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短編(前編)

魔族の王子×女装スパイ男子 ※女装潜入しているので女口調多め。 ※舞台である国は男尊女卑の差別が激しい。 ※ちょっと迂闊な受け。 ※媚薬有り。 ※エロは座位、受けが主に動く。 ※少しシリアスと少しコメディ風味。 視点移動有り。 「魔王国にスパイに行ってくれ」 「スパイ…? あの男同士の恋愛が主流の国にですか!? 嫌です!! 毒牙に掛かりたくない!!!」  父に呼び出しを受け、いつもの諜報活動関係の仕事かと思いきやまさかの魔王国への潜入。  魔王国は男性愛者しかいないと言うのは周知の事実なのである…!  そんな所へ男がノコノコ出向けばその日に処女喪失♂してしまうではないかと俺は顔を真っ青にして震え上がった(それを話してくれた知人は幸せそうだった)。 「話を最後まで聞け! 何もそのまま行けとは言ってない」 「と、なりますと…?」  俺は若干の困惑を胸に父を見つめた。 「お前は変装が得意だろう。それも、女装が」 「まぁ、はい。楽しいですからね。違う自分を演じるのとか」 「女装して隣国に行けば男に好かれる事はあるまい…むしろお前の女装の腕を見込んで、王から頼まれた仕事を回そうと思ったのだ」 「はぁ…まぁ、そうですね。ですがそれなら女性に行かせれば宜しいのでは?」 「女性にとっては過酷で危険が隣合うだろう魔王国だ。適任者は親族の中でお前しかいない…変装も得意で影としての訓練を重ね優秀な成績を誇るお前が」  そう言われてしまっては断りづらい。むしろ…嬉しい。  この家は代々影として諜報活動を得意としている。  子供の頃から暗器を仕込み、忍び足、変装、得意な技術を伸ばし、あらゆる場所に潜伏する為の技を身に付けさせられる。  俺は得意な技術が変装だった為、体の細さ小ささを生かし少年・少女、女性を特に演じていた。  いつしかそれが趣味になって身に纏うドレスを手作りするまでになっていたが…まぁ、スパイでは役立つので問題無い。  俺のささやかな喜びを読み取ったのだろう、父は畳み掛けるように口を開く。 「もし三年間無事に情報収集出来れば、その貢献度に応じてお前がやりたがっていた女装専門店を開店してやっても━━」 「やります」  女装の楽しさを広めたい俺としてはこの任務、絶対にやり遂げなければならない。  例え魔王国が野獣(♂)の巣くう国だとしても━━。 「開店したら父上にも是非着て貰いたいのですが」 「あ、失敗しても一向に構わんぞわしは」 「父上はオールラウンダーでしょう! 女装だって出来る癖に勿体無い!」 「育て方間違えたかな」 ~~~~~  魔王国は魔法が中心の国である。  住民の殆どが魔族または魔法を使える者のみで占められ、魔法が弱い者や使えない余所者を見下す事が普通という者達が多い。  そして、その中でも特に女性を強く嫌う。  まあそれと言うのもこの国の“男同士の恋愛が主流”という風潮のせいであるのだが━━。 『おい、女。  貴様のような下賎な者がこの魔王国に足を踏み入れられる事を泣いて喜べ。  本来であれば女など一歩足りともこの地を踏ませたくないのだからな』 「……ドウモアリガトウゴザイマス」 『チッ』  国境にある門で門番をしている兵士が尊大な態度で顎をしゃくった。  さっさと行けと言う事だろう。  兵士に賄賂を渡し(女性は賄賂無しでは通して貰えない為だ)門を抜ける。 (初っぱなからこんな態度じゃ、この先が思いやられるな)  だが、この国に逃げ込みたがる女性は多い。  何故ならこの国では性的に襲われる事は全く無いからだ。  暴言暴力はあるものの、それさえ耐えられるのであれば女性としての尊厳は確実に守られる。  訳アリや心に傷を負った女性達がひっそりと暮らす街もあるらしい。 「なぁ、良いだろ?」 「こ、困ります!」 「抵抗すんなよ、可愛がってやるだけなんだからさぁ」  悲鳴が聞こえた方に顔を向けると、悪そうな顔をした男が誰かを路地裏に連れ込もうとしている。  連れ込まれそうになっているのは小柄な体格の━━ 「僕、男です! 男なんですっっ!!」 「あ? 男だから可愛がるに決まってんだろ?  お前みたいな可愛い顔した男をみーんな食いたくて食いたくて仕方ねーんだよぉ…ジュル」 (この街治安悪過ぎない? 