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第41話 健太郎らしさと

 小さい頃から、同い年の子供ということで、健太郎とは親しくしていた。  幼稚園、小学校、中学校、高校まで一緒だった。  何をするにも一緒で、ゲームは据え置き機を健太郎の家に行って一緒にやっていた。光希の家では、ゲームを買って貰ったことはないからだ。それでも、スナックの顧客の管理だとか、計算だとかをやるために、パソコンがあったのは有り難かった。母親が使っていない時間、光希はパソコンを使うことが出来たからだ。  経済力の差で、趣味の方向性が違ってくる。  健太郎は、映画館で映画を見に行くのが趣味になっていた。光希には、映画一回に二千円近い金額が出ていくので難しかった。誘われても断っているウチに、誘われなくなった。もっとも、最近では、メジャーな映画は配信サービスで観て、観に行くのはB級映画かホラーが多い。鮫映画とホラー。光希としては心底観に行きたくない題材なので、助かっている。  お金が足りなくても続けられる楽しみ。  それは、読書と音楽だった。流行のアイドルたちを追いかけるのは難しかった。あそこは、人の心をマヒさせる。物量を購入しなければならない。グッズなどが欲しくなってくるから、幾らでも金を使わせられる。周りに、そういうヤツがいたから、よく解る。  その点、ロックなら『まあ、みんなは知らないかもだけど』と言いつつ、自分の好きなモノを続けられた。最初は、半ば無理矢理作ったような趣味だった。芸人がパーソナリティをやっているラジオ番組に、イケメン俳優がゲストで登場した。映画のプロモーションだったらしい。  その時、そのイケメン俳優が、主題歌担当のロックバンドと意気投合して、昔のロック音楽を聴いていたという話をしていた。その時に、イケメン俳優が語っていたロックバンドを聞くようになって、やっと、本当に好きなバンドが出来た。そのおかげで、件のイケメン俳優が出演する作品で、光希でも追えそうなモノは、追うようにしている。  イケメン俳優の主な需要は、少女マンガ原作の恋愛モノだった。  そのドラマを観ているのが、高校の時、教室で話題になったとき、周りの女子達に笑われたことがあった。 『え、小森、恋愛映画とか観るんだ(笑)』 『ちょっと、キモくない(笑)』  そんな感じの対応だった。大体、想像していたから、光希には、特に違和感はなかった。  大体が、教室の隅っこに居る陰キャの枠内に入っている光希は、女子達から、良く思われていないのは確かだった。笑ってきたのは、いわゆる、一軍女子達だったので、なおさらだ。  教室の中の、明確なカーストは、同じ立場であるはずの学生の中で、なぜか序列を作る。  その序列に、唯々諾々と従っている理由はないのだ。だが、だれも、無意識に作られた、序列から抜け出すことは出来ない。  多分、一軍男子が、恋愛映画を観ていると知ったら、 『えー、私も、その映画好きだよ。一緒にもう一回観に行こうよ』  と誘うに決まっているのだ。  そんな現実は、光希も理解して居た。なぜ、今日、こんな話になってしまったのか、解らなかった。 (そうだ。……前売り券があったんだった)  前売りの方が、少し安くなると聞いたから。前売りを買っただけだった。しかも、発売から少し経っていたし、前売りには特典が付いていて、それを目当てに購入した人たちが、前売りを購入して、不要な分を金券ショップに流した分があるらしかった。数百円も安かったので、光希としては有り難かった。それを、クラスの一軍女子が観ていたらしかった。  一軍女子達が、笑っている。  いたたまれなくなっていた頃、隣の教室から、健太郎が、光希の席までツカツカとやってきた。  なんだろうと思っていると、健太郎が「なんだよ、光希!」と非難がましく言ってきたのだった。なんのことか、光希には当然解らない。首を傾げていると、健太郎は本気で不機嫌そうに言った。 『お前さ! 俺が誘ったときは、断ったのに!』  高校に入ってからは、誘われた覚えはなかった。 『え、そうだった?』 『そうだよっ! なのに、なんで一人でチケット用意してんだよっ!』  健太郎の剣幕に、周りの女子達の、くすくす笑いが消えた。 『これ……お前と一緒に観に行く映画か? お前、鮫とか、ホラーしか見に行かないじゃないか』 『なんで、お前が映画に行くのに、一人で行くんだよ。俺はどんな映画でも付き合うって決まってるだろ!』  なにが『決まっている』ことなのか。そんなことを、光希は聞いた覚えはなかった。  しかし、目の前の健太郎は、顔を真っ赤にして怒っている。  一応、隣のクラスでは、健太郎は『一軍男子』だった。陽気で、ノリが良くて、いつでも、彼女が絶えない。そんな健太郎が、光希に詰め寄っているのだから、女子達は意気消沈するしかなかった。 『だって、お前、こんなの……彼女に付き合ってみるんじゃないの?』 『そりゃ、彼女とも観るけど! 俺はお前が映画館に行くときには絶対に一緒に行くんだよ。決まってるの!!』  滅茶苦茶な理論だったが、一軍女子達は、もはや、光希には構わなくなった。  恋愛映画も、笑われなかった。  健太郎は、健太郎らしく、むちゃくちゃなことを言っていただけだ。だが、健太郎は、光希を特別扱いしていた。それが、序列の世界では、有り難いことだった。  そういえば、健太郎はいつも自分の好き勝手ばかりしているが、一人で居たり、所在がなかったりする光希を、引っ張っていってくれる人でもあった。
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