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第82話 逆襲の海

「やれやれ、なんてザマだディオティマ? 羽柴雛多(はしば ひなた)とかいうルーキーにそこまでボロボロにされた挙句、龍影会(りゅうえいかい)からは見逃される屈辱をむざむざ味わうとは」 「試合に負けても勝負に勝てば良いのです」 「言っていろ、負けは負けだ。俺なら恥をしのんで自害しているところだ」 「武人というものはまったく、生真面目が過ぎますね。そんなことでは生き残れません。人間には狡猾さが必要なのであって――」 「わかったわかった。口を動かす暇があるのなら少しは休んでろ」 「ふん」  ディオティマと合流したグラウコンは、このように皮肉の応酬に余念がなかった。  潜水艇は東へと向かっている。  まだ日本の領海内ではあるが、当然アメリカを介して国内の関係各所へは根回しをしてあった。  船舶や漁船のソナーにキャッチされては面倒なので、小型のクジラに擬態可能なステルス機能を発動させている。  念のために少しずつ、海の奥深くへと潜行を続けてはいるが。 「あの美影(みかげ)が、よもやわたしを逃がすとは思いませんでしたが」 「何よりもお家や組織のことを最優先で考えるやつだ。誰よりも状況をよく把握している。七卿(しちきょう)をもあざむくことで、龍影会に対しても、われらに対しても便宜を図ったというわけか」 「おそろしく知恵の回ることです。血筋などというものが、そんなに大事なのですかね」 「日本人の考えそうなことだ。それがときに、身を滅ぼすこともあるようだが」 「人というものは必ずしも、一枚岩にはなれないのですよ」 「大きくなればなるほどにな」  グラウコンがくつろぐ中、ディオティマは簡易的な治療で応急処置を試みている。  焼けただれた肌もバイオテクノロジーによって、だいぶマシには見えるようになってきた。 「バニーハートは? 本当に始末されたと思うか?」 「さあ、どうだか。ひそかに生かされ、いまごろわれらの秘密を聞き出されているかもしれませんね」 「口を割ることはないにしても、頭の中を読めるアルトラ使いがいたっておかしくはないな」 「ティレシアスも懐柔されたようですし、どの道同じことでしょう」 「適当だな。情報がダダ漏れになるかもしれんのだぞ?」 「よいのではないですか。知られたところでわれらを止められるとでも?」 「まあ、そうだな」  魔女と魔人はニヤニヤと笑いあった。 「アガトンがさびしがっているだろう。早いとこ帰ってやらないとな」 「あしあたり西海岸へ上陸し、シリコンバレーにあるサブのラボへ――」 「待て、ディオティマ――」 「――?」  グラウコンは姿勢を正し、神経を研ぎ澄ます。 「何者かが、こちらへ近づいてくる……しかも、すごい速さでだ。魚類や機械の類ではない……このすさまじいパワーは、生身の人間……しかも、二体いる」 「龍影会がやはり追っ手を放ったということでしょうか?」 「いや、違う。このオーラには覚えがある。ついさっきまで、感じていたものだ」 「では、まさか……」 「くくっ、さっそく来てくれたか、柾樹(まさき)……!」 「な、南柾樹(みなみ まさき)ですって? すると、もうひとりは……」  潜水艇が大きな音を立てて振動する。  浸水を告げるアラートが鳴り響いた。 ―― 緊急浮上します 緊急浮上します ――  耐圧式のガラス窓に何かが貼りついている。  透きとおった、ダンゴムシに似た大きな生物。 「これは、オオグソクムシ……すると、まさか……」  海面のすぐ上では「二体の戦士」が腕を組んで待っていた。 「ほらほら、浮いてきたぜ?」 「虫に敗北するテクノロジーなど涙目だな」  南柾樹、そしてウツロ。  浮上してくるガラクタ(・・・・)を、二人はしてやったりと見下ろしている。 「うっ、ウツロおおおおお――っ!」  魔女の咆哮が、制御を失った機械のむくろの中にこだました。

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