入ってすぐとか…いや、外から来る人間が多いからこそ、なのか)  獲物を狙ってゴロツキが張り込んでてもおかしくない。  俺はつかつかと歩み寄り、男の服を剥がす事に夢中なゴロツキの頭を思い切り肘でぶっ叩いた。 「ふげぇっ!!!」  ゴロツキは俺の肘鉄一発で気絶した。  小柄な男は尻餅をついてぷるぷると震え━━ 「怖かったですぅうう!!!」  がばっと抱き付いて来た。  男に抱き付かれる趣味はないので避けると、「あうっ!」と地面にスッ転んでいた。 「貴方迂闊だわ。この国の事知らないのかしら?」 「え?えと…」 「とりあえず、ここにいたらまた襲われるわよ。なるべく早くこの国から出て行く事をオススメするわ」 「あっあっ、待って下さいい!!」  小柄な男はさっと歩き出した俺の後を追い掛けて来た。  面倒なヤツを助けちまったかと思いつつ “女もOK” と書かれた喫茶店(ここでも差別が激しいな…)に入ると男も一緒に入って来た。 「ご一緒ですか?」 「いや、違━━」 「一緒です!」  思わず小柄な男を睨むと、ニコニコ笑って俺を見ていた。 (はあ? 勘弁してくれよ、俺は諜報活動に来たんであってお守りに来た訳じゃねーぞ)  席に着くと男が早速口を開き、ペコリと頭を下げた。 「助けてくれて、有難う御座いましたっ…!」 「ああ、ハイハイ」 「僕、この国で働くように言われて右も左も分からないまま来たからいきなり襲われそうになるなんて思わなくて…貴方のお陰で助かりました!」  目をウルウルとさせながら俺の目を見つめる男はなるほど、この国の男にはかなりモテるんだろうなと思う。 「言っとくけど私、面倒見ないからね?」 「貴方はどこへ行くんですか?」 「なんでそれを貴方に言わなきゃならないの」 「だって…気になるんですもん」  気になるからって根掘り葉掘り聞かれちゃ堪らない。  こちとら遊びに来ているのではない。  この魔王国に自分の夢を叶える為に(スパイしに)来ているのだから。 「一杯飲んだら私、行くから」 「じゃあ僕も」 「着いて来る気?やめてよ」 「そんな、僕、貴方の事を知りたくて…」  そんなしゅん…とされても困る。  もしかして助けられたからって恋されたとか?  ……いや、無いな。  ただ心細いだけだな、これは。  相手するのが面倒臭くなって然り気無く周りを見回す。  やはり女客は一割あれば良いと言った所。  そこかしこで腕や足は細いのに腹の膨れた妙な姿をした男が多いのは、魔王国に住む者達特有の生態なのだろうか。 「さてと、」  飲み終えたので席を立つと、男も慌てて席を立った。  飲み物は殆ど減って無いので最初から着いて来る気満々だったらしい。  無視してレジに向かうと後ろをちょこちょこ着いて来て、その動きに周りの男達が目の色を変えて見つめていた。  ……厄介な男と縁を持ってしまったらしいな…。 「お会計を…」 「あ、僕が払います」 「え、ちょっと」 「助けてくれたお礼の一つと言う事で」  妙に押しが強く、結局俺の分まで払われてしまった。  じろりと睨むと眉を下げながら申し訳なさそうに笑っている。  ため息を吐きながら歩き始めると男も歩き始め、別れるつもりはなさそうだった。 「へい、そこの可愛い子ちゃん!  …ってなんだよ、女持ちか」  早足で歩いていると街の男達に小柄な男が声を掛けられるも、俺がいるせいかギリギリ悔しそうに引き下がるのが横目で確認出来た。  もしかして俺、体よく利用されてる? 「な、なんか怖いですねこの街」 「…ほんとに知らないのね。この街というより国が男との恋愛中心だから女は除け者なのよ。  だからあんたみたいに可愛い顔して小柄な体格の男はこの国では超絶モテるわよ…男にね」 「…やだな…。僕、好きな人は自分で見つけたいのに」 「それならさっさと出て行きなさい」 「あうっ! この国の仕事の紹介状しか持ってないんですぅっ…!」 「なら死力を尽くして尻を守るのね」  それにしてもこいつどこまで着いて来る気なんだろうか。  馬車に乗っても着いて来てあれこれ喋り掛けて来るし途中で降りる気配もないし。  このまま行くと王城なんだが…。 「で? 貴方いつまで着いて来る気なの?」 「だって、方向が同じなんですもん…」 「本当かどうか怪しい所ね」 「本当なんですっ!」  まさか王城で働くとか言わないよな?  