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第14話

 紫央のせいにしてすみません、自分が悪うございました。自分が貴方に懸想しているからこんな有様に成り果てましたと、そう謝ってしまおうか。それとも刺激の強い本に負けるほど初心な自分を嗤われたら良かったのか。しかしもうすでに冗談では片づけられぬ雰囲気になってしまった。  紫央の挑発は心臓に悪い。魅惑的な美貌と相まって、すでに貴方の虜だと告げて、何もかも差し出してしまいたくなる。だが薔太は震える手で力なく胸を押し返す。 「だめ……」 「だめ?」  もがいている間に薔太の浴衣も帯も緩み、前身ごろがはだけてしまった。白い胸が露わになる。 「……紫央さん、そのうちあの秘書さんと御婚約されるんでしょう? 年下の従業員と変な関係なんじゃあって、勘ぐられたら。また周りから、なんて言われるか……」 (自分がどうこう言われるのは慣れてるから。平気。親に捨てられたとか、おじいちゃんたちの足手まといだとか。事実だもの。だけど俺と一緒にいるせいでしぃちゃんが悪く言われるのは耐えられない)  そんな本音を言うことは周りの意見に自分が押し負けたということになってしまう。そうではない。そんな生半可な気持ちで、紫央を慕ってきたわけではない。自分はあくまで紫央の為に身を引きたいのだと、そう自分を納得させたかった。 「薔太、今日大場から何か言われたのか? それとも母さんから?」  だが図星を指され、誤魔化しがきかぬほどびくっと身体が反応してしまった。 「ずっと、考えてたから。……僕、やっぱりこのままずるずるって、ここに居ちゃダメだと思う。大学を卒業するまではここにいようって思ったけど……。もう成人したし、ここを出てアパートを借りるよ」 (だって、自立もしないまましぃちゃんに甘えてここに居たら、それこそ……)  昼間の教授のいやらしい笑い顔が目に浮かぶ。一度でも彼に認められたと思っていた自分が馬鹿だった。最初からゴシップネタを自分が手に入れたように、薔太の生い立ちを面白がっていたに違いない。彼が言うことが本当ならば、妻を失った祖父は一人では生活が立ち行かず、娘を連れてまるでヒモか何かの様に紫央の元に転がり込んだような言いぶりだった。  そして孫である自分も、まるで軒を借りて母屋を乗っ取っているような、そんな存在に見られているのかもしれない。いや、もしかしたら愛人の子が図々しくも今度は直系である紫央に取り入っているように見えるのかもしれない。  今まで周りから自分がどう思われているのかなんて考えてもみなかった。紫央だけを見ていれば全ての事が足りる薔太の人生だった。だが昼間の話を聞き、これからずっとそれが許されるとは思えなかった。 (ちゃんと自立して、働いて、役に立ちたい。それでしか、まっとうにしぃちゃんの傍にはいられない) 「ごめんね、しぃちゃん。アパートの保証人になって欲しいとか、虫がいい話かもしれないけど……」 (そこからここに通わせて欲しいなんて、まだ甘えが過ぎるよね。それでも貴方の傍に居たいなんて、俺の我が儘を通していいのだろうか)  流石にどの面下げてそんなことを頼んでくると紫央に呆れられ、失望されそうで怖かった。だがどうしたって紫央と……、金蘭亭とのよすがをなくすことはできない。幼い頃から薔太にとっての唯一の生きる希望は、この箱庭のような場所で、紫央に寄り添い続けることだ。  図々しいやつとまた紫央の母には罵られるかもしれない。父の若い愛人が生んだ卑しい子と蔑まれ続けるかもしれない。でも祖父がずっと紫仙と共にあったように、自分も真心を込めて紫央に仕えたいのだ。 「ここから、出ていく?」  思いがけぬほど、低く、押し殺してはいたが怒気すら滲ませた声が紫央から発せられたことに、だから薔太は驚いた。 「ええ」 「……させないよ。俺の傍を離れるなんて」  ぐいっと掌で首根っこを掴まれた次の瞬間、唇が熱く柔らかなものに覆われる感触に見舞われ、薔太は大きな瞳をさらに見開いた。 「しぃ」  名前を呼ぼうと開いた唇を長い舌が口内にぬるりと入る。  鉄線の小説の中でついに口付けを許し、男の力強い腕の中で震える未亡人の描写が一瞬頭を過った。しかしすぐに何も考えられなくなるほど激しく唇を貪られながら、紫央の大きな掌がさらに襟を乱して薔太の薄い胸をまさぐる。乳首が指先に触れるとじんじんとした刺激にさらに下腹部が反応する。布をさらに押し上げ、痛い程だ。 「薔太、薔太」  初めて意中の相手から与えられた口づけに薔太は頭がぼうっとし、ぽってりと色づいた唇で吐息を弾ませるだけで精いっぱいだった。片手を紫央の背に回して衣を握りしめていると、紫央は薔太の足をあられもなく開かせ、上から伸し掛かってきた。

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