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第15話 ラブホテル

 なりゆきでラブホテルに入ることになった。  暖簾の横に出入り口があってそこから入ると、小さな建屋が幾つも建っている。管理人がいるところに、パネルがあった。部屋の写真が貼られている。 「宿泊だけど」  龍臣が声を掛けると、管理人の建屋に居たオバチャンが面倒くさそうに「今はC棟しか空いてないけど」と言う。 「いいよ」 「じゃ、ほら、鍵……料金は、退室する時に精算で。部屋に自動精算機あるから」 「どーも」  鍵を受け取って、「C棟」と呼ばれた建屋へ向かう。  途中、A棟、B棟、H棟を通り過ぎてきたが、どの部屋も客がいるようだった。 「なんか、こういう、独立した建物のラブホってあるんスね」  あたりをきょろきょろと見回しながら、光希は言う。 「そうだねぇ、大体、派手な外観だよね。……ほら、桜町の町外れのラブホとかだと」  龍臣が笑う。 「入ったことはないけど……たしかに、ハデっすね」  スナックに出入りして居るヤクザ、杉山の組が、経営に噛んでいるラブホのはずだった。 「ラブホって、ちょっと謎だよね、なんか、ああいう、輩っぽい感じか……お城みたいなヤツとか」 「あー、お城系はありますよね」 「それに比べたら、ここはシンプルだよね」  鍵を開けて、部屋の中へ入る。靴はそのまま入ることが出来るようだった。光希が中へ入ると、龍臣が内側から鍵を掛けたのが解った。  部屋には、大きなベッド。一応、テレビの前にはテーブルとソファもあった。  件のヤクザが関係しているラブホだと、プレステだとかインターネットだとかが使い放題らしいが、ここは、テレビがあるくらいだった。 「シンプルだねぇ」と龍臣が笑った。 「まあ、変な道具とか、設備とかあるより良いですよ」 「たしかに、気になる。……コレ使ったヤツが居るんだよなとか」 「……そっちかよ」  冷蔵庫を開けるた龍臣は、ビールをとりだした。缶ビールを二つ。ちゃんとした生ビールだった。料金表をちらっと見やると六百円もする。 「高いね」 「そうだな、高いな……あ、マズった、ここ、メシやってない」  サービスの一覧を見ながら、龍臣がチッと舌打ちをする。 「あー……」  ルームサービスで食事を持ってきて貰えるラブホは多いだろうが、ここは、食事の提供をして居ないようだった。あの管理人の、ヤル気がなさそうなオバチャンくらいしか、従業員がいないのかも知れない。 「腹減った?」 「まあ、それなりに」 「……雅親と一緒にラーメン屋行って、どこかのカラオケ屋にでも入れば良かったかも知れない」  はは、と龍臣は笑う。これが都会なら―――ここまで食事を持ってきてくれる宅配サービスを使うことは出来るだろう。けれど、このあたりで使うことが出来る宅配サービスときたら、やけに対応エリアの狭くて高いピザ屋か、昔ながらの定食屋か、蕎麦屋だ。 「……ピザ……とか電話してみます?」 「あっ、その手があったか」 「じゃ、ちょっと電話します」  光希はスマートフォンをとりだして、最寄りのピザ屋の電話番号を調べたが、すでに、検索では『営業終了』の文字があった。 「営業終了だそうです」 「そっか……じゃ、俺の非常食だな」  ソファに座った龍臣がバックパックからとりだしたのは、バータイプのプロテイン系栄養補助スナックだった。ナッツがぎっしりと密集していて、そこにチョコレートが掛かっている。ナッツバーというものだろう。 「あっ、いいんですか?」  光希も、龍臣の隣に座る。龍臣が差し出したナッツバーを受け取った。小ぶりなバーだったが、ずしっとした重みがあった。 「うん、どーぞ」  ナッツなので、ビールにも合うのが幸いだった。  かじりつくと、アーモンドの香ばしい薫りが口の中に広がる。チョコレートは掛かっているが、甘すぎないのが良い。カカオ分が高いチョコレートは甘さも控えめだった。  プシッと小さな音を立てて、缶ビールを開け、どちらともなく、缶を重ねた。 「……ラブホとか、入って、彼女とか怒らないの?」  ふと気になって、光希は聞く。 「彼女は、居たことがないよ」 「えー、嘘だあ」  龍臣は、モテると思う。実際、練習スタジオなどで声を掛けられているのを見たこともある。  黒髪だが全体的に細かいパーマを掛けていて、無造作にスタイリングしている。都会的なイケメン風の髪型、と光希は思っている。実際、維持するためには来まいなメンテナンスを必要とする髪型だ。  顔立ちは彫りが深くて、眉がまっすぐ整っている。|黒瞳《こくとう》が大きくて、意志が強そうな眼差しをしている。鼻筋も通っていて、薄めの唇とのバランスが良い。  簡単な言葉で言うならば『イケメン』だった。細身で背も高い。実際、このあたりのローカル雑誌で、読者モデルをしていたこともあるとは聞いている。 「龍臣、モテるのに」 「……まあ、モテても仕方がないんだよ、女の子からは」  龍臣の、少し影のある笑い方に、なんとなく、光希はドキっとした。
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