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番外編アツメターノ⑤ 圭過去編:ホワイトデー
売り場に並ぶのは、色とりどりの箱や缶などに入ったお菓子たち。女子ウケしそうな花や動物など、可愛らしい装飾が施されている。
「で、圭、どれにすんだ?」
「う~ん……」
大量の菓子たちを前に、真剣な顔をしながら商品を吟味していく。
休日、幼馴染のヒロと共に訪れたのは自宅近くのショッピングセンターだった。受験も終わり、あとは卒業式を待つだけとなった気楽な身の上だ。第一志望の公立高校の発表はまだ行われていないが、滑り止めの私立高校は既に合格を得ている。仮に第一志望が落ちたとしても、行先だけはある。友人たちとは別になってしまうため、できる限り避けたいが。
長かった受験から解放され、気楽な身の上だ。もう誰からも「勉強しろ」と言われないし、好きなことをしていても怒られることはない。
受験のために辞めてしまった体操教室に戻るかどうか悩んだが、高校生活が始まってから決めることにした。滑り止めの私立高校になってしまった場合、自宅から少し距離があるし、勉強についていけるか分からない。復帰してすぐにまた辞めてしまうくらいなら、少し様子を見ることにした。小学2年生の頃から通ってはいたが、大会で大活躍できるほど上手いという訳でもない。楽しくはあったものの、才能ある選手との差は大きいとひしひし感じていた。
時間を持て余していたところ、幼馴染のヒロに誘われて買い物に訪れていた。ヒロからのお誘いの言葉は「バレンタインのお返し」だった。好きな物を買ってくれるらしい。確かに強請られてコンビニのチロルチョコを1つ渡したが、さすがにその程度でお返しを貰おうなんて本気で考えてはいなかった。その場では冗談交じりで「3倍返しだ」とは伝えたが。
ホワイトデーの特設コーナーで大量の商品を見ながら悩むこと10分。全く決められない。どれも良い。ただ、値段がそれなりにする。圭の買ったチロルチョコなど、たったの20円だ。3倍返しにしても60円。ネタで言った100倍返しなら一応は2000円になるが、あれで2000円はさすがにあんまりだ。
売り場面積の約半分を占めるキャンディコーナーを見終わり、今度は隣の棚に並ぶクッキーコーナーを徘徊する。どれも美味しそうだが、コレという決め手にならない。
「う~ん……」
バレンタインのチョコ売り場と違い、ホワイトデーは男性から女性へと渡すため、男子2人でいても違和感はない。しかし、いつまでも決めきれず、ウロウロしているのは少し優柔不断かもしれない。何より、ずっと後ろをついてきているヒロに申し訳ない。この後、友人のナオも誘ってバッティングセンターに行く予定となっている。
クッキーコーナーも見終わり、その棚の後ろに回ると様々な菓子が並んでいた。バウムクーヘンやマカロン、チョコレート商品など多岐に渡っている。更に選択肢が増え、迷いに迷っていた。
棚の隅に置かれていた商品を見て、これだと閃いた。
「俺、これにする」
「はぁ? マシュマロ!?」
手に取った商品を見てヒロが盛大に驚くと共に、顔を引きつらせていた。
圭が選んだのは、「徳用」とデカデカと袋に書かれたマシュマロだった。ピンクや黄色、水色など、パステル系の淡い色使いの大粒のマシュマロが100粒近く入っている。
「圭、こんだけ色々あって、何でマシュマロなんだよ……」
「えー、マシュマロうめーじゃん」
去年の夏、友人たちとキャンプに行ってきた姉が教えてくれた焼きマシュマロの味を思い出してニンマリする。マシュマロはそのまま食べるかココアに浮かべるくらいしかやったことがなかったが、焼くことによって外側はサクッと、内側はトロリとした食感になり、その意外性に驚いた。これだけ大量に入っていれば、しばらくはマシュマロを楽しめる。
何より、『徳用』という文字にそそられた。お得は正義だ。
「これだけあればトーストにも使えるしー、……あっ! バターロールとかに挟んでも美味いかも」
袋を胸に抱えてデヘヘと笑う。口の中の唾液が増した。油断すると零れてしまいそうだ。
「……いや、まあ、圭がそれで良いってんなら……良いんだけどな?」
煮え切らない態度をする幼馴染を見てキョトンとする。いつもサッパリとした性格の友人にしては珍しい。価格も640円くらいだし、他の棚の商品と比べても遜色ないどころかお買い得だ。キャンディやクッキーのコーナーの商品は小さな缶なのに1000円近くする物も多い。やはり徳用は正義だ。
「予算オーバーなら俺、半分出すぜ?」
「いや、予算は全く問題ない。予算はな……」
抱えていたマシュマロの袋を取り上げられ、ヒロがレジへと向かった。予算が問題でないならどうしたのだろうか。全く見当がつかないまま、小首を傾げていた。
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自宅の居間で買ってもらったマシュマロを食べていると、ちょうど姉が帰宅してきた。圭が食べていたマシュマロを見て眉根を寄せる。
「……圭、あんた誰かに嫌われたの?」
「え? 何で? 別に嫌われてないと思うけど。……多分。あっ、ねーちゃんもマシュマロ食べる?」
袋の開け口を姉の方へと向ければ、姉は袋の中に手を突っ込み、5粒ほど掴み取った。100粒近く入っている大容量のマシュマロだから、いくら持って行っても気にならない。
「これ、どうしたの?」
「ヒロに貰った。バレンタインのお返しって」
「ヒロ君が!?」
姉が大声を出したため、驚いてココアの入ったマグカップを持ったまま硬直する。姉は目を大きく見開きながら圭へと身を近づけた。
「本当にヒロ君が圭にくれたの!?」
「う、うん。今日、ヒロと一緒にイオン行って買ってもらった。どれでも好きなの買って良いって言われたから」
「あー……つまり、圭が自分で選んだの?」
コクコクと頷く。姉は盛大な溜め息を吐き出し、今度は至極残念そうな顔をした。
「圭って、たまに残念な感性持ってるわよね。ヒロ君、可哀想に……」
「えー? 何でだよー」
それ以上、姉は圭の問いには答えず、冷蔵庫から缶ビールを取り出して圭の隣で飲み始めた。まだ日も暮れていないというのに、奔放な姉だと思う。
「鈍感には本当の気持ちなんて分かんないものよねぇ」
しみじみと言う姉は2缶目のビールのプルタブを開けている。先ほど1缶目を開けたばかりだというのに。
首を傾げながらもそれ以上教えてくれそうにない姉とくだらない話をしていると、夕飯の時間になり、マシュマロを食べすぎてあまり腹を空かせていない圭は母から小言を言われ、母を溺愛する父からも苦言を呈されるのだった。
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