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父王の所有物

「殿下、今後この者が閨事(ねやごと)の指南役を務めさせていただきます」 大人へとなりつつある皇子の前に、家臣が連れてきた一人の人物。 「おまえ、男……か?」 ソレは皇子がこれまで目にしてきた誰よりも美しかった。 皇子の問に家臣が付け加える。 「はい。殿下がお后様を迎えるまでは、女人が御身に触れることは許されませんので」 ソレは妖艶な服を纏い紅をさした唇でゆったりと微笑んでいた。 「この者は殿方とご婦人、両方の扱いに慣れております。指南はもちろん、日々の熱もこの者で晴らしていただいて結構です」 激しい嫌悪感が全身を駆け巡った。 「けっ、穢らわしい!」 皇子は純情で潔癖だった。 「お前は男にも女にも身体を許してきたのか?! そんな穢れた身で近寄るな!」 皇子の強い拒絶。 それでもソレは微笑みを崩すことはなかった。 皇子が嫌ってもソレは皇子の宮殿に住み続けた。王の命令らしかった。 「座学だけにいたしましょう」 皇子の怒りも幾分か冷めた頃、ソレは皇子に話しかけてきた。 服装は簡素になり化粧もしていなかった。それでもそこらの娘よりずっと目を惹く。 「愛する方にしか触れたくないというそのお心は、とても美しいことです。お后様となられる方もご理解しお喜びになることでしょう」 自分を否定せず受け入れてくれるソレ 優しく微笑むその姿に、皇子は強く罪悪感を感じた。 「そなたに酷い事を申した……。すまなかった」 「そんな勿体ない。奴隷だった私を陛下が拾ってくださり、身に余る役割をいただいております。殿下のような高貴な御方が、私などに謝らないでください」 10人の腹違いの兄たちが近頃言ってくる説教。 「もう恋に憧れる年ではないぞ」 「正論だけで政は回せん」 「もっと大人になれよ」 しかし、ソレは皇子を否定しなかった。 皇子はソレに懐き始め、多くの時間を一緒に過ごすようになった。 ソレはいつも微笑み皇子に寄り添ってくれた。 そんなある日。 「何故そんな粗末な服を着ているのだ?」 偶然耳に入ったその声に、皇子はその部屋の前で足を止めた。 「ここでは着飾る必要は無いのです」 薄く扉を開け覗くと、そこには父王とソレ。 「我が息子はお前に興味がないのか。儂の一番の花をくれやったのになぁ」 薄笑いを浮かべる王。 「儂の元に戻りたいか」 問いかけられ、王を見つめるその美貌にいつもの微笑は無く、鋭い視線で王を睨んでいた。 「私にそれを申す必要はありますかっ」 「相変わらず、怒った顔もそそるな」 鼻で笑う王がソレの頬を撫で、唇に唇を寄せる。 「陛下…」 淡い桃色の唇から切なげな囁きが漏れた。 皇子はとっさに勢いよく扉を開けた。 驚いた4つの眼がこちらを見てくる。 「殿下っ!」 皇子は動揺しているソレの手首を掴み、強引に部屋から連れ出した。 背後からは「アハハ」と王の笑い声が響いてきた。 ソレの手を離さぬまま、自室まで連れてきた皇子。 「そ、そなたに聞きたいことがあるっ!」 頭が混乱したまま怒鳴った。 皇子の前では微笑を浮かべた顔しか見せないのに、王の前では怒ったり悲しんだり様々な表情をしていた。 皇子の胸に痛みに似た苦しさが沸き起こった。 「戻りたいのか…?父上の元に」 迷いつつ、一番気になることを口にした。 「そんな…私は希望言える立場では…」 美しい瞳が困惑の色を浮かべ揺れている。 「そ、そなたは!」 続けて「王が好きなのか?」と尋ねようと思った。 しかし、聞くまでもない。 「…殿下?」 言葉を詰まらせていると、ソレが小首を傾げて様子を伺ってくる。 皇子は言葉の続きを必死に考えた。 知りたい。目の前のこのが者が、どう生きてきて、何を思っているのか、知りたい。 「そ、そなたの…っ」 「はい…」 「名は、なんと申すっ」 ソレがここに来てひと月も経つのに、名も聞いて無かった。 ずっと聞こうと思っていたが、いざ聞けば、関心が向いていると悟られそうで恥ずかしかった。 「フハッ」 するとソレが小さく吹き出した。 「お、おいっ!」 「も、申し訳ございま…ンフフ…ッ」 「わ、笑うなっ」 口元を片手で覆いながらも肩を震わせ耐えていたソレだったが……。 「アハハハ!」 遂には何かが決壊するように、大きな口を開け笑い出した。 その声や振る舞いは紛れもなく男で。 皇子は怒りながらも嬉しくなるという、不思議な体験をした。 「それがお前の本性か」 つられて笑い、尋ねる。 「閨の外で名を聞かれたのは、初めてでして」 涙を拭いつつどこか淋しげな笑顔浮かべるソレ。 皇子は『父上には絶対に返さない』と固く決意し、再び聞いた。 「それで、名は?」 完

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