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第25話 口論

 スナックの営業を終えて、店の片付けをしてから、光希は家へ戻った。  家は玄関の鍵が開いていたので、健太郎はもう家へ帰ってしまったかも知れないと思った。部屋の中も、暗かった。だが、小さく咳き込むような声が聞こえてきたので、二階の光希の部屋に居るのだろう。 「はぁ……」  ため息を吐いてから、家に入り、玄関の鍵を閉める。一階のシャッターも下ろして、グラスを二つ用意した。その中に、氷を入れて、水をたっぷりと入れて、二階へ持っていく。  二階にたどり着くと、床の上に、健太郎がぐたっと横たわっていた。 「健太郎……、ちょっと、何してんだよ」  軽く足を蹴ると、起きたらしく、健太郎が上体をゆっくりと起こした。 「……光希……?」 「飲み過ぎだよ」  光希は、グラスを健太郎に差し出す。それを受け取った健太郎は、じっと、見つめていた。 「飲み過ぎなんだから、ちゃんと、飲むんだよ」 「うん……」  健太郎は、小さく呟いてからグラスに口を付けた。まだ、ぼんやりしている様子だった。 「店は?」 「もう営業は終わったよ。片付けてきた……まだ、お前がいるとは思わなかったよ」  光希は呟いて、ベッドに腰を下ろしてから水を飲んだ。乾いた身体に、冷たい水が隅々まで染み渡っていくようだった。 「だってさ……家に帰りたくなくて……」  ぽつっと呟く健太郎の声が、狭い部屋に、妙に響いた。 「帰りたくないって……仕事で失敗したって言ってたヤツ?」 「まあ、よく考えたら、俺が失敗したから、悪いんだけどさ……」  子供っぽい癇癪のようなものだという自覚が、健太郎自身にもあるのは理解して居るのだろうと、光希は感じたが、口には出さなかった。 「いろいろ、いまさら、モヤモヤすることもあって……」  健太郎が、何か言葉に出来ないことを、言葉にしようとしているのは、光希にも解った。 「なあ、健太郎」 「なんだよ、光希」 「……お前がさ……、というか、俺たちが……、こんなふうに、相談みたいなことをするのって、初めてじゃないか?」 「えっ……?」  健太郎が、目を丸くして「そうだった?」と問う。 「そうだよ。俺たちって……、大体、話とかって、してこなかったよ。ヤることはやってきたけど。だから、俺たちは、あんまりお互いのことがわからない。お前の他の交友関係とかも知らないし」 「交友関係……」  呟いた健太郎が、一度言を切ってから「なあ」と顔を上げて、光希をまっすぐと見つめてきた。 「今日、さあ……お前、阿多町の駅の近くにいただろ……?」 「えっ? あ? ああ……健太郎は、配達の途中だったよな?」  あの時、目があった。  健太郎は配達の最中だったし、光希のほうは、帰り際だった。 「あの時、男と一緒だっただろ……? その……、それで……」  健太郎は、聞きにくそうな声を出して、言う。 「なんだよ」 「……お前さ……、ラブホのほうから出て来たじゃないか……」 「あー……確かに、そうだね」  光希は、龍臣と一緒に、ラブホテルに一泊したのだった。龍臣が二人で話をしたいということだったから、ラブホテルに……。 「なんで?」  健太郎は、責めているような声を出した。睨み付けているようにも見えた。 「なんで……って……」  光希は当惑する。今まで、健太郎は、光希の交友関係には無頓着だったはずだったから……。 「だって、あっちのほうなら、ラブホしかないだろ? あの男は誰なんだよ。で、ラブホは行ったのかよ!?」  次第に語調が荒くなっていくのを聞いて、混乱しつつ、光希は答える。 「あれはバンドのボーカル。昨日は練習日だったから。……で、ちょっと込み入った話があるからって、一緒に、ラブホに行ったけど……それが、健太郎に何か関係あるのかよ」 「は?」  健太郎の声は、苛立ちで刺々しい。 「なんで、お前が、誰かとラブホなんか行ってるんだよ!?」 「別に、誰と何してたって、健太郎には関係ないだろ? ……っていうか、今まで、気にしてこなかっただろ、そう言うのは、お互い。……俺だって、お前の交友関係になんか、口出ししてこなかっただろ」  ただ―――なんとなく、彼女がいるのかなとか、そういう雰囲気は、解ったし、そういう痕跡が、身体に残っていたこともあったが―――……、気にしなかっただけだ。 「そりゃそうだけど」 「お前にオンナがいたのも、俺は何も言わなかったし、別に、関係ないだろ? 俺が誰と何をしてたって」  はあっと呟いた光希の前で、健太郎は呆然としていた。 「……もしかして、あの男と……寝たの……か?」
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