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第1話

 電車の到着を知らせる音楽が鳴り、一斉に扉が開く。雪崩を起こしたように人は出て行き、同じ分量の波が吸い込まれる。その流れに乗って反対側に移動した佐久間潤(さくまじゅん)は空いている吊革につかまった。  背中をぎゅうと押され、負けないように足を踏ん張る。駅員の怒声と発車を知らせる音楽が再び響くのを聞きながらところてんみたいだなと思った。  押し出されては補充され、そしてまた押し出される。通勤ラッシュの電車はその繰り返しだ。  真夏日を日々更新する夏の車内はじめりとした熱気がこもっている。  汗が頬を伝い顎と首の隙間に溜まる。背中もシャワーを浴びたように汗をかき、シャツが張りついていた。  (匂ってないかな)  ハンカチで汗を拭いながら潤は車内を見回した。  香水や食べものの匂いや体臭を天井にある扇風機がかき混ぜるように左右に首を振る。  どんなに匂いがキツくても密室の箱では逃げ道がない。  潤はできるだけ身体を丸くし、息を潜めた。自分の大きい身体は満員電車のなかでは特に冷たい視線が向けられている気がしてしまう。  その視線から逃れるように車窓に視線を向けた。  丸々と太った身体とぱんぱんに膨らんだ両頬。髪は仕事柄短く切りそろえているだけで垢ぬけない。唯一の救いは肌が白いことぐらいだが逆にインドア派の印象を強く残す。  どこから見ても量産型デブおじさんだ。  窓に映る自分を眺めていると前に座っている女性と目が合い、嫌悪感のこもった視線を向けられた。  やはり匂っているのだろうか。それともデブだからだろうか。潤の不安が汗となって噴き出してシャツに染みを増やす。  「次は新宿、新宿」  機械的なアナウンスを聞き、あと何駅で降りれるかを心の中で素数のように唱えた。
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