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第1話
――また誕生日が巡ってくる。誰も、僕でさえも、心から祝えない誕生日が。
僕はもうすぐ二十歳 になる。
貴方がいなくなった年齢 だ。
「兄ちゃん……」
**
けして走るわけでもなく、それでいて少し早足で大学の北門へと向かう。これがいつもの僕のルートだ。アルバイト先へは正門よりも北門のほうが近い。
北門の前には桜の大木があり、今は見頃だ。
その前には小さな鳥居があった。正門の前にぽんとあるこの景色は酷く奇妙な感じもする。
樹齢千年。鳥居もその頃からあるのだろうとい見解で、その為この大学を建てる時に取り除いてしまうことが憚れたらしい。
(本当に見事だ……)
いつも見上げながら通り過ぎて行く。
K大学芸術学部の学生なら誰でも一度はモチーフにする。絵画科イラストレーション専攻の僕もまたこの風景をモチーフにしたことがある。
たわわに花をつけ、風に揺れて騒めく。
人一人を隠すくらいの幹の向こうに。
(あ……人が……)
今日も同じように通り過ぎようとして『その人』を見た。
彼はそこに佇み、桜を見上げている。
一瞬、時が止まったように思えた。
背筋にびりっと電流が走ったような感覚がして、また時が流れ出す。
僕はそのままいつも通り通り過ぎて、北門近くの駐輪場に行った。
「はぁ……」
それまで息を止めてたみたいに大きく息を吐く。
(なんだろう、変な感覚がした……そうだ、子どもの頃よく感じた、あれだ……久しぶりの感触)
僕は子どもの頃『人ならざるもの』を見ることがあった。今はそれはない。いつの間にかなくなっていた。
今『あの男の人』を見た時その時と同じような感覚がした。
(でもあの人……人間だよな……? 誰なんだろう)
スーツを来た三十前後の男性。
(見たことないけど……新しい先生とか?)
なんだか酷く気に掛かる。
気に掛かるが、今は漠然としててどうすることも出来ない。それにもう二度と会わない可能性のほうが高いだろう。
I市『桜の森』。二十年程前に開発された新興住宅地。最寄りの何処の駅からもバスで三十分は掛かる田舎。K大学芸術学部の校舎はその『桜の森』の北の端にある。
K大学の本拠地は湘南の海沿いにあり『湘南の海を臨む大学』を看板にしていた。しかし『芸術学部』だけは違う。『芸術学部』の前進は『教育学部芸術学科』で、それが十七年前学校長が変わったのを機に『芸術学部』として新設された。更にその四年後、芸術学部はI市『桜の森』に移転――受験用のパンフレットにはそんな記載があった。
僕世代は完全にこの校舎からの出発で当然海は見えない。しかし中にはK大学= 湘南のイメージで入学した学生もいて「看板に偽りあり〜」と嘆いている。『湘南』というだけで憧れを持つ者はそれなりにいるらしい。
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