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第13話
あれやこの迷っているうちに、ふっとニヒルに笑った紫央にふわりと枕を持ち上げられた。
「ああ、駄目」
まるで男兄弟が悪ふざけをするように、薔太は取られた枕を取り戻そうと長い紫央の手先を追いかけたが、二人は身長差があるから膝立ちをしても届かない。
「しぃちゃん、意地悪しないで」
「なにが意地悪だ?」
ずき、ずくんっとまだ股間は痛み、薔太は半泣きになりながら枕を奪い返そうと紫央の襟をぎゅっと掴んだ。
枕を巡った攻防が起こり、何がなんやら分からぬうちに、二人は和紙の行灯だけで仄暗い部屋の中、布団の上に倒れ込んでしまった。
枕は部屋の隅に転がり、薔太は敷き布団に押し倒された形になった。暴れたせいで浴衣の裾が乱れ、一番隠したかった灰色のブリーフの膨らみと滲んだ染み、そこだけは日に焼けぬまま白い太腿などが露わになっている。
紫央は紫央で薔太に浴衣の襟を乱され、逞しい胸筋を晒していた。まだ少し濡れた黒髪が乱れ、昼間は綺麗に髪をセットした隙の無い姿と違い、どこか野性的な色気を漂わせている。美男過ぎて目のやり場に困る。頬がかあっと熱くなり、余計に身体が反応してしまった。
「しぃちゃん、離して」
「別に恥ずかしがらなくてもいいだろ。お前の事で俺が知らないことなんて何もない」
「……恥ずかしいに決まってるでしょう!」
倒れるときに頭をそっと庇ってくれたから、薔太は腕枕の状態で抱きかかえられたままだ。子供の頃は年の離れた紫央に飛びついたり肩車してもらったりしていたものだが、流石に成人した今は猛烈に恥ずかしい。高まりを紫央の胴に押し付ける形になってしまって、もう涙目でしかない。また暴れようにも紫央が背に回してきた腕はびくともしなかった。
「恥ずかしがる薔太が可愛すぎて、止められなかった。すまん」
「ああ、もう……」
薔太が大人しくなったのを見て、紫央はくすりと笑うと、大きな掌を薔太の頭の後ろに回して、厚い胸板に顔を押し付けた。風呂上がりは共に清潔感漂う石鹸の香りが漂っていて、普段ならば安らいだ気持ちになるのに今日は駄目だった。
(なんだかしぃちゃん、今日は意地悪。普段だったらすぐ引いてくれるのに)
「若い時は刺激を受けるとすぐこうなる。あの本を読んだせいか?」
「……そんなこと言わせないで。恥ずかしいです」
「そうか……。だがどうしたんだ? まだ治まらないようだが。あの本はそんなに刺激的だったか?」
(慕っている相手にこんな風に抱きかかえられたら……。治まるはずがないでしょう?)
そう甘くなじってしまいたかったが、この想いを告げたら傍にすらいられなくなるだろう。ぎゅうっと胸が苦しくなった。
「……厠に行って落ちつかせようって思ったのに。しぃちゃんが帰ってくるから」
「なんだ、俺のせいなのか」
そしてこんな状態でも余裕ありげな紫央が小憎らしくて、何か意趣返しをしてやりたいという気持ちまでめらめらと立ち上るから始末に悪い。
「そうだよ。しぃちゃんのせい。しぃちゃんがこんな風に……。いつだって俺に思わせぶりに優しくするからいけないんだよっ」
興奮気味に言ってしまった後でしまったと思った。気持ちが高ぶって言わなくてもいいことまで言ってしまった。
「俺が、思わせぶり?」
「だって……」
「だって?」
(ずっとこのまま、どこへも行ってはいけないよ、なんて何かにつけていうから……)
紫央とって自分は一番特別な存在だなんて、勘違いしてしまいそうになる。無意識に薔太を誑かす。罪深い男だと思う。だけどこんなに惹かれるのは血のつながりがなせる業なのかと思うと、背筋に禁断の怖気が沸き起こる。
「……忘れてください。紫央さん。俺、今日は部屋に戻ります」
だが紫央の腕は檻の様に頑丈で、二十歳の薔太が抗っても抜け出すことができなかった。
「しぃちゃん、放して」
「いいや。思わせぶりにした、俺が悪いね」
背中に回され、宥めるように摩られていた紫央の掌が、薔太の細い腰をなぞり、強い力で紫央の胴に押し付けられる。
「あっ」
刺激が駆け上り、思わず漏らした甘い吐息に薔太は顔を火照らせたが、紫央は余裕ありげに微笑んだ。
「薔太のこれ、俺が治めてあげる」
「え……? 治めるって」
信じられない言葉に薔太は慌てて聞き返す。
「俺の手で、いかせてあげる。……だから薔太は絶対に、俺から逃げてはいけないよ」
いつも通りの耳障りのいい低い声だが、今日はなんだか怖ろし気に響いた。
今までだって二人きりの夜を何度も過ごしてきたし、こうして枕を並べて眠ったことなど幼い頃から数限りなくある。だが今宵はどこか違う。
薔太は紫央の腕の中で、苦しい程に高まる鼓動のせいで、吐息を乱れさせた。
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