俺の紹介状は俺の変装元の女性の身柄のもの。  ちゃんと父がツテを使って仕込んだ本物の紹介状だ。余所者がそう簡単に王城勤務出来る訳じゃない。 「まさか、あんた…」 「えっ、なんか疑われてます!? ほらっ! これ! これが紹介状ですっ!」  そんなホイホイ見せて良いものではないのだが、目の前に突き付けられたからには見てしまう。 「……淫魔国?」 「はいっ! 内緒ですよ!」  内緒もくそも思いっきり俺に見せてる時点でどうなのか。  それにしても淫魔国はたしか南の方の小さい国だったような。  住民はほぼ淫魔か淫魔の血を継いでおり、特殊な体をしているらしいが…。 「あんた淫魔なの?」 「えへへ…な、内緒ですよ? ハーフなので翼と角を隠して人型をとってるんです」 「ふぅん」  あくまで俺の仕事はこの国の情報を探る事なのだ。  他所の国の情報まで欲張って集めると怪しまれる率が跳ね上がる。  男がペラペラと勝手に話す分には自由だが、踏み込んではいけないだろう。 「それよりも…本当に王城勤務なのね」 「一緒ですか?」 「残念ながらね」 「良かったです…! 今日から一緒に頑張りましょう!」  安心したような顔をしているけど、忘れてないだろうか。 「私と貴方、働く所は別の場所だと思うわよ」 「え?」 「当たり前でしょう。私の性別は女なの」 「え? でも…えっ?」  心底困惑したような顔をされるが、何故同じ場所だと思ったのか。  変装して見た目的には女である以上、男の雑用係とは違う所に配属されるに決まってるだろうに。 「ああ、やっと王城だわ」  長かった馬車の道…ようやく王城へと辿り着く。  俺の潜入生活の始まりである。 「まぁ精々頑張りなさいな」 「あっ、あの、名前…名前だけでもっ…!」  そう聞かれて簡単には会わないだろうと俺は偽物の名前を教えてやる事にした。 「ルーシャルよ」 「ルーシャル、さん……僕はファリラス、あの、」 「それじゃあお先に」  さっさと二人いる城の門番の片方に紹介状を見せる。  門番達はまともらしく、俺が女の見た目だからと嘲ったりはしなかった。 「ルーシャル、待ってよ…!」 「貴方も早く渡しなさい。案内人は違うと思うから」 「う、うう…」  可愛らしい見た目をしているファリラスは門番達の目にもそう見えるらしく、少し頬を染めて見られていた。 「畏まりました、少々お待ち下さい」  門番が空に向かって指を振る。  さすがは魔王国、門番すらも容易く魔法を使うとは…。  少しして王城の向こうから二人の男が歩いて来た。 「ファリラスは私に着いて来て下さい」 「ルーシャルとは違う所なんですか…?」 「彼女は女性ですから」  ファリラスが俺をチラチラと見ながらも案内人に着いて行くのを見てホッとする。  なんだかトラブルメーカーな気配がしたので。 「貴女は私に着いて来なさい」  一つ頷き、案内人の後を着いて行く。  王城の裏手側に回り、内部に入りながら仕事の説明をされる。  やはり男尊女卑の国、厳しい労働環境…と思ったのだが、以外にも仕事内容は母国と殆ど変わらないようだ。 「雑用係を希望されていたので、人が少ない場所を見極めて行動して貰う事になる。  魔法は使えないとの事で、炊事洗濯掃除…主に下働きの者達の為の場所へ行って貰う」 「畏まりました」 「だが紹介状に書かれていた化粧や紅茶を入れるのが得意だと言う点はただの雑用にしておくには惜しい。  あれらは魔法だけでは良い味が出ぬ。  わざわざ紅茶の味を良くする為だけにその魔法を極める変わり者などいないからな」  魔法だけでなんでもかんでも出来ると思いがちだが、限度はあるらしい。  子供の頃は魔法で違う服に変えられるのか! とドキドキしながら物語を読んだものだが、現実では空間に衣装を入れて瞬間移動させる、もしくは着ている服の糸をほどいて瞬時に思い描いた別の服装へ変えるなどといった高度な技術かつ練習がかなり必要なあまり夢の無い魔法だと調べた時にガッカリした程だ。 「試しに紅茶を入れて貰おうか。美味く出来れば雑用係の合間に紅茶を入れる仕事を与えたい」 「ご期待に添えられるよう精一杯淹れさせて頂きます」  広々とした給湯室に案内され、給湯ポットの使い方や茶器の場所等を教えて貰い、紅茶を淹れる。  茶葉を蒸らしていると、入り口が少し騒がしくなったので顔を上げると、やけに綺麗な顔と高貴な身形をした男とその男の護衛らしき者達が立っている事に気が付いた。 