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第100話
蒼矢の紅い舌がペロリと自分の唇をひと舐めした。
(えろ……)
一瞬肉食獣的な雰囲気が醸しだされる。
(なんか今、見てはいけないものを見てしまったみたいな……)
自分がされたことをやっと理解して、かっと顔が熱くなる。
「そ、蒼矢さん、今のな、なに」
「だから、ついてるって言ったろ」
つんとさっき舐められた僕の口の横を軽く突 く。
「ふ、普通に言ってください」
動揺して声が震えてしまう。蒼矢はふふと艶っぽい笑みを浮かべた。
(なんか、なんか)
ゆっくりやっていこうって心に決めた矢先なのに。なんだか唐突に色っぽい空気に包まれたような気がした。
「はい」
混乱している僕の口元にケーキが差しだされていた。蒼矢は自分の皿のケーキを一口分フォークで掬っている。
「え……っ」
「食べて」
彼の行動の意図がいまいちわからないまま、条件反射のようにぱくりっと口に入れてしまった。その後は当然咀嚼する――はずだった。
「ん? んぐぐ」
咀嚼したのは僕ではない。蒼矢だった。
しかも、僕の舌ごと。
ケーキを口の中に入れた途端、蒼矢の唇が僕の唇を塞いだ。ケーキでもごもごの口内に容易く舌が入り込み、口内全体を舐め回しながらケーキを奪っては戻っていく。
苦しくて離れようとしても後頭部を押さえられていて動かすこともできない。
ケーキがすべてなくなってもその舌は口の中を貪り続ける。こんなに激しいキスは初めてで息もできなくて苦しいのに、だんだん気持ち良くなってきてしまう。
全身がざわざわと甘くさざめく。
やっと離れた時には身体の中心に熱を感じ始めていた。
声を上げそうになるのをどうにか抑える。
(こんなの知られたら恥ずかしいっ)
しかしそんな羞恥を蒼矢は更に煽った。軽い膨らみを目敏く見つけ、ハーフパンツの上から確認するように触れた。
「あ……っ蒼矢さ……」
「良かった、ちゃんと反応してくれて」
「…………」
僕は恥ずかしくて何も言えず、涙目で彼を見上げた。
(蒼矢さんがそんなこと言うなんてっ)
「何? 俺がきみに欲情しないとでも、思ってた?」
(そう思ってましたとも! さっきまでは)
心の中は煩いけど口には出せずただこくこくと頷く。
「触れたいくらい惹かれてるって言ったろ」
まだまだ全然余裕そうなの顔をしているのに。その手は忙しなくハーフパンツの中に入り込んでくる。
「あ……っ」
蒼矢の手が直に僕の昂りかけているものに触れただけで背筋に甘いものが走った。
「あゆに想いを伝えられずにいた時からこうしたいって思ってたよ――ごめんね、悪いオトナで」
姫抱きにされて隣の寝室に連れて行かれた。
「そ、蒼矢さん、待って」
自分に魅力がなくて『そういうこと』にならないなんて落ち込んでいた割には実際そういうことになりそうになると慌ててしまう。
「待たないよ」
蒼矢の声には情欲の色が滲んでいた。
ぽふっと無駄に広い蒼矢のベッドに置かれると、彼の匂いが鼻を擽ったような気がしてじわっと身体が熱くなる。さっき蒼矢の手の中に一回放った欲がまた擡げてくる。
(そういえば……)
とふと思いだす。蒼矢の実家の自室でのこと。
(あそこのベッドで兄ちゃんと蒼矢さんは……)
そう考えてもやもやしたのだった。
ここは兄が亡くなった後に建てられた家。
(僕が……初めて)
何もかも兄には敵わないと思っていた。兄には申し訳ないと思いつつ少しだけ嬉しい。
(これくらいのこと、兄ちゃんなら許してくれるかな)
「あゆ……好きだ……」
蒼矢が僕の身体を跨いで身体に触れてくる。太腿辺りに彼の熱を感じた。
(蒼矢さん、本当に僕に……)
唇に軽く口づけて僕の目を覗き込んでくる。
僕は覚悟を決めた。
実は少しだけ怖かったのだ。
「蒼矢さん……僕、本当は鳥飼さんにされたこと、まだ少し怖いんです……だから……」
うんと全部わかっていたかのように頷く。
「……優しくするよ、歩。無理だと思ったら言って」
蒼矢が首筋に顔を埋め、大きくて温かい手が優しく身体に触れ始めた。
* *
いつの間にか眠ってしまったらしい。
目を開けると間近に蒼矢の顔があった。僕は彼に腕枕をされていた。
(眠ってる蒼矢さん初めて見たかも)
欲に汚れた身体は綺麗に清められていた。
蒼矢は始終優しくしてくれたけれど、やはり痛みは伴った。
(でもね、怖くはなかったよ、蒼矢さん)
蒼矢の愛を感じた。
それだけで心が震えた。
痛みもあったが快感も得られた。
心も身体も繋がって、僕は今満ち足りた気持ちでいる。
Happy Birthday to me.
誕生日、おめでとう、僕。
今心からそう思える。
Fin.
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