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第26話 カリスマ

「おまえらはまだ、人間の本質について、まるで理解しちゃあいねえ」 「……」  鬼堂龍門(きどう りゅうもん)は語り出す。 「いいか、ウツロ? おまえみたいなやつは、極めてレアケースなんだぜ? 世間を見てみろ。人間としての存在をまっとうしているってなやつが、どれだけいると思う? てめえのことは棚に上げて、すきあらば他人に指をさし、そいつがどんな目にあおうが、知ったこっちゃねえ。むしろ飯ウマだ。パンとサーカスをよこせだあ? 潤沢にあるじゃねえか、てめえらの養分がよ!」  ウツロと万城目日和(まきめ ひより)は押し黙った。  鬼堂総理の言うことには、一理以上あるかもしれない。  俺たちの考えていることは、しょせん理想論なのか?  そんなふうにみずからを懐疑した。 「何も言い返せんか? そうだ、おまえたちの考えているとおりさ。人間論だなんてのは、しょせんは理想論なのさ。よりよい人間を目指そうだなんて連中ばかりなら、この世の中は少なくとも、いまよりもずっとマシな世界になっている。そうじゃねえか、あ?」  何も言えない。  そのとおりすぎる。 「与えてもらうのが当たり前、そのくせ1ミリでも気に食わなければ、鬼だ悪魔だと唾を吐きかけてきやがる。少しは俺らの気持ちも考えてほしいもんだ。どう思う? まるで大量に置いてあるゆりかごの中の赤ん坊を、たったひとりでめんどうを見てる気分なんだぜ? ガキみてえな年寄りと、年寄りみてえなガキばっかだ。俺はそんなクズどもの親か? てめえのめんどうくれえ、一度でいいからてめえで見てみろってんだ」  劇毒のような言葉の応酬。  しかし表現こそ過激ではあるが、鬼堂龍門の言説は思いのほか的を射ている。  二人の心はだんだんとぐらついてきた。 「しかしな、ウツロ。それでも俺は国民を見捨てたりはせん。なぜか? 俺は国家に忠誠を誓っているからだ。特定の誰かじゃねえ、おまえの大嫌いな、概念としての国家だ。その国家を守るためなら、どんな末路でも受け入れるつもりでいる。それがたとえ、後世において最悪の暗君・暴君だったとののしられるようなことだろうがな」  彼らには見えた。  どす黒い悪党のひとりだとばかり思っていた鬼堂龍門が、不思議なことにいまは光り輝いて見える。  なぜだ?  これが悪のカリスマというものなのか?  いや、果たしてそれは、悪と呼べるものなのか?  そもそも、「悪」とは?  わからない、何も……  二人は次第に、思考の迷宮へと陥っていった。 「正直言って、ここでおまえらの手にかけられたら、どんなに楽なことか。それほどのものを、俺は背負ってるんだぜ? わかるか? この重さが?」  もう言葉を発する気力すらない。  仮にあったとして、何を言うことがあるというのか?  現実、そうだ。  俺たちの考えてきたことは、やはりあくまでも理想にすぎず、目の前に座る男・鬼堂龍門の言うことこそが、まさに現実なのではないか?  大きく見える。  これが国家を背負う者の器だとでもいうのか?  石像にでも変えられてしまったかのように、ウツロと万城目日和はまったく動くことができなくなった。 「やっぱり、退屈な話だったな。わりい、大人の言うことなんて、そんなもんさ」  鬼堂龍門はすっくと立ちあがり、向こうのほうへ歩いていく。  二人はあいかわらず、みじろぎすらできない状態だった。 「今回は痛み分けってことにしてくれや。だが日和、もしその気になったのなら、いつだって俺を殺しにきていいんだぜ? 寝こみだろうが、国会答弁中だろうがな」  何も返せない。  少し曲がった背中。  しかしそこには、何者をもよせつけない王者然とした覇気が漂っていた。 「風邪引いちまうから、とっとと帰って温まんな」  彼は片手を挙げ、そしてアトラクションの奥へと消えていった。  あとには夜をほのかに照らす遊園地の明かりと、静かに降り注ぐ雨音だけが残される。 「ウツロ、俺……」  万城目日和の顔はくしゃくしゃにゆがんでいる。  茫然自失、まさにその単語がぴったりだった。 「日和……」  二人は自然に身を重ねた。  体が冷たい。  早くここから移動しないと。  互いにそう考えた。  もぬけの殻になったウツロと万城目日和は、魂を抜かれたようにとぼとぼと歩きはじめた。

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