「これは、クレイモンド王子」  案内人が頭を下げた為、俺もそれに倣う。この魔族が第一王子か。  ゆくゆくは王家に近しい者と親睦を深め、手っ取り早く重要な情報を引き出したいとは思っていたが…いきなり王太子と出会うとは。 『ああ、楽にしてくれ。  私はただ生活を支えてくれている者達の仕事ぶりを見に来ただけだ』 「有難う御座います、殿下が目に掛けて下さるおかげで魔法が使えない下働きの者達も働きやすくなったと喜んでおります」  この国の男が女性を下に見るように、貴族等の位の高い者達が平民を下に見る事は他の国でも良くある事。  それを思うに…この王子はかなりの人格者らしい。 『この者は?』 「は、今日からこの城で雑用として働くルーシャルという者です」 「ルーシャルと申します」  お辞儀をしてなるべく心象を良くしようと努める。  もしかしたらほんの少し位は記憶に残るかもしれない。 『なるほど女性か』 「女性ではありますが化粧や紅茶が得意らしいのでその腕を見せて貰っていた所です」  驚いた。  男尊女卑の激しい国だというのに第一王子は差別が無いようだ。  俺は案内人の視線を貰い、紅茶を2つのカップに注いだ。  そのカップの一つを王子の側にいた騎士が手を翳し、王子に向かって頷いた。 『では頂こう』  同時に紅茶を飲んだ二人は軽く目を見開いた。 『ほう』 「これはこれは」  二人して匂いを嗅いだり再び口にしたりと味を確かめていたが、やがて全て飲みきったのか、カップを置いた。 『見事な腕前だな。私の側仕えでもここまでの味は出せない』  そうだろうそうだろう。  紅茶を淹れる練習は沢山やったからな。  女装して紅茶を淹れる姿も練習したとも。  どれだけ美しく見せながら美味い紅茶を淹れるかにハマってた頃はメイド達含め家族達も苦笑いしていた位だ。 「お褒めに預かり光栄です」 「ただの雑用係にしておくには少し勿体ないですね」 『そうだな。だが初日なのだろう?  この城に慣れない内はしばらく雑用係として働いて顔見知りを作るのが良いだろう』  顔見知りねぇ。  この城の中でもやはり差別はあるだろうから男女共にあまり作れる気はしない。  そこは俺の話術次第……いや、女性を下に見ている奴らを気分良くさせて口を軽くして情報収集する方が合ってるか。  男とバレるまで身の危険は無いのだからそういう意味では結構気楽なのが有難い所。  女装していて恐ろしいのは女性で遊ぼうと体目当てで来られるパターンだからな。  ちゃんと胸は盛ってあるが、パッドが取られないかあの時はヒヤヒヤしたもんだ。  王子が騎士達と給湯室を出ていった後、案内人が下働きの現場を見学させてくれ、夕方頃に食堂、そして下働き用の寝室まで案内して別れた。 「とりあえず明日の朝にちゃんと紹介してくれるっつってたから明日から本格的に動くとしますか~……」  ウィッグを外し、ベッドにごろりと転がる。  化粧落として肌整えないと翌朝に響くと思いつつ、疲れた体に抗えずそのまま俺は眠ってしまった。 ~~~~~ 「今日から雑用係が二人増える。  ファリラスとルーシャルだ」 「宜しくお願い致します」 「よ、宜しくお願いしますっ」  ファリラスの外見とおどおどとした態度に男の使用人達は目の色を変えていた。  やはり男性恋愛至上主義である以上、俺には目もくれない。  だが少ないながらも俺の他に女性の使用人もチラホラといて、変に目立たないのは良い事だと思う。  ほら、一人で暴言暴力的な苛めを受けずに済むという意味で。……無いと思いたいけどね! 「それでは各自持ち場に行くように。  ファリラスは向こう、ルーシャルはあっちで指示を受けるように」  今日はどこが向いているかという試用期間らしい。  二時間毎に別の職場に回され、終業時にはどれも完璧でどこに回せば良いか困ると言われた。 「女にしておくには惜しい」  というのはこの国最大の褒め言葉なのだろう。まあ男なんだけどね。 「とりあえず明日からは人が足りない場所に随時派遣する事にする。  何か足りない物などあれば言ってくれ」 「あの、とても良くして頂いてるのは非常に分かるのですが…どうしてか聞いても構いませんか?」  今日1日働いてみて女性に対しての当たりがかなりキツイ事を学んだ。  