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第38話 おせっかいと正論

 龍臣が持ってきたこの話が、一体どういう方向に向かうのか、よく解らなかった。  だが―――少なくとも、なにか、マズイ方向に進む可能生があるというのは、理解出来た。  それが、どういう方向か―――は解らなかったが。 「なあ、光希」  後ろから声を掛けられて、光希は飛び上がるほど驚いた。健太郎だった。 「っ……健太郎っ!?」 「なんか、トラブってるみたいだからさ……、俺も、結構、契約書とか、そう言うの、読み慣れてるから俺がチェックしようか?」  健太郎は、何もなかったような顔をしている。  その態度に、光希はイラッとした。 「……良いよ、健太郎には頼まない。関係ないだろ」 「関係ないっていうなら、佐神さんだって関係はないだろ?」  自然に語気が荒くなる。にらみ合う形になった光希と健太郎に「ちょっと、お二人さん」と佐神が声を掛ける。 「……なんですか……」 「ここ、お店だからね? ……そんなに酔うほど飲み過ぎだよ」  別に酔っている訳では―――と反駁仕掛けて、口を|噤《つぐ》んだ。酔いのせいにして、引くなら、これがラストチャンスということだ。 「そう……ですね。ちょっと酔ったみたいで……」  おとなしく引いた光希に、佐神はにっこり笑った。そのあと「拓海ー、なんか、ノンアルの飲み物持ってきてよ! 三つ!!」と叫んで、注文する。 「あいよ」  程なく拓海が持ってきたのは、ほんのりと白い感じのある飲み物だった。 「なにこれ」  佐神が聞く。拓海は「ノンアルのカクテルで十六夜」と答えてから、三人を見回して「……グレープフルーツとか、食べちゃだめって人は居る?」と聞いた。 「苦手とかって意味?」 「いや、ウチの店に来てるオッサンでさ、薬の飲み合わせかなんかで、グレープフルーツ食べられない人がいるんだよ。高血圧って言ってたかな。まず、ウチに来る回数を減らせって話だと思うんだけどさ」  ははは、と拓海は笑う。 「それは、大丈夫だよ……じゃ、うるさくしてゴメンね」 「まー、いいよ。今、お前らしか居ないし。……俺も、バイト下がらせるから、こっち合流するわ」  拓海は、バイトに指示して、今日の仕事を上がるように伝えた。それから、自分の飲み物を持参して、佐神の隣に座った。  なので、健太郎も、光希の隣に座る。 「……で? なんでモメてたの?」 「……契約書のチェックするとか言ってたから、俺がやるって言ったら、要らないって言われた感じ」  端的に、健太郎は事実だけを説明する。拓海は、一口ビールを飲んでから「要らないなら、それで終わりじゃない?」とだけ静かに告げた。 「えっ? でも、俺、契約書とか読むのは出来るし……なんか、そう言うのに金だすとか言うし」  慌てて健太郎は言う。 「光希。……契約書のチェックって、どうやるつもりだったの?」 「お金掛かるかも知れないけど……、リーガルチェック? を弁護士に依頼しようと思ってた」 「そっちが正しいな」と拓海は一度肯いてから、健太郎に言う。「お前さ、契約書読み慣れてるんだったら、契約書が第三者に見られちゃダメって時があるってのも解るだろ?」 「でも、光希はチェック……」 「弁護士は、大丈夫だろ。そう言う職業なんだから……だからさ、お前が、光希を心配するのは解るけど、無理矢理首を突っ込むのは、なんか違うんじゃネェか? もし、相談するつもりがあるなら、いの一番にお前に相談するだろ」  拓海のため息が、なんとなく、辛い。 「何だよっ! 俺は……っ!!」 「はいはい、お前が、何かしてやりたい気持ちは解るが、それはお前のお気持ちで、光希には迷惑なときだって在るだろ」  健太郎は、唇を噛んだ。顔が真っ赤だった。  まさか、拓海に正論でやり込められるとは思ってもみなかったのだろう。光希も、意外そうな顔をして、拓海を見ている。 「俺だってねぇ、一応、こういう、寂しい居酒屋の店長だけど、いろいろ、やりとりとかしてるんだよ。例えばさ……、新製品のポスターとか貼ってくれとか、言われることもあるんだけど。それ、正式告知より前に出したらダメとかさ、そう言うのが在るんだよ」  確かに、と光希は納得した。壁には、ビール会社のビールの宣伝ポスターが貼られている。長年イメージキャラクターを務めてきたタレントが、今回交代になった。それと同時に、製品もリフレッシュしたのだった。  この切り替えは、全国一斉に行われるか、地方が少し遅れる形になるだろう。もし、地方がいち早くて、それを見た誰かがSNSで拡散仕切った後、新キャンペーンの公表をした場合、フレッシュ感が減る。情報も、鮮度が必要なのだ。 「でも」 「……まあな。心配になるのは解るし、自分だけのけ者にされたみたいになって、面白くないのは解る」  ははは、と拓海が笑うと、健太郎は顔を真っ赤にして、立ち上がった。 「別に、仲間はずれにされたなんて思ってるわけじゃないっスからっ!!」  ポケットから一万円札を取りだして、テーブルの上に置くと、「じゃ!」と乱暴に告げて、店を出て行ってしまう。 「ちょっ……原さん……っ!?」  佐神が狼狽えて去って行く健太郎の背中に呼びかけたが、拓海も、光希も動かなかった。 「……ま、健太郎には、あんま聞かせたくない話だったんだろ?」  静かにビールを飲みながら、拓海は、言う。それを察して、健太郎を怒らせるような言い方をしていたのだった。 (凄いなあ……拓海さん……)  自分にはとてもできないことだ、と光希は思いながら「ええ」と静かに肯定した。
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