌中(しょうちゅう)というわけよ。さあ、ウツロ……果たしてどう動くかしらね…… ―― 「万城目日和(まきめ ひより)のことはどうする? お母様」 ―― それについてはまだよ。まだこちらは動いてはダメ。万城目日和については、まだわかっていないことが多い。顔も、居場所も……もし本当にアルトラ使いだったとして、その能力も。いまはウツロたちと同様、泳がせておくのよ。いいこと、雅ちゃん? ―― 「はい、わかったわ、お母様」 ―― ふふ、もしかしたら、ウツロが何か、マジックを起こしてくれるかもしれない。あわよくば、万城目日和の正体を、あぶり出してくれるかも。ふふっ、なんだか楽しくなってこない? 雅ちゃん ―― 「そうだね、お母様……」 ―― そうやってうまく『(こま)』を動かして、将棋のように『()む』のよ。まあ、『駒』じゃなくて『人形(にんぎょう)』、だけれどね? ふっ、ふふふっ…… ―― 「……」 ―― ああ、なに? また急患(きゅうかん)ですって? ずいぶん急患の多い日だわね。まあ、養分、おほん、患者(かんじゃ)が多いのは、けっこうなことだけれどね。ほほっ、ほほほ…… ―― 「……」 「ごめん、雅ちゃん、またかけるわ。ウツロたちのこと、よろしくね。仮にもわたしの(おい)()だし。じゃあまたね、わたしの雅ちゃん(・・・・・・・・)」  そこでブツっと、電話は途切(とぎ)れた。 「……わたしもその『人形』の一つ……だものね、お母様?」  星川雅のロングヘアーが逆立(さかだ)った。  その顔には強烈(きょうれつ)怨念(おんねん)が宿されている。 「ふう……」  落ち着け、雅。  いつものこと、いつものことだ……  彼女は自身にそういいきかせ、精神を冷静にした。  端末の履歴に目をやる。  『クソババア』の五文字に、殺意の視線を送った。  そしてすぐに、その目を(ゆる)ませた。  お母様は、わたしのことを愛してなんかいない……  あの女が愛しているのは、人形としてのわたし(・・・・・・・・・)……  そんなことを考えた。 「ふん……」  (まよ)う心を()(はら)うかのごとく、彼女は制服を(ひるがえ)し、保健室をあとにした。 (『第21話 帰り道』へ続く)

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