一回でも些細な事でもミスをすれば「これだから女は」という言葉と冷たい目が降る。  多分まだ新人っぽい女の子は涙目で、「女は弱すぎてすぐ泣くから嫌いだ」と目の前で言われて泣きながら仕事をしていた。  その逆にファリラスが転んで洗濯した服を台無しにしても「全くドジだなぁ」「気を付けろよ?ほら」「持ってるヤツ洗濯しといてやるよ」と優しげに声を掛けられ、擦りむいた足が痛いと涙目になっていれば「大丈夫か!?」「可哀想に」「魔法であっという間に治してやるからな」と至れり尽くせり。  調理場の女の子が指を深めに切ったら「下手くそ」「包帯の無駄遣い」「もう来なくて良いよお前」という辛辣さなのに。 (胸糞悪……)  この国で働く女性が少ない訳がとても良く分かる。  こんなにも明らかな差別をされるなら他所の国の方がよっぽどマシだろう。  なんらかの理由で魔王国に逃げ込んだ女性達には悪いが、この国では幸せになれないに違いない。 「君の事はクレイモンド王子から目に掛けておいてくれと言われている。  殿下は君の美味い紅茶を淹れる腕を大層気に入ったらしい」  たまたま会ってたまたま紅茶をご馳走しただけだったが、それが功を奏したというわけか。  上手くいけば王子の側仕えとして召し上げられる可能性もありそうだ。……これは俺の夢を叶えられる日も早まるか? 「それは有難い事で御座います」 「君は所作も綺麗だからもしかすると近い内に紅茶を淹れる仕事を任されるようになるかもしれないな。  まぁその時は女性だと分からないように顔と体型を隠すよう指示されるだろうが、気を悪くしないように」 「承知しております」 ~~~~~  二週間もすると俺の完璧な仕事振りに目を付けた使用人の男達が俺に仕事を押し付け始めたり「女がでしゃばるな」と見下されたりとちょっとしたトラブルはあったものの、すぐに元に戻った。  それというのも━━ 『やぁ、ルーシャル。  今日は大量の洗濯物に埋もれていないみたいだな』 「…その節はどうも有難う御座いました」  クレイモンド王子がちょくちょく覗きに来るようになったせいだ。  仕事を始めて一週間後に顔を出した王子の目の前で俺が他の男達に汗の臭いが迸る洗濯物を押し付けられていた所を目撃されてからというもの、王子はそんなトラブルが日常茶飯事だという事に心を痛め、見回り強化と改善策を取ってくれたのだ。  女性は女性同士で仕事が出来るように、女性を不当に虐げる行為は厳罰に処すなどなど。  おかげで男の使用人から情報収集がしづらくなったので、俺個人としては王子にはあまり良い思いは無い。 『そろそろこの城で働く事には慣れたか?』 「ええ、まあ。  クレイモンド王子は今日もお忙しいのでは…」 『君は我慢強いみたいだから気になってね』  いや、正直虫の居所が悪いので早く出て行けと言外に言ってるのだが?  王子はそんな俺の気持ちなど露知らず、楽しそうに話をしている。 『それでだな、今度私の休憩時間に紅茶を淹れて貰いたいと思って』 「…え?」 『君の紅茶の味が忘れられなくて。  側仕えに何度か色々工夫して貰ったんだが、どうも上手くいかない。  それなら君に淹れて貰ったら良いじゃないかと思って』  それは……俺にとって良い話では?  もう、それを早く言ってくれよ! と俺は機嫌良く笑った。 「私で良ければお力になりたいと思います」 『…っ』  王子が口元を手で覆った。  いきなりなんだと首を傾げると目を逸らされた。 「…あの、どうかされましたか?」 『いや、なんでもない。  それではまた、紅茶の件は後で伝える』  王子と騎士達はさっさと他の場所へ行ってしまった。  頬が少し赤かった気がするが、この国に住む者達が女性に恋する事は無いだろうとその可能性を完全に除外した。 ~~~~~ 『私が女性に恋した…と言ったらおかしいか』 『あの下働きの女性にですか?』  何故かあの時見せたルーシャルの屈託の無い笑みに心臓が跳ねた。  そして今も彼女の事を思い浮かべると胸がざわつくのを感じている。 『恋に落ちるのに月日は関係ないどころか同性ではないなんて思わなかった』 『ですが殿下。周りには内緒にされた方が宜しいかと』 『ああ。分かってる。この国が歪んでいる事も、強く縛られている事もちゃんとね…』  この国も昔は他の国と同じだったのだ。  