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第1話 セフレ、のようなもの

 ―――最近、桜町って変わってきたよな。  そう、誰かが言っていたのを聞いた小森光希は(そんなことがあるもんか)と、内心、毒づいていた。  桜町は、へんぴな地方の商店街だ。  シャッター街になっていて、どんどん、商店街から店が撤退していく。  最近になって『桜町再生プロジェクト』のおかげで、その撤退したところに、新しい店が入るようになったが、客が増えたわけではない。  実際―――。 「ハァ……寒ッ、ここは、いつも変わんネェなァ」  カランコロンとドアに付いたベルが鈍い音を立てて、重たい木のドアが開いた。途端に、三月にしては冷たい夜の空気が流れ込んできて、暖房があまり聞いていない店内は、一気に冷える。光希は、ぶるっと身震いした。  白スーツの中年男は、勝手に入って来て、定位置のソファにどっかと座った。  店内はいつも通り、人がまばらだった。  白スーツの男と、あとは、近所の洋品店の店主が、居候の小学校の先生を連れてきているだけだ。洋品店の店主のところには、ホステスが付いている。若いホステスなどいるわけもなく、四十台の中年女が一人居るだけだ。  古めかしい、カウンターと、年代物のソファ。ズラリとそろった酒棚には、それなりの酒が並んでいるが、それほど出足が良いわけではない。  光希は、桜町に唯一残ったスナックの店員をやっている。母親が、ここのママをして居るので、それを手伝っているという立ち位置だ。  白スーツの男は、地元のヤクザで、名前は杉山。桜町を含む木花市に根を張っている。光希の店は、このヤクザの世話になっているわけではないが、今時、ヤクザがその辺で酒を飲むのも難しい世の中になっていた。そういう意味で、人の出入りが殆どない、このスナックは、丁度、ヤクザにとって居やすい場所なのだろう。  杉山は、人がいなければソファ席に座って、タバコを吸って、酒を飲んで、店の女を付けずに淡々と飲んでいるので、そう、悪い客ではない。あとは、大抵、知り合いが合流して、一緒に飲んでいるくらいだろう。  杉山におしぼりを出そうと支度をし始める。  おしぼりは業者から届けられる布製のモノを使っていて、保温器の中に入っている。それを持っていくのだ。アツアツのおしぼりを取りだしたその時だった。 「こんばんは~。杉山さんいる~?」  辛気くさい店内とは裏腹に、明るい声が響き渡る。  常連になった、飴屋の入江だった。入江は、『桜町再生プロジェクト』というプロジェクトを利用して、桜町の空き店舗に飴屋を開店させて、この町に移住してきた。  なぜか、ヤクザの杉山と仲が良く、杉山の来店を狙って、スナックへ現れる。 「あー、光希くん。こっちにもおしぼりと、あと、杉山さんのボトルから、ロック作ってきて~」  勝手なことをいいながら、入江は杉山の隣に座る。なぜか、大きな紙袋を持参していた。 「おい、また、テメーは、適当なことばかり」 「……まあ、良いじゃないの。俺と杉山さんの仲なんだからさ……」  二人は、軽口をたたき合っているが、大抵負けるのは杉山だ。  ヤクザということで、一般人の入江には、手加減しているのだろう。  光希は、まずおしぼりを運んだ。 「こちらどうぞ」  あつあつのおしぼりを、杉山と入江の二人に出す。 「杉山さん、どうする? こっちで勝手に飲もうか?」 「あーそうだな。おい、ボトルと水と……一式もってこいや」  畏まりました、と受けて、カウンターへ下がる。  入江の提案は、面倒がなくてありがたいが、やることがなくて暇にもなる。 「ねぇ、光希くん。今日、ママは?」 「えっ?」  入江に聞かれて、光希は戸惑う。入江が、ママに何の用事があるのだろうかと、思ってしまったからだ。 「アラ、栞ちゃん。……ママなら、同伴よォ。米屋の大旦那さんと一緒に食事に行くって言ってたから、……あと、三十分もしたら来るんじゃない? ママ、焼き肉って言ってたわよ?」 「へー、そうなんですね」 「……それより、栞ちゃん、ママに何の用事?」 「あー、ギフトのご相談を受けてたんですよ。……それで、作ってきたから、コレでどうかなと思って」  入江は、紙袋から、透明なケースを取りだした。その中に、飴で作った美しい花束が入っている。 「あら、綺麗な飴細工ね。飴の花束なんて」  きゃいきゃいと甲高い声で笑ってはしゃぐホステスを尻目に、光希は、淡々と酒の用意をする。  水は、ガラス瓶入りのミネラルウォーター。栓を抜いて渡す。ウイスキーは、杉山のキープボトル。それに、グラス、氷、おしぼりの予備。必要なモノを一通りおいて、カウンターへ戻る。  ホステスとおしゃべりしている入江を無視した杉山が、二人分の水割りを作っているのを眺めつつ、「もうそろそろママが帰ってくるなら、俺、先に上がるね。今日、用事があるんだよ」と光希は、帰り支度を始める。 「アラ、そうなの? 解ったわ。おつかれさま」  ホステスに見送られ、光希は店を出て行く。ママに見つかると、引き留められるから、早々に退散したい。  今日は、部屋に健太郎―――原健太郎が来ることになっているからだ。  同級生、幼馴染み、同じ町内で働く仲間。そして―――高校時代から長く続く、セフレ、のようなものだった。
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