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第40話 夢と現実と
夢がある。
それを、親しい人以外に、告げたことは、今まで一度もなかった。
ただ、佐神や拓海に告げたことで、ふわふわとしていた、夢が、急に固まったような気持ちになった。
「夢って?」
佐神が問う。
「音楽で、生きていきたいんです。こんな歳になって言うことじゃないのは、わかってるんですけど」
馬鹿にされるかもしれないし、否定されるかもしれないとは思った。だが、言わずにはいられなかった、
「ミュージシャンか。なるほど。その、契約書なんだね」
佐神は、別に馬鹿にした様子はなかった。それに、光希は、ほっとする。
「はい」
「じゃあ、飛びつきたくなる気持ちもわかる。でも、ミュージシャンとか、アイドルとか、声優とかだと、詐欺も多いから、契約は、すごく気を付けたほうがいいよ」
「詐欺、ですか?」
光希には想像もできなかった。ミュージシャンに対して、どんな詐欺ができるのか。
「デビューをほのめかして、レッスンが必要だとか言って高額のレッスン費用を騙し取る詐欺とかね」
確かに、そういうことは、きいたことがある。だから、光希も、オーディションは費用が掛かるのか、気にしたのだ。
「和樹が、今、大変みたいだから、俺たちが力になるよ」
そう言ってくれた拓海の言葉は、心強い。それを、ありがたく思いながら「ありがとうございます」と光希は、頭を下げた。
いったん、契約書については光希自身が読んでみることにして、それでもだめなら、弁護士を紹介してもらうということになった。
家へ帰ると、玄関前に健太郎の姿があって、光希は、思わずため息を吐く。
「ずっとここにいたの?」
「そりゃ……」
健太郎は、きまりが悪そうに、目を伏せて地面を蹴っている。光希は、もう一度、ため息を吐いてから「あのさ」と切り出した。「健太郎が、首を突っ込むことじゃないでしょ?」
「それは、わかってるよ。でもさ……気になるだろ?」
なんで、と聞くことができれば、もっと気持ちは穏やかでいられるのかもしれない。けれど、光希は、健太郎に理由を聞くことはできなかった。
「気になるって……」
「だってさ、なんで、俺に相談もなしで、いろいろ、なにかやってんの?」
健太郎の言葉に、光希は、少なからず落胆した。健太郎は、光希のことを心配しているのではなく、あくまでも、健太郎が除け者にされたのが気に入らないと分かったからだ。そのことが、わかっただけでもよかったかもしれないが、光希は悲しくなる。
どこまでも、健太郎は、自分のことしかないのだ。
「俺が何かするのに、健太郎の許可がいるってわけじゃないでしょ。そういうことだよ。健太郎は、俺に興味もないんだし、もう、放っておいてよ」
ドアを開けて家に入ろうとしたところ、健太郎に手をつかまれた。
「!!!」
「なんで、俺だけ仲間はずれなんだよ!」
別に仲間外れにした覚えもないし、このやりとりも、甚だ光希にとっては不愉快だった。
「もう、いい加減にしろよっ!」
光希は叫んで、健太郎を突き飛ばす。反撃されると思っていなかったのか、健太郎は呆然としりもちをついて呆然としていた。
「光希……」
「もう、俺にかまうなよっ!」
ドアを閉めて、家へ入る。二階まで階段を駆け上がって、ヘッドホンを付けた。爆音で、ヘヴィメタルを流し始める。耳元から、音がになって伝わって、体が震える。外からの音は一切入ってこない。
健太郎のことを気にしないようにして、光希は契約書を取り出した。
甲乙は分かった。
どこかに、落とし穴がないか。不利な条件がないか。確認しながら丁寧に読む。頭に入っていかない感じはあったが、それでも、読む。
これから、こういう書類を読む機会は、いくらでもあるだろう。
そういうときに、だまされないように。
契約の段階で、だましてくる、悪い奴がいるのだ。そういうやつに注意しなければならない。
(龍臣って……、どういうつもりなんだろう……)
桜町周りのことを調べて、プロデューサーのような人に報告したのは、龍臣だと光希は思っている。だとすると。それは何のためなのだろう。
考えてもわからないことばかりで頭が混乱していた光希は、ごろん、とベッドに転がった。何故か、とても疲れていて、体がベッドに沈んでいくようだった。
このまま眠って、何も考えないでいたい……そんなことを考えていた光希は、ふと、健太郎のことを思い出した。
(無神経)
いつも、光希のことなど考えない。自分のことが最優先。そういう男だと思いつつ、光希は昔のことを思い出していた……。
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