それがある者の呪いのせいで500年もの間掛けて歪みに歪んでしまった今がある。 『この呪いが解ける日は来るのだろうか』 『いっそ解けない方が今のこの国に取っては幸せでしょうね』  私はそうは思わない。  今のこの国は歪められた力の上に立つ仮初めの平和に過ぎない。  魔法があるからこそなんとかなっているに過ぎない。  他の国のように男女が寄り添い、それぞれに出来る事を全うするのが自然の摂理というものではないかと思っている。 『ルーシャル…』  彼女がこの国に来た経緯は知らない。  だが私は彼女との出会いをこの上なく喜ばしいものだと認識している。  偶然その日思い立って下働きの者達の働く現場を見に行った自分を大いに褒めたいと思った。 ~~~~~ 『ん、今日の紅茶も美味しい』 「お褒めに預かり光栄です。それでは失礼します」 『もう行ってしまうのか?』  クレイモンド王子の休憩時間に呼ばれるようになって以来、ほぼ毎日のように顔を会わせている。  王子は話に飢えているのか、紅茶を淹れ終わって用事が済んだ俺を毎回引き留めたがるのだ。 「私も仕事がありますので」 『まあそう固いことを言わないで。少し話に付き合ってくれ』  そう言って毎回休憩時間いっぱいまで付き合わされる身にもなって欲しいものである…と思いつつもたまに世間話ではなく、この国特有の話を聞けたりもするから俺もつい毎回引き留められるがままに付き合ってしまうのだが。 『魔王国にしか自生しない特殊な花があってね、それがまた断崖絶壁にしか咲かないものだから値上がりしてるんだ。  ルーシャルは欲しい?』 「いえ、いりません。貰っても飾る所がありませんから」 『私の部屋に飾ったら見に来てくれるかな?』 「下働きである自分がその花を見る為だけにわざわざここに来るのはおかしいでしょう」 『私が許可を出しておくから』 「そういう問題ではありません」  新たな情報ゲット…は良いのだけど、最近妙に踏み込んでくるんだよなぁ…。  この王子大丈夫か?と思わないでもない。  あまりに一人の下働きを優遇し過ぎて今でもかなりのヘイトをかっている俺の身を考えろと言いたい。  一応下働きの責任者に俺の事を見ておくように言ってくれてはいたが、隠れてコソコソやるヤツはいる。  責任者だって俺ばかり見ている訳にもいかないからな。  俺じゃなけりゃ今頃は沸かしたお湯を掛けられたり仕事をまともに行えないように妨害されたり、強い陰口や直接の暴力に追い詰められて重症を負って泣く泣くやめざるを得ないようにされている所だぜ。 『いや…そのだな…あー…』 「なんですか、ハッキリ言って下さい」  今日はいやに歯切れが悪いなと思ったのも束の間、 『部屋に自由に入る許可を出しておくから…その、私と恋愛の真似事をしてくれないだろうか』  その言葉に一瞬時が止まった気がした。 「は、いえ、何をおっしゃっているのか分かりかねます」  俺は激しく動揺してポットやカップを載せたカートを押す手が震えてしまった。  だってこんなの予想できるか。  この国で女性に対して恋愛感情を持つ事はないと決めつけた矢先の事で、寝耳に水どころか滝が降ってきたような心地。  仮初めの平穏が崩れる音を聞いた。 『お願いだ。この気持ちがなんなのか、私はちゃんと知りたい。  どうか、女性である君に頼みたいのだ…』 「申し訳ありませんが、そういったお願いはいくら雇って頂いている立場とはいえども聞き入れられません。  失礼致します」  王子との縁が切れるのは残念だが致し方ない。  まさかこの男性恋愛しかない国で女性に化けたにも関わらず恋愛感情を持たれるとは思っていなかったのだから。  性別をバラしてしまえばもしかして恋愛感情が冷めるか…? と思えども、この国の男の事だ。逆に惚れ直してしまう可能性がある。  それに王子から俺の本当の性別について周りの者に言わないとも限らない。  というわけで性別がバレる訳にも行かず、俺は王子から距離を置こうとした。 『待ってくれ!』  王子が俺を慌てて引き留めようと手を伸ばした先に髪の毛があったらしい。  強く引っ張られる感触にヤバいと思ったのも束の間、ずるりとウィッグが取れて短い地毛が露になってしまい、俺は焦りながら手で髪に触れた。 「っこれは、ですね」 『……そうか。私も、呪いには勝てなかったと…そういう事だったか』  病気で髪が伸びないとか家のしきたりでとか言い訳する間もなくバレた、っぽい。  