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第16話 青天の霹靂

「女の子から、モテても仕方がないとか……バンドやってるヤツが聞いたら、怒ると思うよ」  光希は何でもないような振りをして言う。  擬態している、と感じていた。自分は、一体何者で、何に対して、どんな擬態をしているのか、言葉で説明したくない。 「……え? そう?」 「バンドやる理由なんて、女の子にモテたいとかじゃないの?」 「……そう言う人も居るのかな」 「大方、そうだと思うけど」  ふうん、龍臣はと呟いてから「俺は……、父親に連れて行かれたライブハウスかな。中学校の頃。保護者同伴だったら入れてくれるイベントがあって、それで。かっこよかったんだよね」とぽつっと呟いた。  存外、普通の理由だ。 「光希は?」 「あー……俺は、何だっただろう。よく覚えてないけど、龍臣と似たような理由なんじゃないかな」 「モテたいじゃないんだ」 「モテたかったら、ベースは選ばないよ」  呟くと、一瞬真顔になってから、龍臣は「たしかに」と言って、笑った。 「ボーカルとギターはモテると思うけど、ベースとドラムはモテないと思う。あとキーボード」  それは動きに乏しい楽器たちだ。実際、ドラムなどは激しいが、バンドの後方で位置が固定化されている為、人気が出にくい。 「モテたくてやってるわけじゃないから良いけどさ。……俺も、龍臣と同じでカッコイイから惹かれたんだと思うし……あとは、少しでも家に居る時間を減らしたかったんだと思う」  自分でも思ってもみなかった言葉が、口から飛び出した。  家に居たくなかった―――それは、初めて知る、自分の本心に違いなかった。  うっかり、それが出てきてしまったことに、ドキドキしながら、光希は龍臣の言葉を待つ。 「家に居たくない?」 「うん。……家に居ても、夜は一人だし。下手すると、俺、高校くらいから、店の手伝い出てたし」 「実家、スナックだった?」 「うん。客がいなくって、ホステスも、凄いオバサンが居るだけ。常連客は、商店街のオジサンと、地元のヤクザくらいっていう、寂れた店だよ」  その寂れた店でも―――開店前は、やることが山のようにあった。  店中の床とテーブルを綺麗に掃除して、ドアや出入り口も綺麗にする。カウンターの背面に酒の棚があるが、そこにはホコリ一つ被っていてはならない。グラスも曇っていてはいけない。業者から届いた氷や、その他のものは、万端に準備しておかなければならない。  つまり、来るか来ないかアテが解らない客に対して、それ相応の準備をして出迎える必要がある。 「……母親が水商売だと、いろいろ言ってくるヤツもいたし」  父親がいない事も、それに拍車を掛けた。 『光希くんのお父さんって、誰だか解らないんでしょ?』  と失礼極まりないことを言われたことがある。それで、学校でも、町の中でも、嫌な目で見られることはあった。 「桜町って……なか、和気藹々してるイメージだったけど。青年会とかあるんでしょ?」 「青年会というか、青年部ね……。まあ、あそこに居るような人たちは、平気だけどさ。町にはいろんな人がいるでしょ。だから、俺も、あの人達とは、そんなに関わってないし……」  青年部主催のイベントなどがあれば、参加することもあるが……。そもそも、夜の商売であるスナックには、昼間の町の集客とは、ほど遠いだろう。せいぜい、居酒屋なら良いが、スナックでは仕方がない。 「そうなんだ」 「まあ……だからさ、町とかにも、そんなに思い入れはないんだ。情けないことに」  自嘲して笑う光希を、龍臣がじっと見つめていた。やがてたち上がり、バックパックから、スマートフォンを取り出す。何やら操作して、画面を見せた。 「見て」 「……なに? えーと……『突然の連絡、申し訳ありません……』」  突然の連絡、申し訳ありません。  私は、アリステア・レコードでスカウトを担当している、水口と申します。  今回、動画でSAI様の演奏を拝見し、実際、過去、ご所属のバンド『テトレーション』でのパフォーマンスした過去動画も拝見致しました。  当方では、現在、バンドを中心とした新プロジェクトを企画しています。  そのメンバー候補として、トライアルに参加していただくことは出来ないでしょうか?  詳細は後ほどご連絡致しますが、トライアルでの成果を判断させていただき、弊社と所属契約を結んでいただくことを目標として、ご連絡を差し上げた次第でございます………。  どくん、と胸が跳ねた。 「スカウト……スカウトじゃないかっ! おめでとうっ!」  スマートフォンを龍臣に返しながら、嬉しくて、光希はぎゅっと龍臣の手を握りしめた。 「龍臣の声、認めてくれる人がいて嬉しいよ!!」  正直―――うらやましい気持ちもある。それに、動画ってなんだ、と聞きたい気分もあった。けれど、龍臣が認められたことのほうが嬉しい。 「……ありがと……、喜んで貰えると思わなかった」 「なんで?」 「こういうとき、一人だけ、声が掛かったとかだと……、色々揉めるだろう?」 「まあ、正直、うらやましいけど……嬉しいほうが勝つよ。俺さ、陰キャだから、サッカーで点数が入ったくらいで大男が抱きつくなよとか思ってたんだけど、今、抱きつきたくなる気持ちが解った」  龍臣が、きょとん、とした顔になった。そして、一瞬あってから、笑う。 「なんだよそれー」  ひとしきり、目に涙が浮かぶほど笑い合ってから、光希はもう一本ビールを持ってきた。 「乾杯しよう。これは俺がおごる」 「……サンキュ」  プルトップを開けて、もう一度、缶を重ね合わせる。一気に呷ったビールは、今までで一番美味しかった。 (この話がしたかったのか)  光希は納得する。こんな話は、雅親や凛には、話しにくかったのだろう。 「……なあ」  龍臣が、天井を見上げて、光希の顔を見ないままで呼びかけた。 「なに?」 「……トライアル。お前も、参加しないか? ベースの子だったら、参加しても良いって言われたんだ。一緒に、東京に出ないか?」  青天の霹靂―――――だった。
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