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第9話 光希らしい
夢に向かって頑張るって、絶対に良いわよ! あたしは応援してるからね。
動画とか、そういうのでいくらでも配信したら良いわよ。
掛けられた言葉はありがたいが、同時に、余計なお世話だったし、ありがた迷惑でもあった。
(応援してるって言っても、チケ買ってくれるわけでもないし、見にも来ないだろうし、動画だってチャンネル登録もしないだろ……って)
そう思う一方で、いわゆる、売れて、成功しているバンドの人たちは、周りの友達や知り合いを巻き込んで、動画を再生してもらったり、チケットを買って貰ったりして居たことだろう。
プロ、になるなら―――本気なら、そう言うことも、しなければならないのだろうか?
疑問は持つが、単純には、やりたくない、という気持ちのほうが強い。
そうまでして聞いて貰わなければならないのかと言う気持ちと、そこまでやってでも聞いて貰いたい気持ちと。
矛盾だらけで嫌になる。
次のバイトに入って、忙しいランチ時のピークタイムをがむしゃらに働く。暇なときは、つい、考えすぎる。何も考える事が出来ないくらい、一生懸命働いていたほうが、気分がいい。
仕事を終えて、唯一の贅沢は、昼飯を買って公園で食べることだった。今日は、色々考えすぎて頭が疲れているし、健太郎のことで、イライラしている。少し、美味しいものを買おうと思って、駅前の惣菜屋に立ち寄るが、今日は売れ行きが良く、何も残っていなかった。近くのパン屋に行っても、やはり売り切れ。コンビニも、菓子パンがいくらか残っていたものの目当てにしていたサンドウィッチや弁当は空だった。
「……昼飯……どうするかな……」
練習の後、夜、バーに行く予定があるので、昼飯を節約するというのも選択肢としてはアリだったが――……。
気分が落ちているときに、腹を空かせていると、余計にネガティブになるのは、経験上解っていた。
「なにか……食うか」
駅前には、光希がバイトをしているファストフードと、その次にバイトに入るファミレスがある。その他は、駅近くに立ち食い蕎麦屋、それと、商店街のほうに入って行くと、喫茶店や、うどん屋などが立ち並んでいる。
今日は、バーに行くことを考えて、多少手持ちはあったが……節約のことも考えたい。月に稼ぐことが出来る金では、生活とバンドで手一杯だ。
(バンドを手放したら……、楽になるんだろうけどさ)
けれど、バンドをやらない生活を、光希は選ぶことは出来ない。だから、今は、仕方がない。将来の事を考える必要はあるが、その時は、まだ来ていないと思っている。
「……菓子パンでもコンビニで買って、図書館にでも行くか……」
スタジオに入るまでの間、そうやって時間を潰せば良いだろう。
光希は、そう、思っていた。
(次からは……、こういう時間に、入れスキマ時間のバイトとか、探してみるかな……)
テレビでは、スキマ時間に入れて、日雇い、面接なしという手軽さで、数時間単位で働く場所を紹介してくれるアプリがあるとCMで流れていた。
(こんな田舎で、そういうのってあるのかな……)
それは解らないが、アプリを入れて、試して見ても良いだろう。闇バイトみたいなものだと困るが、大手のの日雇い斡旋アプリならば、問題ないような気もしている。
菓子パンをコンビニで買って、そのまま、公園へ向かう。
甘ったるくて、小さな菓子パン。一つ食べても、別に満腹にはならないそれを食べて、光希はため息を吐く。
昼食代を惜しんで、講演で菓子パンをかじるのが、光希の現実なのだ。ミュージシャンを目指しているという、華やかな言葉とは裏腹な現実だ。
本当は、ベースの練習でもして時間を潰したいところだったが、今、公園は、音を出していようものなら、近所の人に通報される。元々子供が少ない地域というのはあるのかも知れないが、子供の姿は皆無だった。
光希の小さい頃は、まだ、公園で遊んだ気がする。桜町にも、昔、公園があったのだ。もしかしたら、小学校の遊具だったかも知れない。
練習まで、まだ時間がある。どうしようかと思案していた時だった。
「あれ、光希じゃん。どうしたん?」
視界に影が落ちた。顔を上げると、丸眼鏡を掛けたチャラそうな雰囲気の男が、光希を見下ろしている。
「あっ……雅親」
光希のバンド、『テトレーション』のギター、周防雅親だった。
いつもながら、どこで買うのか解らない、柄物のシャツを着ている。だが、光希と違って、ギターを持っていなかった。
「こんなところで何してるん?」
「あー……、昼飯食ってた」
「昼飯って、鳩ぽっぽかよ……」
ゲラゲラと笑って、雅親はしゃがみ込む。
「何食ったん?」
「菓子パン」
「はー、そんなんで、練習もつかいな……。俺の家、このウラだから、ちょっとこいや。なんか食いもん位あるし」
「えっ? でも、悪いよ」
今まで、お互いの家を行き来したことはない。だから、このあたりに、雅親が住んでいるのも知らなかった。
「何言ってンの。メンバーなのに水くさい……ほら、行くぞ。どうせ、俺も、楽器もってきとらんし」
すっとたち上がると、雅親は光希の手を引っ張った。
「わわわっ……」
バランスを崩して、よろけると、雅親が笑う。「どんくさいなあ」
「悪かったな」
「まあ、その、どんくさいトコが、光希らしいわ」
けらけらと笑う雅親に手を引っ張られて、光希は、彼の部屋まで連れて行かれることになったのだった。
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