王子の表情がガラリと変わり、熱っぽい眼差しにぐっと力が入ったからだ。 「の、呪いってなんですか」  誤魔化すように口を開いたが、呪いというのは気になったので問題無し。  これも父に教えてやれば喜ぶはずだ。 『この国は”エルシフ=ビージョ”の呪いに掛かっている。』 「“エルシフ……ビージョ”……?」 『歴史に残る大魔女の名だ。 『ビーエ=ルサイ=コウ』『ホ=モォ』『ハスハ=スペロペ=ロ』等の訳の分からない呪文を唱え、掛かったものはことごとく魔女の言いなりになってしまった。  この国に男同士の恋愛が多いのも、その大魔女の残した呪いによるものだ』 「そ、それでは子供は…」 『大魔女の呪いで、男同士が体を重ねると受け側となる男の尻に子宮が出来てしまう。  だから子供の問題は無いのだが…』  なんて恐ろしい呪いなんだ。  って事は道中で見た腹が大きい男達は病気ではなく赤ん坊がいると言う事……!?  そう気付いた瞬間の全身の寒気に体をぶるるっと震わせた。 『産まれる子供も男しかおらず、そのせいかこの国は男尊女卑の差別が非常に強い。  女に厳しいのはそのせいだ』 「そ、そこまで…」  男同士で子供が産まれるのもヤバイが、まさか男しか産まれないだなんて。  そりゃあ差別も捗るに決まってる。  俺は意を決して王子に向きなおった。 「…俺が性別を偽ったのは男に襲われたくなかったのと…金を貯めて叶えたい夢があるから。  だから、王子。俺が男だって事黙っていて下さい」  金を貯めて叶えたい夢は嘘では無い。  女装専門店を開くには金がいるから。  父から許可を得て援助して貰えたら開店が早くなるので今俺はこの国で頑張っているのである。 『…条件がある』  嫌な予感がビンビンするものの…言い触らされては堪らない。  付き合えとか恋人になれだとかそういう事でもない限りは飲むしかないだろうと俺は頷いた。 「聞くだけは聞きましょう」 『私の側仕え…いや、女装をしたままで良い。侍女になってくれ』  再び時が止まった気がする。 「は?」 『嫌か? それなら私と━━』 「ああ嫌じゃない嫌じゃないです! 侍女ですね、了解了解」  むしろこれはチャンスだ。  もっと情報を掴む為の。  というか普通に侍女やるのが面白そう。  この時の為に俺は紅茶の美味い入れ方や刺繍、洗濯、お菓子の作り方まで学んで来たのかもしれない(趣味&とことんやり込む性格)。 『良かった、断られたら強権を発動しかねなかった』 「暴君になりたいのですか?」 『いや、君だけだ』 「そういう言葉は将来本当に好きな方へどうぞ」 『…はは、手厳しい』  王子は苦笑しながらも嬉しそうだった。 『所で夢ってなに?』 「女装専門店を開店する事です」 『……なかなか、大きな夢だね』 「この国では絶対開けない夢ですね」  女性を嫌う国に女装専門店は真っ正面から喧嘩を売りに行ってるようなもの。  なので別に申告しても叶えるからここにいてくれとは言われ無いだろうと口を開いた。  思った通り困ったような顔をされたので、心の中でガッツポーズを決めて丸め込めるなら丸め込んでみな! と高笑いをした。 ~~~~~  近い。 「あ、あのクレイモンド様……」 『なんだ』 「ち、近い、です…」  敢えて女らしく恥じらってみたのだが、王子は鼻で笑って更に顔を寄せて来た。 『もしかしてわざと私に嫌われようとしているのではないか?』  嫌われようとしているというより、これ以上気に入られたくないからやってるんだけどな?  俺はため息を吐いて軽く胸を押すと、本気で迫るつもりはなかったようで王子は離れた。そもそもここ廊下だから! 「胸に手を当てて下さいましね。私がこういった態度を取る訳を」 『手厳しいな』  侍女になってからと言うもの、王子からの遠慮が一切消え去った。  紅茶の仕事を与えに王子自ら迎えに来るなど前代未聞の事である。  魔法があるのだからいつもみたいに魔法で呼び出せばこっちから行くというのに何をせっせと噂の種に水をやっているのだこの色ボケ王子が…!  と怒りたくなるのも分かって貰えると思う。  スパイが目立ってどうする。  どうしようもない、向こうから来るんだから! 『…おや、』  廊下を歩いていた時、正面から『臭いぞ!』