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第35話 契約書
「うん、契約書……です」
光希は、少々、緊張しながら答えた。もしかしたら、こういう契約書というのは、他の人に見せてはいけないものなのだろうか。今まで、契約書を買わしたことがないから、光希にはよく解らなかった。
「……詳しくは聞かないけど、契約書にしては、ちょっと、枚数が多すぎると思う。だから、大丈夫かなって、ちょっと思ったりした」
「……大丈夫……?」
「うん。……なんて言うのかな……」
佐神は一度言を切ってから、小さく続けた。「小森さんに、不利な契約になっていなければいいってこと。心配だったら、契約書って、弁護士とか、そう言う人に一緒に読んで貰えたりすると思う。リーガルチェックっていうんだけどね? それならば、例えば機密保持条項がついていたとしても、問題はないと思うよ」
佐神が、こういうことを言うということは、おそらく、この契約書は、注意をした方がいいということだ。
「リーガルチェック……」
光希は、初めて聞く単語だった。みんな、こういう言葉は知っているのだろうか。普通に会社に勤めていれば、常識なのだろうか。頭の中が、ごちゃごちゃしてきて、混乱している。
「契約書に書いてあることは、それでいいですって約束だからね、……だから、慎重にね?」
席へもどって、契約書に目を通そうとしたが、頭に入ってこない。代わりに、リーガルチェックを調べてみたら、一件あたり一万円から十万円程度の契約書のチェックを行ってくれる、インターネットのサービスもあることが解った。
契約で、トラブルになるというのは、良くあることなのだろう。今回の場合なら、リアルバラエティとは言うが、どういう内容なのかとか、出演料はどうなるとか、のちのち映像になった時の配当だとか、契約を遂行出来なかったときの違約金だとか。勝ち抜いていった場合、デビューは確定しているのかとか。他の番組に出てはいけないなどの縛りはあるのか……ちょっと考えただけでも、様々なことが考えられた。
龍臣は、多分、この契約に乗ったのだろうが、光希は光希自身で、確認しなければならないことのはずだった。
(どうしても、契約の確認をしたいなら、この、ネットの会社に頼むことにしよう)
佐神に頼れば、色々教えて貰うことは出来そうだったが、なにもかも、佐神に頼りすぎというのは、おかしい気がする。
訳が分からなくなったり、混乱したら、また、泣きつくこともあるかも知れないが、最初から佐神ありきでかんがえてはならないだろう。
一応、契約書に視線を落とすと、『甲』とか『乙』とか出てきて、その時点で、『なぜわざわざこんな面倒な書き方をする?』と拒否感が強く出て、頭に入ってこない。
「俺、頭悪いから読めないのかなあ……」
ため息を吐いていると、窓際の席に座っていた年配の男性が「どうしたの?」と声を掛けてくれた。
「あー……その、契約書、難しくて読めなくって……なんで、これ、甲とか乙とかなんですかね」
ははっと笑うと、男性は「そうだねぇ」と受けつつ、何かを考えて居るそぶりだった。
「ボクはね、そこの工務店で事務をやってるんだけどね。契約書とか、沢山作らなきゃならないんだよ。工務店だから」
工務店ときくと、光希の乏しいイメージでは、家関係、工事などを請け負っているという感じだ。確かに、色々な届け出とか書類を作成する必要がありそうだった。
「大変そうですね」
「間違えると、お金が関わってくるからね。慎重に書類を作るんだけど……甲とか乙とかは、契約書を見やすくする工夫だと思えば良いよ」
「えっ? 逆に混乱しませんか?」
そういえば、会話をしていていいのだろうかと思って、カウンターの方をちらっと見やる。佐神は、カップを磨いていて、特に、気にしていないようだった。
「それがね、逆なんだよ……ほら、例えば、甲じゃなくて毎回、株式会社なんとかかんとか、なになに支店とか書いてたら、読みづらいでしょ。契約書の全部それになるからね」
「た、たしかに……」
「数学も、解らない数を仮にxとかにするでしょう? そのかんじだよ。あとは、甲乙方式にしておけば、同じ契約書を乙の名前だけを変えれば幾らでも再利用可能になるからね」
ははは、と男性は笑う。
なるほど、効率化の為のものだとすると、少し、拒否感が薄れた。
「ありがとうございます。ちょっと、目を通してみます。もし、解らなかったら、佐神さんに教えて貰ったリーガルチェックに頼んでみようと思います」
「そうだね。それが良いと思うよ」
男性は、また自分の席のほうへと戻っていった。
『株式会社ドリーミングプランニング以下「甲」という)と、お名前 (以下「乙」という)とは、業務の委託に関し、以下のとおり契約する。』
先ほどは、目にするだけで内容が頭に入ってこなかったものが、すんなり入ってくるようになった。
リアルバラエティをやる会社なのか、他の会社なのか解らないが、株式会社ドリーミングプランニングという会社との契約書らしい。
(たしかに……、何をやる会社なのか解らないのに、契約するのは、怖くないか……?)
一応、『株式会社ドリーミングプランニング』で検索をしてみると、コンテンツ作成、マネジメント、動画配信サービスなどが列挙されていて、それなりに大きい会社のようだった。
とりあえず、実在する会社だったことには、ホッと安心した。
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