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第11話 Greatest Day

 雅親の話は、光希にも他人事ではなかった。 「なんか、すまんな、こんな辛気くさい話して……」 「いや……、俺も似たようなモンなんで……っていうか、バイトしかしてないんですよ、俺……」 「バイトだけでも、してりゃ、十分だろ」 「雅親みたいに、自立してないんだよ。実家住みで」 「良いんだよ、俺は家でやらなきゃならない……そういう義務? みたいなヤツを、全部、やってないだけなんだよ」 「俺だって、何もしてないよ」 「前に、お母さんの店を手伝ってるって言ってただろ。ちょっと思うけど……一緒に居るだけでも、十分、親孝行って部分はあるもんだよ……ってか、こういう辛気くさい話は、いったん、止めようや。せっかく、光希来たンやし……バンドの話したいわ」  雅親が山のように積まれたCDを指さす。 「わっ、すご……CD、凄いいっぱいだ」 「……いろいろあるよ。この辺、90年代のとか。ビジュアル系とかもあるし、パンク、ロック、テクノ、メタル………ジャンルもバラバラ」 「すご」 「っていうか、レンタル落ちとか、中古屋で手当たり次第買ってきただけだけどさ」  はは、と雅親は笑う。けれど、それが凄いのだ。今は、サブスクなら、色々な時代の、世界中の音楽を聞くことが出来るだろうが、CDの形というのが貴重なのだ。 「CDだから良いんだって……あっ、俺、テイク・ザット、結構好きだよ」 「めっちゃ売れたよね」 「って、その時代、知らないし」 「そうやね。俺も、今の売れてる音楽知らんし……というか、たまに、弾いてくれって言われて弾くけどさ。ミセスとか」 「雅親がミセスか……。似合わないな」  顔を見合わせて笑ってしまった。現在のチャートを席巻するバンドは、本当に凄いと思う。歌も好きだ、だが、共感出来ない。それは、光希が、音楽をやっているから、なのか。過剰な自意識で、そう思わせているのか、よく解らない。 「……テイク・ザットだと、何が好き?」 「そうだなあ、『Patience』とか……『Back for Good』とか好きかも」  雅親が「ああ」と言いながら、|口遊《くちずさ》む。 「そうそう……」 『戻ってきてずっとここに居て欲しい』優しく甘い声で歌われる歌詞が、胸に迫ってくる。一通り歌い終えた雅親は、「慣れないことはしないほうが良いな」といいつつ、CDを掛ける。 「……雅親」 「ん、なに?」 「俺さ……雅親の歌声も、結構好きだよ。……そう言えば、うちで、バックコーラスやってるのって、雅親だったね」 「まあな……元々、ボーカル志望だったんだよ」 「えっ、そうなの?」 「そうそう。そうなんだよ……だけどさ……当時好きだった奴がさ……、ボーカルで、諦めちゃった」  はははっ、と雅親は笑う。さらりと言ったが、その『好きな人』というのは、男性なのだろうか? 「そうなんだ……好きな人ね、男だったんよ」 「そうなんだ。今は付き合ってないの?」  さらりと聞いた光希に、雅親は顔をくしゃっと歪めて言う。 「……今も昔も、付き合ってないよ。……だって、もう、そいつ、この世にも居ないしね」  無理矢理作った笑顔は、痛々しかった。光希は、どんな言葉を掛けて良いか迷いつつ「そうなんだ」と素っ気なく言う。こういうとき、上手い返答ができる人がうらやましい。  いつでも百点満点の答えを返すことが出来る人間など、そう、多くはないだろう。だが、多分、寄り添いも突き放しもしない『そうなんだ』という言葉が、一番、駄目な回答であることは、解った。 「……好きだったのが男だって言って……なんも突っ込まれなかったの、初めてだ」 「あー……、うち、スナックでしょ。色んなお客さん居るから」  男性同士のカップルは、そもそもスナックには来ない気がするが……とは思いつつ、光希は、とりあえず、そう答えておいた。 「そっか……。あ。でも、光希は、別に好みのタイプじゃないから、気にせんでな」 「俺だって、雅親とは付き合いたくないよ」  その時、光希は部屋の片隅に、男性と一緒に写った写真が貼ってあるのを見つけた。彼は、亡くなったという。きっと、彼は、この地域に眠っているのだろう。 「……捨てられないものって……年々増えてく感じがするよね」  光希は、家も町も……なんとなく捨てづらい。家を出て行っても、母親は何も言わないだろう。だが、出て行きづらい。 「まっとうに生きてるってことかね?」  笑ってみせた雅親は、本心を、あまり誰かに受け渡すと言うことをしないのだろう。ほんの少しだけ、雅親の一部を教えて貰ったこことを、すこしありがたく思いつつ、「全然マトモじゃないのにね。社会とかさ、いろいろが」と、解ったようなことを言って、目を閉じた。  CDコンポからは、テイクザットの『Greatest Day』が流れている。  
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