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第39話 光希が考えなければならないこと

「まあ、アイツはアイツで拗ねてると思うけど、子供の癇癪みたいなもんだから放っておけ」  拓海は言いながらビールを飲む。  あっという間に、中ジョッキが空いた。 「……健太郎のことは、今は、考えなくて良いです。それで……その、佐神さんに、いろいろ相談して居るんですよ」 「さっき、和樹にも連絡した方が良いって聞こえてきたからさ。……アイツは、あいつで、何か動いてると思うけど……なんだろうなあ……、何を考えてるか解らないけど、桜町の為に働いているって言うことだけは確かだから、それは信用してやって」  拓海は、微苦笑しながら言う。長年の付き合いで、色々な事をしっているのだろう。詳しいことを一つも言わない拓海だったが、和樹に対する信頼感だけは伝わる。 「……お米屋さんが、この『桜町再生プロジェクト』の纏めだからね」  だから、光希が知らない、さまざまなことを知っているはずだった。 「……今は、周りのお客さん消えたから言うけど……、オレが前に何をやっていたか……とか、そう言うことまで調べてるって言うのが、なんか、ちょっと、変でしょ? だから……オレは、警戒した方が良いと思う」 「警戒……ですか?」 「そう。向こうは、こっちを調べて、来てるんだと思うよ。……それでね? この契約書、どういう経緯で渡されてるのか解らないけど、小森さんのことも、ガッツリ調べてきてると思うよ。だから、こっちも、相手を調べておいた方が良い」  佐神の表情は、固かった。  どういうことなのか。少し、解らない。 「でも、なんで、……俺のことなんか調べる……」  第一。それは、龍臣が持ってきた、オーディションの話のはずで。そして、龍臣が、語ったことだった。  龍臣のスタンスが、どういうものなのかは、解らなかったのだが、桜町のことを、龍臣はよく調べているようだった。それに、売るためならば、嘘を吐くことに躊躇がない感じだった。それが、良いことなのかどうかは解らない。 「もし、調べてるなら、この契約書を仲介してくれたヤツのことだと思うけど」 「仲介?」  佐神の眉が跳ね上がった。「直接、取引先とやりとりしているわけじゃないの?」 「えっ? あ、うん……。たしかに、直接、契約者とやりとりはしなかった」 「それ、ちょっと、気になるね。なんで、仲介の人が、直接、小森さんにやりとりさせないのか……」 「その辺は、そいつに、聞いてみます」 「もし、聞けるようだったら、聞いてみた方がいいね」  佐神が、大きく肯く。拓海も、肯いていた。 「じゃ、俺、和樹に電話してみるよ」 「お願いします」  光希の返事を待たず、拓海はスマートフォンを取りだして、電話を掛ける。スピーカーにしてくれた。呼び出し音が、店内に響いている。 『どうした拓海』 「おう、ちょっと、相談があってさ。……光希が、ちよっと、契約の件でお前に確認したいって言うことがあって……」 『ふむ』  と和樹は、しばし黙った。沈黙が降りている。 『すまない、今、相談に乗るのは難しい。……実は、今、桜町を離れている。場合によっては、海外にも飛ぶ必要があるかも知れないと考えている』 「えっ? なんか、トラブル……?」  拓海が焦る。佐神も、目を丸くしていた。 「お米屋さんが、そんなトラブルって……」  佐神の声が、掠れていた。それほど、衝撃的な言葉だったのだろう。 『ああ、佐神もいるのか。……ならば、拓海、佐神。光希には、お前たちが相談に乗ってくれ』 「それは解ったけど……、お前は、なにかあったのか? 大丈夫か?」  拓海が、必死に和樹に質問をしている。和樹が、今、桜町を離れていると言うのも、知らなかったのだろう。 『ああ。最近の米不足でな……。今の在庫も、心許なくなってきたし、来年以後のことも考えて、あれこれ考えているところだ。安心しろ。お前の家に回す分は、必ず確保する』  なんとも頼もしい言葉だった。確かに、去年くらいから、米の価格がうなぎ登りになっている。それは、拓海の居酒屋でも、影響があった。〆におにぎりを作ったりしていて、これが人気のあるメニューなのだが、その単価を上げるかどうか、迷っているところだった。 「あの……っ、和樹さんっ!」  光希が声を上げる。 『んっ?』 「……俺、夢があるんです。それが、叶うかも知れないっていうタイミングで……、それで、迷っていて……」  契約のことも。疑わしいと思っていることも。いろいろ在ったが、それでも、叶えたい夢があるということに対しては、どうすれば良いのか、よく解らない。 『ふむ。どちらにせよ、何をやっても、大成功でもしない限りは、後悔するだろう。だが、それは何を持って、大成功とするかで、ゴールが変わるのではないか? まず、何が欲しいのか、どうなれば成功なのか、考えるしかないと思うぞ……あ、済まないが、用事があるから、ここで切る』  済まない、といいつつ、和樹は電話を切った。  取り残されたような心許ない気持ちになったが……、何もかも、光希が考えなければならないこと、ではあった。
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