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第2話 思い出と現実と
光希の自宅は、スナック『|亜魅吾《あみーご》』の裏手にある。
小さな二階建ての木造住宅は、桜町の裏通りの住宅では標準的な建物だ。高度経済成長期に建築された狭小住宅だった。さすがに築年が古いので、最近リフォームはしたが、間取りは相変わらず狭かった。
一階にはキッチンと水回りとダイニング。それに母親が使っている部屋がある。
二階は光希が使っていて、ベッドや本棚、それにテーブルがある。リフォームの際に、押し入れをクローゼットにしたので、服などはそこに詰め込まれていた。
部屋は、服や、ギターが置きっぱなしになっていて、散らかっていた。
今から、健太郎が来るので、急いで片付ける。
片付けると言っても、クローゼットの中に押し込むだけだ。
なんとか、座るスペースくらいは出来た。ベッドも一応調えておく。
(どうせ、やることは、それだけだし……)
光希は、ため息をついて、ベッドの上に寝転がった。
見慣れた天井に、キラッと光が反射する。なんだろうと思って、テーブルを見やると、スマートフォンに着信が入ったところだった。
手を伸ばして、スマートフォンを引き寄せる。確認すると、メッセージが入ったところだった。
「あっ、龍臣だ……」
龍臣――才原龍臣は、光希が参加しているバンドのボーカルだった。
「なんだろ……、練習は……明日、だよな……」
不審に思いながらメッセージを確認する。
『急にゴメン。
明日、練習終わった後か、練習前に、ちょっと話したい。
時間貰える?』
なにか、用事があるのだろうが、肝心の用事が書いていない。それも、妙な話だとは思いつつ、特に、予定もない。光希の生活は、バイトか、スナックで働くか、バンドの練習か……というところだ。
(ああ、あとは、健太郎と会うくらいか……)
どちらにせよ、何をおいても優先しなければならないこと、というのは存在しない。
『いいよ。俺は前でも後でも大丈夫』
と返信すると、程なくして『じゃあ、練習の後で。近くに『TATUKI』っていうバーがあるんだけど、そこで集合で』と返信があった。
了解、とは返信したが、なんとも、微妙だった。
メンバーの前では、したくない話……ということなのだろう。けれど。それならば、コソコソ、メンバーに隠れて話をするのもどうなのだろうか、とと首を捻りたくなる。
どちらにせよ、メンバーが居ないところでの話など、ろくな話ではないだろう。
(……バンドを抜ける……とか。そういう感じかな)
解らなくはない。いつまでも、バンドなんかやっていて、どうするんだ。現実を見ろ。そういう言葉は、いくらでも想像出来る。
光希も、似たような言葉を、母親から良く言われる。
バンドなんか、やっている場合ではないのだ―――とは思う。けれど、バンドくらいやっていても良いのではないか、とも思う。
桜町という町は、寂れていて、どんどん人も少なくなっている。そういう町で暮らしていくならば、日々、ギリギリ生活できるくらいの稼ぎがあればいい。ただ、そうやって、生きていても、何にも面白いことはない。桜町という町は、そういう町だ。
商店街の昔ながらの店は、一日店を開けては居るが、一日の間に数人の客しか来ないという状態で商売を続けている。それは、本当に『商売』なのだろうか? そういう疑問が湧いて出る。そういう町で生きるには、少しくらいの、楽しみが必要だった。
(ああ、そういえば、健太郎とするのも……娯楽と言えば娯楽だな)
光希は、健太郎とすごした高校生の頃を思い出した。
最初のきっかけは、思い出すことも出来ない。
ただ、放課後、健太郎の家か、光希の家か……どちらかの部屋で、お互いの性器を弄り合うのが『日課』になった。
『お前、オナニーってしたことある?』
とか、そういう、簡単なきっかけだったと思う。
そして、『して見せて』から始まって、お互いの性器を触り合うようになった。
単純に、自分でするより、他人にしてもらったほうが、気持ちが良いというのが解ったからだった。
そのうちに、
『なんか、お前ってさ……結構、エロい顔してるよな』
と健太郎が言ってきたのは覚えている。
『キスしてみて良い?』
『乳首とか、勃ってんじゃん』
『……なあ、知ってる? 男同士って……後ろ使うんだぜ』
その時、光希は、あからさまな『欲望』を、健太郎が自分に向けてきたことをしった。
それは―――思いもがけないことだった。
(……どうしよう)
とだけ、思ったことは覚えている。
健太郎の身体を押し返すことが出来なかったのは―――いつの間にか、光希が、健太郎を好きになっていたからだ。フィジカルな欲求込みで、健太郎を好きだと思った。
けれど、気持ちは告げなかった。
告げないままで、関係だけを持った。
いまでも気持ちは変わらないし、関係は続いている。
変わらずに―――。
この桜町のように、ずっと変わらずに、滅びへ向かうように―――。
二人の関係が続いている、だけだった。
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