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第56話 答えのない質問

「ウツロ、俺の人生を、返せ」  万城目日和(まきめ ひより)はそう言った。 「……」  答えのない質問、ウツロはそう思った。  彼はゆっくりと体を下ろし、両ひざをコンクリートの床についた。 「へえ」  万城目日和は興味深そうに、その光景を見下ろしている。 「その問いに答えること、俺にはできない」 「……」  ウツロはうつむいたまま話しつづけた。 「しかるに万城目日和よ、おまえの好きなようにするがいい」 「それは、どういう意味だ?」 「俺を八つ裂きにして気が済むのなら、そうすればいいと言っている。ただ、みんなの命だけはどうか、助けてやってほしい」  ウツロは顔を上げた。  その凛としたまなざし、万城目日和は感じいたるところがあった。  近寄って自分も姿勢を落とし、顔をのぞきこむ。 「ふうん、命ごいするんだ?」 「そう言われれば、そうなのかもしれない。俺はおまえの質問に答えられるほど、できた人間じゃないからな」  目はそらさない。  ウツロの覚悟、それが伝わっていく。 「はっ、人間、人間ねえ。ほんと、好きだよなあ、おまえ」  万城目日和はくつくつと笑った。 「おまえのそういうとこ、吐き気がする。だがな、嫌いというわけでもねえ」 「……」  万城目日和はグッと顔を寄せた。 「ウツロ、俺と戦え」 「――っ」 「勘違いすんなよ? 俺はおまえを、直々に叩きのめしてみてえだけなんだ。どっちが強いのか、それも気になるしな。さあ、どうする?」  ウツロの気持ちは決まっていた。 「質問の答え、俺には出せないと確かにいま言った。だが万城目日和、もし、もしも、戦いの中で、それを見出せるというのなら……」 「はっ、それもおまえらしいよな。いいねえ、じゃあ、さっそくおっぱじめようじゃねえか。さ、立てよ」  二人はいっしょに立ち上がる。 「よし、まずは、だ……」 「――っ」  万城目日和は体を丸めて、自身を包みこむようなしぐさをした。  髪がざわざわとうごめき、体つきが変化してくる。  その度合いに比例して、あふれんばかりの闘気が膨れあがってくる。 「これは……」  「彼女」は正体を現した。  そこには獣のような蛮性をかもし出す「少女」が立っていた。 「化生(けしょう)の術っていうんだぜ? ホルモンのバランスを操作することで、他人に化けられるんだよ。親父からは教わってなかっただろ? 女しかこの技は使えねえそうだ。皐月(さつき)ねえが気まぐれにやり方を話したんだとよ」 「……」  ウツロは生唾を飲んだ。  野獣のような殺意とは裏腹に、この女、なんと美しい。  そんなことを考えていた。 「へっ、俺に見とれてくれんのか? うれしいねえ。おまえをぶちのめして、そのあとはたっぷりと遊びてえところだな」  ペロリと舌なめずりをする。  ウツロは得体の知れない不気味さを覚えた。 「武器はどうする? 親父からもらった黒刀(こくとう)は? さすがに取りにいく暇はなかったか」 「見損なわないでもらおう」 「――っ」  ウツロの影がもぞもぞと動き出す。  そこからニョキニョキと一本の刀が顔を出した。 「へえ、お仲間の虫たちに運んでもらったのか。さすが、抜け目ないよな」  万城目日和は腹をかかえた。 「さあ、おまえも武器を出したらどうだ?」 「ふん」  空を切るように両腕を振る。  するとその拳には、鋼鉄製の鋭い「爪」が装着されていた。 「古代インドの暗器、バグナク。虎の爪って意味だな。俺はこれが気に入ってるんだ」  拳をグッと握ると、鋭い先端が飛び出した。 「さあ、行くぜ、ウツロっ――!」 「来い、万城目日和っ――!」  こうして宿命的な戦いの幕は、ついに切って落とされた――

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