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部屋に入って、ただ黙々と荷物の整理をし始めた。春先に着る服から冬服まで、とりあえず入れられるだけ入れておく。備え付けのベッドも自分のいいように配置をして、壁側にぬいぐるみを並べた。サイドテーブルの引き出しには救急セットをしまっておいて、ベッドからすぐ届くかどうか確認した。その他の趣味のものなんて何もない。何が好きだったか、なんてやったことがないから分からない。それでも落ち着く色と柔らかな感触に包まれるこの空間だけは、少しでも好きでありたい。
荷物を全て開けたからか、少し埃っぽくて咳が出始める。しまった、マスクでもしておけばよかった。慣れていないことだから、また今度の学びにしておこう。止まらない咳を落ち着けるようにベッドに横になる。少しだけ楽になったような気がして、ほっと一息ついた。
僕が家から出たのは、もう家族に迷惑をかけないため。身体が弱いオメガの僕を、お母さんや弟に守らせないようにするため。表向きは寮生活で自立に向けて練習させてほしいとか、外に出る機会の少なかった僕が安全にアルファと出会えるようにとか言ったと思う。お母さんは納得してくれたから今に至るのだけれど、弟の方が気がかりな顔をしていた。
『あそこは落ちこぼれのアルファしかいないんだよ』
『安全なわけないでしょ。同じ部屋に住んでるんだからどうせ都合よく番にされるだけ』
『兄さんなんか体壊した時にアルファに襲われちゃう』
『普段だって何もできないんだから、大変な時に抵抗なんてできるわけないじゃん』
年子の弟にそんなことを言われて、うまく言葉が出なかった。僕だって、最悪の事態を考えなかったわけではない。それでも、あの家にいたら僕が……みんなが、ダメになる。最後まで呪いみたいな言葉をかけてくる弟に対して特にお母さんは叱るでもなく、「寂しいわね」なんて宥めていた。決して寂しいわけじゃない。ただ、執着して下に見ていた人間がいなくなることへの不満しかないあの顔を思い出すと、胸の奥が重たくなる。
気分転換にと部屋を出て、寮内を歩き回りながら自動販売機を探していた。寮の近くにはスーパーやコンビニもあるらしいけれど、今日はそこまで行く元気はなさそう。どうせなら誰かと顔見知りになるのも悪くないかな、なんて。
「あ……あった」
結局、南雲先生と久遠先生の部屋の近くに自動販売機を見つけた。朝通った時は気づかなかったな、とため息をつく。その瞬間、南雲先生たちの部屋のドアが開き、誰かが出てきた。ピンクブラウンの髪が揺れてふらりと視線が僕の方に向いた。
「こ、こんにちは!」
「……? こんにちは」
「あの、あ、南雲先生のとこ……あっ体調悪い人ですか? ごめんなさい、急に話しかけちゃって」
綺麗な人と思って思わず挨拶してしまったけれど、南雲先生の部屋から出てきたのならもしかしたら具合が悪いのかもしれない。それなのに急に話しかけられたら、相手を困らせてしまったのではないか。急いで謝るとふっと頭の上から笑い声が聞こえた。
「別に。少し話に来ただけだから、平気」
鋭く切長だった目が一瞬緩んで、綺麗な顔が可愛らしく笑った。でもすぐに真顔に戻ると、焦茶の目がじーっと僕を見つめてきた。
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