と大きな声が聞こえ、驚きながら顔を上げるとそこにはどこかクレイモンド王子に似た男が綺麗な顔をこれでもかと歪めてこちらを睨んでいた。 『ああ、臭い、臭い…!!女の臭いだ…!!  ああ、その女を俺に近付けるなよ兄上…!  女の臭いが不愉快だからな!』 『おや、上に立つ者がそんな態度では頂けないな』 『ふん。兄上が女好きだなんて周りにどう思われるかの方が良くないだろう』 『彼女は私のお気に入りではあるが、私を女性好きと断言して下に見るのはどうかと思うが』  クレイモンド王子の言葉にフンと鼻をならしてさっさと歩き去って行ったあの魔族が言っていた『兄上』という言葉。  つまり、あの魔族はこの国の第二王子であるモラントリオ王子で間違いなさそうだ。 『あいつは呪いを濃く身の内に宿している為か男が好きで好きで仕方ないんだ。  だから見付かると…下手したら妊娠させられるぞ』 「ひいっ!?」 『あいつの前では絶対に男を見せない事だ。  女口調でも体が男で好みの顔なら食うヤツだ。  君は気も強いし強かだ。きっとあいつは魔法を使ってでも手篭めにしようとするだろう』 「絶対にやだ」  弟王子は超危険人物と。  しっかりメモしておかねば…。 『私も私専用の侍女がいなくなるのは嫌だな』  するりと腰を抱かれ引き寄せられる。  息が掛かる程の距離を一瞬で詰められた俺は頭を振りかぶって思い切りぶつけた。 『痛ッ』 「オホホホホホ、ごめんなさいましね、セクハラされたら撃退するのは当然でしてよ?」 『私の庇護下に入れば力の及ぶ限り守ってあげるよ?』 「そんなものリボンを巻いて叩きつけてやりますわ」 『ふふふふ…それは愉快だね』  なぁにが愉快だこのセクハラくそ野郎!! 「とりあえず、仕事がありますので失礼しますね」 『後で私の執務室に紅茶を持って来てくれ』 「畏まりました」  給湯室で別れ、お湯を用意する。  すると給湯室の窓の外から聞き覚えのある声が聞こえた。 「や、やんっ! やだ、やです…っ!」 『王子の俺がお前を抱いてやるって言ってる。  喜びこそすれ、拒絶するなど許されない…分かるだろ?』 「ひ、ひうう…」  俺は額に手をやった。  クレイモンド王子に言われた側からこれかと。  窓の外ではファリラスがモラントリオ王子に言い寄られ、体をまさぐられていた。 「ひゃっ! あ、ルーシャルさん! ルーシャルさん助けて下さいい…!!」  俺は頭を抱えて蹲りたくなった。  なんでどいつもこいつも厄介を持ち込んで来るんだよぉおおお…!!! 『ルーシャル…?』  モラントリオ王子が振り向いた先は俺。  そして次の瞬間、憤怒の形相で睨み付けて来た。 『貴様ぁ…女ごときが俺の獲物を横取りする気か…!!』  弟王子からゆらりと立ち上るのは濃い紫のモヤ。 「ッッ!!」  次の瞬間吹き飛ばされ、壁に激突する。  ウィッグが飛ばないよう抑えるのに必死で受け身を少ししか取れず苦悶の声をあげる。  くっそ…次から手間は掛かるが髪に縫い付けるようなウィッグに変更しねぇと…。  なんてのんびり考えてる暇は無い。  割れた窓からモラントリオ王子が入って俺の胸元をぐいっと掴んで引き寄せたのだ。 『貴様は直々に俺の爪で引き裂いてや、る……?』  王子の動きが止まり、困惑の表情が濃くなっていく。  逃げようと体を捻るが、ガッチリ偽ブラまで掴まれているせいか無理に動いて破けると男だと完全にバレる。 『…お前、』 『モラントリオ、そこまでにしろ』  途方に暮れていた時、クレイモンド王子が音を聞き付けたらしく、戻って来てくれた。  確かに王子相手には王子しかねぇよな…と遠い目になり掛けたが感謝はほんの少しだけしておく事にする。 『ルーシャル、紅茶の用意を持って着いておいで。お湯は沸いたみたいだから』 「はい」  クレイモンド王子が手をスッと上げると割れていたガラスが元に戻った。  モラントリオ王子が俺から視線を外さないのが非常に気になるが、無視してワゴンを押し、クレイモンド王子の元に戻った。  二人で歩き出しながら俺はクレイモンド王子にペコリとお辞儀をしておく。 「あ、有難う御座いました」 『…気を付けないとね…』 「…もしかして、バレましたかね」 『多分ね。弟は横暴だけど馬鹿じゃないから』  俺は本格的に頭を抱えた。

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