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一人で食べたくないもの
「一人で食べたくないものってある?」
職場の忘年会の席で、そんな話題が上がった。
「鍋、とかですか?」
ちょうど豆乳鍋を取り分けていた若手社員が聞き返す。
「そそ。鍋や焼き肉はよく言われるよね」
「私一人で鍋やりますよ」
「家ででしょ? 外食で一人はきつくない?」
「んー、確かに。そういうお店もあるけど」
「やっぱりクリスマスケーキでしょ〜」
「俺、ホールケーキ一人で食べたことあるよ」
ワイワイと盛り上がる同僚達を横目に、俺は氷で薄くなったハイボールを口に含んだ。
頭に想い浮かぶ料理がある。
でも言わない。
40を過ぎの独身男がそれを言ったら、本気で寂しい奴だと思われるから。
「自分はおせちですね」
思い浮かべていた料理名が飛び出し、ドキリとした。
発言者は取引先の若手営業くん。
日陰な俺にすらいつも声をかけてくるほどフレンドリーな彼は、部外者であるにもかかわらずこの忘年会に参加していた。
「確かに。でも『一人でも食べたい!』って思うほどでもないよね。おせちって」
「あは、正直あんまり美味しくないですよね〜」
「日持ちさせる為の味付けよね」
「ローストビーフはうまいよ!」
「それっておせち?」
お節の不人気さに営業くんは苦笑いを浮かべる。
「自分、おせち好きなんですけどね〜」
***
子供の頃の正月。
元日は「お餅、何個ー?」の声で起こされる。
眠い目をこすり起きていくと、茶の間のストーブで姉が餅を焼いていて、母は台所でお節の準備。
父が「ほら」とティッシュで包まれたお札を渡してきて、「ポチ袋ないの?」なんて文句を言い、姉とコソコソ金額を確かめてニヤニヤする。
お年玉を座布団の下に隠しておいたら、お節を運んできた母が見つけて「こんなところにお年玉落ちてたー」とか言って。「だめー!」とか言って。
「あんたたち、ちゃんとお父さんにお礼言った?」と注意され、姉と揃って「ありがとうございます」と頭を下げる。実の父相手にちょっと照れる。
重箱に詰められたお節。
蒲鉾、伊達巻、数の子なんかは出来合いだが、筑前煮、なます、叩き牛蒡、黒豆は母の手作りだった。
筑前煮に乗せられた梅型のニンジンが正月らしさを倍増させてワクワクした。
家族皆で炬燵にあたりながら食べるお節とお雑煮。
幸せな時間。
もう二度と戻れない時間。
***
「同じ方向ですよね?」
忘年会がお開きになり駅へ向かおうとした時、営業くんが追いかけてきた。
「二次会、行かないのかい?」
「ちょっと飲み過ぎました」
てへ、と見せる若い笑顔が眩しい。
「年末は帰省されるんですか?」
並んで歩いていると、話題に困ってか営業くんが尋ねてきた。
「いや、もう両親とも他界してるからねぇ」
「あっ、すみません…」
この歳になれば親を亡くしている者も珍しくない。しかしまだ若い営業くんにとって、身内の死は遠い世界のようだ。
「姉が甥っ子達を連れてくるから、筑前煮でも作ろうかな」
謝られ、むしろこっちが焦りどうでもいい話題を出した。
「作るんですか?!おせち!」
営業くんが声を張り上げて尋ねてくる。
「いや、おせちってほどじゃ…」
余計なことを話してしまい恥ずかしくなった。
「お正月に筑前煮は立派なおせちですよ!」
「いや…重箱に詰めたりはしないしねぇ」
頭を掻きつつ流そうとするが、営業くんは「いいなぁ」と呟く。
40過ぎの独身男が作ったお節など本当は『いいな』なんて思ってないだろう?
ちょっとムッとして、嫌味半分の言葉が出た。
「ハハ、なら食べに来るか?」
すると営業くんは足を止め、目を見開き驚いた様子でこちらを見つめてくる。
「い、良いんですかっ! 俺、本気にしますよっ?!」
その勢いにまさか『冗談でした』とも言えず…。
「あ、ああ…いいよ?」
ぎこちなく頷いた。
「やった!!」
営業くんは嬉しそうに白い歯を見せた。
直前でキャンセルされるかもしれないが、元々甥っ子達に作るつもりだし、別に困らないだろう。
でもニンジンは梅型の飾り切りしようと思った。
完
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