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第25話 ウツロ、推参

似嵐(にがらし)ウツロ、助太刀のため、推参つかまつる!」 「ウツロ……」  鬼堂龍門(きどう りゅうもん)の前に立ちはだかったウツロ。  感極まった万城目日和(まきめ ひより)は、その雄姿に涙をこぼした。 「ふんっ!」 「おわっと」  ハンマーをはじき返され、鬼堂龍門は後ずさりをした。 「ふん」  鈍器がスルッとしぼみ、もとの手の形に戻る。 「おまえがウツロか、かっこいいじゃねえか。仲間を助けるために参上とは、いかにも泣かせるぜ」  手をさすりながらウツロを挑発する。 「おたわむれを、鬼堂総理。俺が来たからには、日和に指の一本も触れさせませんよ?」 「ひゅ~っ、イケメンだねえ。こうやってあうのははじめてだが、すでにおまえがどういう人間なのかわかってきたぜ。どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのかもな」 「このような蛮行、断じて許されるものではありません!」 「蛮行? 蛮行だあ? つけあがるなよ、毒虫が」 「う……」  久しぶりに浴びせられた「毒虫」という単語。  しかし彼は、ここで気圧されてはあいならんと、眼前の男の動きを冷静に観察した。 「おまえの親父、似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)には世話になったぜ? 政敵である日和の親父をぶっ殺してくれてありがとうよ。聞くところによると、くたばったらしいじゃねえか。本人の代わりに礼を言うぜ?」 「ぐ……!」  ウツロは内心激怒した。  自分の都合で父を利用し、あまつさえ平然と侮辱してのける。  しかしここで行動をせっては負けだ。  すべてがこの男の思う壺になってしまう。  そう思索し、必死になって怒りを抑えた。 「てめえ、鬼堂! ウツロに謝れ! このクズ野郎が!」  うしろのほうで万城目日和が吠えた。 「ほれてんだろ、あ? この毒虫野郎によ? おまえの親父を殺した男の息子なんだぜ?」 「……」  二人は押し黙った。  あまりにも複雑な関係性である。  万城目日和は確かに憎んだ。  かつては。  そしてウツロもそれに苦しんだ。  いまでもだ。  だが違う、俺たちはわかりあったはずだ。  あの死闘をとおして、向きあったはずだ。  結果は結果だが、すべてを受けいれ、歩みよることができた。  そうだ、それこそが俺たちの、「人間論」だ。  彼らは心の中を共有でもするように、くもりかけたまなこに光を取り戻した。 「確かに、俺の親父はウツロの親父の手にかかって死んだ。それをずっと憎んできた。本人に対してだけじゃなく、息子であるウツロにも憎悪をぶつけた。その結果、みんなを傷つけちまって、いまだって後悔のしっぱなしさ。だがな鬼堂、人間ってえのは、考え方をアップグレードすることだってできるんだぜ? 苦しみも痛みも受けいれて、それに向きあうことができる。ウツロが教えてくれたんだ!」 「……」  喝破する万城目日和を、鬼堂龍門は黙して見下ろしている。 「日和の言うとおりです、総理。確かに人は互いに傷つけ、戦いあってしまう存在です。しかしどこかで、その連鎖を断ち切らなければならないのです。それはやろうとしてできるものではないのかもしれない。しかし、しかしです! 悟りなど得られないと悟りながら、なおも悟ろうとする行為。そこに悟りは宿るのではないでしょうか!? 人間とて同じこと、わかりあえないとわかりきっていても、なおもわかりあおうとすれば、あるいは――」 「ああ、もういい。わかったわかった」 「……」  決然として矜持を示す二人を、鬼堂龍門は手をかざして制した。 「そんなことは、とうにわかりきってるんだよ。人類の歴史がどれくらいの長さだか、学校の授業で習っただろ? 俺だって仮にも、一国の命運を背負うだけの男なんだぜ? 高校生のガキどもが到達できる境地にくらい、とっくの昔に到達してるっつーの」 「それでは……」 「ちげーよ、俺が言いたいことは」  何を言いたいのかわからない。  俺たちの話を理解してくれたように見えたが……  彼らは鬼堂龍門の意図をはかりかねた。 「なあ、ウツロ。おまえはずいぶんと、人間のことが好きみてえじゃねえか。人間という存在を信じている、そうだろ?」 「おそれながら、そのとおりでございます」 「じゃあ、なおさらだな。そんなの、信じるに値しねえぜ?」 「……と、申しますと?」  鬼堂龍門は深く息を吐き、背後の花壇へゆっくりと腰を下ろした。 「これから俺がする話は、実に退屈な内容だ。もしあまりにもくだらなかったら、遠慮なく言ってくれ」 「……」  ウツロと万城目日和はキョトンとした。 「ウツロ、日和、おまえらはまだ、人間の本質ってえのをわかっちゃいねえ、まるでな」  このようにしてとくとくと、総理の答弁は開始された。

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