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第73話 真相

「ん……」  ウツロが目を覚ますと、そこはいまとなっては見慣れた、洋館アパート「さくら館」の自室だった。  布団の中に入っているが、自分はどれくらいの間、眠っていたのだろうか?  ぼんやりとする頭でそんなことを考えていた。 「よっ」 「……」  万城目日和(まきめ ひより)だ。  Tシャツにハーフパンツというラフなかっこうで、ウツロに添い寝をしている。 「おま……」  抵抗する暇もなく、彼は唇を奪われた。 「ん……」  彼女の大胆な手管に、ウツロも思わず酔ってしまう。 「ぶはっ……」  万城目日和はしてやったりとほほえんでいる。 「におい(・・・)は、使ってねえぜ?」  ウツロはいぶかったが、それよりも陶酔感が優先された。 「こういうことだ、ウツロ。俺はおまえにほれた。これからはここでご厄介になるぜ? よろしくな」  ウツロは頭を整理しようと試みた。  そもそもなぜ、こいつがここにいる?  しかも、なんだと?  ご厄介になるだと?  わけがわからない……  俺が眠っている間に、何が起こったというんだ? 「おまえは三日三晩も眠ってた。特生対本部にある治療ポッドの中でな。俺はおまえよりも先に、同じ場所で目を覚ました。で、おまえのお仲間たちから、新メンバーとして来ないかって、提案されたわけさ。ま、これまでの暮らしよりは楽しいかもって。オーケーを出したってこと」 「そう、か……」 「まったく、どうかしてるよな。どいつもこいつも、ウツロ病(・・・・)にやられてるんじゃねえのか? 俺が何をしたか、わかっておきながらよ」  万城目日和はポリポリと頭をかいた。  ウツロは彼女を見つめて言った。 「その答え、いまのおまえならもう、わかっているんじゃないのか?」 「……」  くもりのないまなざし。  これだ、これにやられる(・・・・)んだ。  どうしようもない甘ちゃん野郎。  しかし実際に、ウツロのその甘さが人を動かし、ときとして変化させる。  わけがわからない。  だがなんとなく、悪いものには感じない。  それは、わかる。 「不思議なやつだな、ウツロ。人間力っていうのか? よりそいだとか向き合うってえのは、もしかしたら最強のカリスマなのかもな」  口が勝手に動くかのようだった。 「そんなたいしたものじゃないよ、万城目日和。俺はただ、一個の人間であれば、それでじゅうぶんなのさ」  クスリ。  彼女の口角が緩んだ。 「そういうと思ったぜ、毒虫野郎」 「いいのか、万城目日和? 俺のことは、殺さなくて?」 「日和でいい。かわいさ余って憎さ百倍、その逆もしかりってか。おまえこそわかるだろ、この感覚をさ?」 「ん……」  もう一度。  今度はもっと大胆に。 「ふあっ……」  とろけてくる理性を、失うまいとがんばる。 「真田(さなだ)、いや、龍子(りょうこ)には内緒な? ふふっ、おまえの弱み(・・)、握ってやったぜ」 「正直、うしろめたいよ……俺の操は、龍子に捧げたはずだったのに……」 「侍かよ。ほんと、クラシックな野郎だぜ」  二人は笑顔で見つめあった。 「聞きたいこと、あるんだろう? なんで俺が、龍影会(りゅうえいかい)を狙うのかさ?」 「いったいなぜなんだ? 相手は国家を支配するという巨大組織とのことだ。勝ち目なんて見えないぞ? 何か、重大な理由があるんだろう?」 「これさ」  万城目日和は自分の端末を取り出し、ウツロのほうへとかざした。 「これは、国会中継……?」 「俺の親父、万城目優作(まきめ ゆうさく)にはライバルがいた。幼なじみの間柄で、ずっと競い合ってきて、同期で出馬し、政界入りを果たした。そいつはな、ずっと親父のことを目障りに思ってたんだ。代々政治家を輩出している名家生まれの自分に対し、親父はと言えば、平凡な家柄の出身だ。だがな、親父には強い人望があって、いつも親父を慕う人たちに囲まれていた。ついには与党の幹事長にまで目をかけられるようになり、とうとうそいつの妬みは爆発した」 「ちょっと待て、おまえの言っていることは、もしや……」 「そいつは自分の身分を伏せて、ひとりの殺し屋を雇った。そして間接的に、親父を始末させることに成功した。それでもって、あれよあれよという間に、これさ」 「バカな……では、おまえが龍影会を狙う理由というのは……」 「そ、内閣総理大臣・鬼堂龍門(きどう りゅうもん)。その正体は、秘密結社・龍影会の大幹部・征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)。こいつが俺の本当の仇さ。ウツロ、あえておまえをあおったのは、おまえという人間を確かめたかったからだ。あわよくば、一緒に手伝ってくれるかも、ってな」 「なんという、ことだ……」  万城目日和の父・優作を殺害せしめたのは、ウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)だ。  しかし、そこに陰で糸を引いている人物がいたとは……  しかも、よりにもよって、現役の総理大臣。  そしてその正体が、日本を陰で掌握する組織の大幹部だと?  狂っている、何もかも……  自分のほうがおかしくなりそうだ…… 「ま、混乱するのはしかたがねえ。俺も最初はそうだった。家族ぐるみの中だったからな、鬼堂とは。知ったときは愕然としたよ。あんなに俺によくしてくれてたおじちゃんが、ってな。ははっ、バカだよな、俺……自分が憎くて、しかたねえよ……」  彼女は一筋の涙を流した。  それを黙って見ているようなウツロではない。 「国家反逆は、日本では一番重い罪になるそうだ。それでもやるか、日和?」  日和、彼はそう呼んだ。 「実際にどうするのかは、いまの俺にもわからない。ただ、俺の父さん、似嵐鏡月が、あるいは駒のように利用されたというのなら、俺としても、看過できる話ではないからな」 「ウツロ……」  自分はどこへ向かおうとしているのか。  それはもしかしたら、闇の中へなのか。  二人は自然に手を握り合っていた。  それは先ほどまでの感覚によるものではなく、しいて言えば意志の共有であった。  しめ殺そうと襲いかかってくる恐怖に立ち向かうため、彼らはしばらく、そうしていた――

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