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第23話 『もしも願いが叶うなら』

 光希が意外にドライな仕事観を持っていることに驚きつつ、健太郎はハイボールを呷る。あっという間に、グラスは空になった。 「……もう一杯、貰える?」 「良いけど……何にする?」 「……なんか、カクテルみたいなヤツ……」 「えー……?」  光希が面倒そうな顔をした。 「こういう所に滅多に来ることがないんだからさ……良いじゃん。こういう……変わった感じのグラスに入れて欲しいんだよ。良いだろ? 名前とか知らないから、適当に見繕ってよ」  光希はため息を吐きつつ、後ろの棚から、グラスをとった。丸みを帯びた平たいカップ部分。そこからすっ、とまっすぐに軸の付いた、いかにもカクテルというグラスだった。 「うん。こういうヤツで」 「……じゃあ、適当に」  光希は、テキパキと支度をしていく。 「手際良いんだね」 「手際が良くないと、氷が溶けたりして、ベストな状態で出せないから」  ふうん、と言いながら健太郎は、光希の手つきを見ている。酒を造るだけ――だが、妙な色気もあるし、光希にはよく似合う。  三種類の酒、それにレモンジュース。それをシェイカーで振って、グラスに注ぐ。 「どうぞ。―――『マウント・フジ』です」  光希が出してくれたカクテルの名前に、「『マウント・フジ』って、ホント?」と思わず声を上げてしまった。 「本当だよ。……嘘だと思うなら、調べてみたら? でも、一口飲んでからにして欲しいけど」  言われたとおりに一口飲む。爽やかでフルーティな風味がする。飲み口が優しくて、幾らでも飲んでしまいそうだった。  それから、スマートフォンをとりだして、『マウント・フジ』を調べてみる。  すると、そこに、思わぬ言葉を見つけた。 『『マウント・フジ』のカクテル言葉は、『もしも願いが叶うなら』です』  ドキッとした。  カクテル言葉というものがあるのも知らなかったが……、光希からの、メッセージだったら、どうしようかと、思ったのだった。 「あるでしょ? 『マウント・フジ』」 「えっ? あっ、うん、あったよ……えーと……、これ、光希、カクテル言葉って知ってる?」  健太郎が聞くと、光希は平然と「そうだね、そう言うのがあるのは知ってる。でも、うちは、カクテルがメインじゃないし、カクテルで駆け引きするような場所じゃないから、覚えてないよ」と言う。 「駆け引き……?」 「うん。……男が、女の子を誘って、女の子が迷惑だと思ったら『ブルー・ムーン』ってカクテルを出すらしい。『ブルー・ムーン』のカクテル言葉は、『無理な相談』とか『叶わない恋』とかいう意味があるらしい」 「ふうん……なんか、違う世界みたいだな……。そういう、駆け引きとか、したことないし……」  もし―――光希に出すなら、どんなメッセージだろうか? と健太郎は考える。  光希には、あの男のことを聞きたくて、ここまで来たはずだった。なのに、実際、光希を目の前にすると、何も言えなくなってしまう。  なんとなく、カクテル言葉の一覧を掲載しているサイトを眺めていると、あるカクテルの所で、目が留まった。  プレリュード・フィズ。  カクテル言葉は『真意を知りたい』。 (そうだ……俺は……、聞きたいんだ。ただ……光希が、あの男と一緒に居た理由と。あの男と、寝たのかと……それに、俺は一体何なんだ……って……) 『マウント・フジ』を飲み干して、光希はもう一杯注文する。 「光希。『プレリュード・フィズ』って作れる?」 「プレリュード……うん、作れるけど……ゴメン、材料がない」 「えっ?」 「……このカクテル、カルピスを使うんだよ。……カルピスがあれば……あとは大丈夫なんだけど」  申し訳なさそうに、光希は言う。たしかに、スナックで、カルピスを注文する客は、あまり居ないだろう。 (ホットカルピスとか、あったら、きっと、人気が出そうだけどなあ……)  とは思いつつ、なんとなく、そのカクテルが飲みたくてたまらなくなった健太郎は、立ち上がった。 「俺、ちょっと、『モンキー』に行って買ってくるよ」  それを聞いていた、ホステスが「あらー、健太郎くんに行かせられないわよぉ。あたしが、『モンキー』まで行ってくるわ! いいのよぉ、こういうの、慣れてるんだから」と言うなり、ささっとスナックの外へ出て行ってしまう。 「あー……サユリさん、こういうとき俊足だなあ……」  光希が、ぼそっと呟く。 「いいんじゃね?」 「サユリさん、サボりたくて外出たら、しばらく帰ってこないんだわ……どうする? 俺のお勧めはハイボールだけど」  光希に言われて、仕方がなく、健太郎は「じゃあそれで」と言って、すごすごと席に戻った。
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